第99話 選ばれし者
見えない程小さいモンスター。菌やウィルス。
エジャは信じると言うが、例えエジャやペタが信じてくれたとしても、それを証明できなければ俺の主張は通らない。相手はどうやらデカい組織だ。エジャに言わせれば皇帝さんと同じぐらいの権力を持っている。
その名も教会さんだ。太陽の神様が大好きな所だ。
俺の作ったおかゆ代わりの、ふやかしたパンと玉子のスープはとっても微妙な味だった。米の方がいいなあ。だが栄養補給だ。多分ミ……リはあまり味の分かる状態じゃない。
ちょっとずつ食べさせるペタ。顔の下半分はタオルで隠している。こんなんでマスク代わりになるだろうか。ホント、俺の知識なんて家庭の医学レベルだ。なんかガーゼとかの方が良いんだろうけど、ないね。なんもないわウチ。あ、俺はしていない。だって風邪ひいた事ないし。
エジャは村人への説明とかで帰った。もう夜になるしな。エジャ本人は仮にグリードベアと遭遇しても逃げ切れるだろう。
エジャは狐族の村の心の支えでもある。少なくとも夜は村にいないといけない。エジャは間違いなく忍者村の村長にもなれる男だ。悔しいが忍者としては俺よりエジャの方が上だ。
だがきっと狐族の村長になると思う。忍者村の村長のライバルにはならない。そして今の所、忍者村は俺の心の中にしかない。
俺はスマホと格闘中だ。どうにかカメラでウィルスでも菌でも見えないかと苦戦している。だが、どれだけアップにしてもそんなモン見えない。
「まほうつかいさまのいえ、きれい」
ボーっとしたままミリが言う。まあ、村のどの家より綺麗だろう。そもそも明るさが違う。蛍光灯じゃないぞ。名前は知らないがスポットライトみたいなのが間接的に照らしてるんだ。おしゃれリフォームばんざい。
「せまいけどな!」
ペタがフゴフゴしながら言う。まあ、村のどの家より狭いだろう。うるせえ。ワンルームにしちゃ広いんだよ。元々1DKぐらいの部屋をブチぬいた、今時なリフォームなんだ。おしゃれリフォームばんざい。
「ミリ、食べられるだけでいいからな。今は寝るのがお仕事だ」
カメラのレンズに水滴を付けながら声を掛ける。これも上手く行かないか。なんかで見たんだけどなあ。ああネットが使えればなあ。
「ふわふわ」
ミリがそう言いながら布団に潜り込む。ペタが頭に濡れタオルを絞って乗せてやる。仲の良い姉妹みたいだ。そういやペタは村人全員を家族だと言ってたな。じゃあペタの家族の俺も、狐族の村の全員と家族だ。ミリも妹か。
エジャはお兄さんで、お母さんはお姉さん。おうややこしい。じいさんはじいさんで良いや。ちょっと待て。じゃあ父親は誰だ?アニさん?いや、アニさんは厳密には村人じゃない。いや、厳密も何も全く違う。村に住んでないし。
父親に相応しい年齢の村人はいっぱいいるけど、名前を憶えている人が……いたよ。丁度良い年齢で名前知ってる人。プティさんだ。見た目も性格も文句は無い。文句は無いんだが名前が、ない。なんでそんなに可愛い名前なんだ。プティパパ。うわ、駄目だ。仮に母親なら?プティママ。ああ、これはこれで女装してるお店のママみたいだ。両親募集中。
「ハルキー。おなかすいた」
タオルを振り回しながらペタが言う。それは小さいモンスターを撒き散らしてるんじゃないか?まだ怖さが伝わってないな。
ああ晩飯か。忘れてたな。村に行けばペタのお母さんの美味しいご飯が食えるだろう。だがミリを置いて行くわけにもいかない。しばらくは家で飯だな。
折角、大量に玉子があるんだ。玉子焼きに目玉焼きにゆで卵だ。玉子を生で食うのは怖い。玉子を生で食うのは日本人と有名なボクシング映画だけだという諺もある。いや、諺かどうかは深く追及しないでほしい。
料理のレパートリーが少ない上にソース類がない。塩、胡椒、砂糖。これだけでは色んな味は出せないぞ。ペタは肉を焼いてりゃ喜ぶから良いんだが。ああ、お母さんのご飯が食べたかった。ああネット使いたい。
玉子でちょっとだけ華やかになった晩飯を食いながらも、顕微鏡モドキを作れないか考える。ウィルスや菌の存在を教会さんに認めさせないと、この国というか星はいつまでも医療後進星のままだ。
「たまごが、うまい!」
