第77話 結局ちょっとイラっ
傭兵ギルド近くの酒場には本日貸し切りの札が出ている。
いや、読めないが多分そうだ。だってギルド章を付けた奴しかいない。傭兵ギルドの貸し切りだ。でも金を出すのは一番ギルド歴の浅い俺だ。何故だ?
あの札が貸し切りじゃ無かったらSOLD OUTだ。どっちにしても暇そうにしていた店の主人は俺達が入った瞬間に札を出した。
おかしい。俺は若いギルド員2人にだけ奢るつもりだった。それが既に30人ぐらいになっているし「すぐ仕事終わらせて行きますんで!」とか、意味の分からない事を言ってたカウンターに居た職員の兄ちゃんも、さっき入り口付近のテーブルに着いて注文をしていた。それも俺もち?だよな?
皆もう異常な勢いで飲み食いしている。全員ペタだ。ペタがいっぱい居る。地獄絵図だ。耳と尻尾がブルンブルン振り回されている。ここはジャングルだ。人の手の入っていない大自然だ。弱肉強食、そんなイメージがぴったりだ。問題は弱肉が本当に肉だって事だ、彼らは逃げる事も出来ない。窮鼠も猫を噛めない。ただただ消費されていく。うん、お前ら遠慮を知れ。
オリジナルのペタは俺の横で、ギルド員や職員の皆さんにどんどん肉を食わされている。差し出したらパクッと食うのが面白いんだろう。ウチのハムスターは胃袋が異次元な上に頬袋まであるからな。
そして、毛無しを中心にかなりロリコンが多い事も分かった。まあこの場の9割が男だから多く見えるだけかもしれないが、今後は注意しよう。ウチの子に手をだしたらタダじゃおかん。あ、今、アニさんみたいだった俺。ヤバイ。
残りの1割は女性職員の人達だ。うん、だからなんでお前ら職員まで居るんだ。おい、今店に入って来たお前。戻って残業して来い。銀バッジ命令だ。
「ハルキさん!飲んでますかあ!」水ならな。
「どんどん食べてください!」俺の金でな。
「ペタちゃあ…」ボゴッ
3人程、明日は仕事が出来なくした。一緒にスライムと戦った2人の内、ロリコンぽかった奴が、最初の犠牲者だ。壁際で転がっている。
ああ、そうかあ。これもこの星ルールなんだろう。奢るって言葉自体がもう禁止ワードなんだなあ。モグモグ。覚えとこう。ムシャムシャ。
食わなきゃ損だ。食うしかない。だが流石にこの人数分が支払いきれるか不安になって来た。今の手持ちは金貨19枚と銀貨が10枚程度だ。日本円換算で200万円持ってる。普通なら大丈夫だ。だが、こいつら遠慮を知らない。まさか一晩でこの金額を心配する事になるとは思わなかった。
空いて転がった樽をゴロゴロと片付けている店員をちょっと呼んだ。
「はい!何でしょうかお客様!ご注文ですか!」
いつの間にか店員も増えている。どこかから助っ人を呼んだんだろう。怖い。いくらかかるんだ。
「ちょっと、店長さん呼んでほしいんだけど…」
大騒ぎの店内でギリギリ聞こえるぐらいの小さめの声で頼む。店員の兄ちゃんだと思われる猫族が店の奥に入って行って少しすると、最初に暇そうにしていた店長さんが汗をかきかき奥から出て来た。この人も毛有りの猫族だが、いわゆる雑種じゃなくてエキゾチックショートヘアっぽいな。ちょっとすっとぼけた顔をしていて可愛い。いや、それっぽいだけだ雑種かもしれない。てか、それはいいんだ。
店長さんをオイデオイデしながら、少し騒ぎの中心から離れる。ペタを取り残す事になるが、目の届く位置だから大丈夫だ。それに、今は女性の職員さん達が群がっている。カワイイカワイイキャーキャーと高い声が聞こえる。あの空間は男には入りづらいだろう。
そして俺は聞きづらい事を聞く。
「あの…今、支払いっていくらぐらいになってます?」
店長さんは少し考えたが、すぐ、
「金貨5枚ぐらいですね」
と答えた。ああああ良かった。まだ余裕があった。
っておい、それでも金貨5枚か。日本円50万超えたか。ああああ。
「あの、とりあえず金貨10枚は超えないようにしてもらっていいですか?」
「10枚!そんなに!じゃあ、どんどん作りますね!」
店長。予算を使いきれって言ってんじゃないんだ。おい待て、お願い待って。
心で呼び止めるも店長は奥に消えてしまった。
「ハルキさーん主役がどこ行ってるんですかー」
2人組のロリコンじゃない方が呼んでいる。戻ろう。戻って1食、金貨10枚の飯を食おう。
その後、俺が素手で超巨大スライムを撃退したとかいう微妙に脚色された話で店内が盛り上がっている中、肉を無言で食った。あのスライムも今頃、魚食ってるかなあ。今の俺の目は死んだ魚みたいだぞ多分。
スマホの表示が夜10時ぐらいになった頃、ようやくお開きになったようだ。
こっちはみんな寝るのが早い。暗くなったら割とすぐ寝る。本当だったらそろそろ皆、寝る時間だと思う。それがガンガン飲みやがった。後半は飲む奴ばっかりだった。結果、どうなるか。
あちこちに、死体の様に転がるギルド関係者達。そして引っくり返った椅子や木のコップ。流石に女性職員は死んでいない。
自分で帰れる奴は、もう帰って行った。ってか、連れて行けよおい。あと片付けろよ。
「あのー幹事さん」幹事じゃねえ。
店長さんが、声を掛けて来た。まあ、言いたいことはいくつかあるだろう。
「ええっと、食事の方が金貨10枚ぴったりです」
やっぱり使い切りやがった。いい笑顔だな店長。カワイイ猫顔じゃ無かったらイラっとくるところだ。それから後始末だな。はいはい。
この酒場は、他の酒場と同じ様に2階で宿屋もやっている。
「寝てる奴、全部、大部屋でお願いします。お釣りは取っといてください」
迷惑代と宿代込みで金貨12枚渡した。もう二度と奢ってやらねえ。水飲んどけバカアホ。
最初に奢ってやろうと思った2人が幸せそうな顔して寝ているのを見て、結局ちょっとイラっとしたので、ロリコンの方を軽く蹴ってやった。
「おはようございます!ハルキさん!」
「おはようございます!ペタちゃん!」
昨日引っくり返っていた2人が立ち上がって元気に挨拶してきた。酒強いのか弱いのか分からないなこいつら。ロリコンの方はちょっと強めに殴った筈なんだがピンピンしてる。打たれ強いな。軽く挨拶を返して見廻す。
朝の傭兵ギルド内はいつもより人が少ない。って言うか、まずカウンターの向こうに職員が少ない。これはまさかとは思うが。
「ハルキくうううん」
珍しくカウンターに居る細目長の目が糸だ。怖い。あれは怒ってるな。
「おはようございまーす。じゃあまた来まーす」
即行脱出した。
昨日は結局俺とペタも個室を取って、あの宿に泊まった。時間的に遅かったからアニさんの家に行けなかった。だって絶対2人とも寝てたと思うからだ。流石に起こせない。ペタも全身脱力で寝てたし。
今日、また傭兵ギルドに出される筈の護衛依頼を受けたいんだけど、午