その玉子にだってウィルスが付いてたりするんだ。だから火を通す。その辺はこっちでもやってる。だが何故腹をこわすかも、何故火を通せば大丈夫かも良く分かってない。経験からやってるだけだ。肉もそうだな。美味いからかもしれないけど。
まあ俺、生肉食ったけどな。今んとこ大丈夫。ペタも前食ってたけど普通に免疫力が強いんだろう。ピンピンしてる。コイツも風邪ひかないと思う。この医療後進星で5体満足で成長出来てる大人達は、それだけでもう選ばれし者だな。
「にくも、うまい!」
エジャが言うには、この国では正式な医者ってのは聖職者、つまり教会の人だそうな。教会さんに高額の寄付をしないと診てもらえない。一般人には手が届かない。診療場所も教会だ。
ただ教会は人々の味方、神様のしもべ。一般人向けの安い病院もやってる。そこで行われてる治療が、村でやってるような内容だそうだ。気休め、もしくは悪化させる治療だ。安いから仕方がないと思えばいいのか、どう考えればいいんだろう。
「たまごが、ちょううまい!」
教会に行けばマシなのかもしれない。消毒ぐらいはしてくれるかもな。少なくとも虫歯に被せ物をするぐらいの治療は出来る。ちょっと前に嫌いな虎族の虫歯を突いた事があるからそれは知っている。
簡単な麻酔とかもあるんじゃないだろうか。確かマスターさんが気を失わせる毒を持ってた。アレは使える。ただ、おそらく相当高額だ。マスターさんは金持ち側の人だ。レーザーに抉られた肩の治療も一般人用じゃないだろう。あんなちゃんとした包帯は他では見ていない。
「にくも、ちょううまい!」
ペタの誕生日に、お母さんと一緒にまたアニさんの家に行く。その時についでに教会を視察してやろうと思っている。
ウィルスや菌について話がしたい。実際に見せる事が出来れば向こうも無視は出来ないだろう。傭兵ギルドの銀バッジが役立ってくれるといいんだが。
正直、自分から面倒そうな事に足を突っ込みたくは無い。大概もう色々抱え込んでいる。
だがミリが水に浸されていた光景はショックが強すぎた。
「ペタ、そんぐらいにしとこうか」
ゆで卵に手を伸ばしたペタを止めた。火を通してはあるが、そろそろ別の腹痛に襲われるぞ。作りすぎた俺も悪い。
ベッドにはミリが寝ているので、ペタと一緒に毛布とタオルケットにくるまって床で寝た。
フローリングの床からはペタの落書きは消えている。だが、横になって見ればうっすらと凹みが出来ているのが見えた。ノートみたいなのを探すのも急務だ。忙しいなあ。
「これが、目に見えない小さいモンスターなのか!」
広場にある東屋でエジャが驚愕の声を上げる。お母さんもじいさんも、そわそわと順番を待っている。その後ろには時間がとれた村人が更に並んでいる。
顕微鏡の作りは何となく分かってはいた。虫メガネみたいなのを2つぐらい使って倍率を無理矢理上げるんだ。じゃあレンズが2つあればいい。
1つはスマホで行けると思った。もう1つだがこの星のガラスにそこまで期待できない。町の砦で見た皇子さんの部屋の窓ですら透明じゃなかった。
じゃあガラスのレンズは無いのかというと、実はあるはずなんだ。
その砦で聞いた話だ。レーザーの事をあの副団長のおばちゃんと話した時「性能の良い望遠鏡」だと思って買ったと言っていた。
望遠鏡も顕微鏡もレンズを組み合わせて作る物だ。普通の望遠鏡があるなら、どこかにレンズは必ずある。
どこかで見た事は無いか無いか無いか……あった。町には眼鏡をかけた人がたまーにだが、いた。眼鏡屋があるんだ。大きいガラスはダメでも、小さいのなら作れるんだ。
「わあ。なんだか気持ち悪いわねえ」
俺が握った筒を覗き込みながらお母さんがのんびりと言う。これは他の人には持たせられない。何かあったら困る。
「こんなに沢山のモンスターが川の水におるのか」
じいさんも目を見開く。だが、一応小さいモンスターのほとんどは凄く弱くて問題ないとは言ってある。そうじゃなきゃ今後、川の水は飲めない。呼吸もできなくなってしまう。
「極稀にいる強い奴が、口とか傷口から体に入ると病気になるんです」
次々に筒を覗き込んで悲鳴をあげたり感心したりする村人達。これなら教会の人を説得できるだろう。何でもいいんだ。別に風邪のウィルスを見せなくても小さいモンスターの存在が分かれば良い。こんなのはどこにでもいる。
全員が見たのを確認してボディバッグに筒を戻す。このボディバッグはウチにあるバッグの中では一番小さい。この筒を入れたらほぼ満杯だ。だがこれなら、そこまで邪魔にならない。戦う事も抱いて寝る事も出来る。そして壊れない。町にはこれで持って行こう。
あ。金貨もこっちに入れておこう。安心安全。旅のお供が増えた。
眼鏡屋?そんなん行ってません。
わざわざ壊れないボディバッグで持って来たのは、レーザーだ。
このレーザーは何百kmか先のおっちゃんの禿げ頭までピントを合わせて見せた。これもレンズみたいなもんだよなーと取り出して、部屋の中であちこちに向けたら、全てにピントが合いやがった。くっつく程の至近距離なら超どアップだ。ウィルスも撃てるぞ。撃ち方が分かればな。
凄い科学技術だ。いなくて良かった、この種族。
ペタに外の土を見せてやったら「ギャー」と騒いで部屋中を走り回っていた。これでうがい手洗いをしてくれるようになると信じたい。生肉も止めとけ。あと病人のいる部屋で暴れるな。
そのペタは部屋でお留守番だ。ミリを1人にはできない。それにあの子は……トイレを知らなかった。ペタが一緒に入って手伝ってやる必要がある。おねしょされたら、ベッドってどうすればいいんだ。同じ物はこっちには売ってないだろう。
確実に暇を持て余すペタには、ボールペンと部屋の賃貸契約書の入っていた封筒を渡して来た。どんどん紙がなくなる。床にはみ出したら、もう落書き禁止にすると脅して来た。
「ハルキのおに!あくま!小さいモンスター!」
初めて見た小さいモンスターを絡めたかったのは分かるが、意味が分かりません。
「ハルキ様、ミリは……どうなんでしょう」
声を掛けて来たのは確かミリの母親だ、と思う。多分。横には父親っぽいのもいる。
「まだ、ちょっと熱はありますけど、食欲が戻って来てるんで明日には帰れると思うっすよ」
ミリは名前に似合わず結構な食欲を見せ始めた。あの死にかけの状態から、一晩であそこまで復活するとは思わなかった。
多分こっちの人族は元々、免疫力やら抵抗力が強いんだろう。あんな訳のわからん治療をしなけりゃ風邪ぐらいはね返せるんだ。うん。こっちでは地球人は間違いなく劣等種族になるな。
俺はもう地球人枠に入れちゃいけない。
ちょっと落ち込んだ俺に、ミリの母親っぽい人が膝を地面に着けて縋りつく。
「ありがとうございます!ハルキ様……このご恩は……」
あああ、泣かれてる。周りの目がうあああ。母親の肩を抱く父親さん。俺、だんだん神聖化されてる気がする。ちょっと居心地が悪くなるから勘弁して欲しい。
「たまたま知ってただけなんで全然凄くないんで。マジで止めてください」
俺がアタフタしてると、エジャが寄って来て母親に声を掛けた。泣いたままの母親は父親に連れられて離れて行く。2人共何度も頭を下げて行く。苦笑いで手を振っておいた。
「ハルキ殿、すまない。だが感謝してもしきれない気持ちがあるのは本当なのだ」
エジャは俺が妙に持ち上げられる事が苦手だと気付いている。色々あっても態度を変えないこの兄ちゃんが、本当に俺は大好きだ。
「それで、ハルキ殿のあの魔法道具だが、似たような物が作れるとは本当なのか」
「ああ。ガラスで出来る。専門家じゃないけどアドバイスぐらいならできると思う」
原理さえ分かれば簡単だ。あとの調整は技術のある奴がやればいい。俺には眼鏡なんか作れないし、薬の知識もない。
「……医療の革命が起きるな」
エジャの言う通りだ。こういう事は一度、火が着けば一気に発展するぞ。
村人の中には腕や足がない人も結構いる。怪我の消毒の知識がなかったせいだ。傷口が膿んで切断しなきゃいけなくなったんだ。病院という名の小屋にあったノコギリだ。うわ、考えただけで痛い。
傷口の化膿や感染症なんかも小さいモンスター、ウィルスや菌のせいだ。この考え方ひとつで世界は変わるぞ。
いわば、これも宇宙人への挑戦だ。さあ、こんな事をする俺を、この星に置いといていいのか?
「あ、エジャ。やっすいので良いから字とか絵が描ける紙が欲しいんだけど」
直近の課題はウチの床の安全だ。
読んでくださってありがとうございます。
何でも出来る訳じゃ無いんですよ。




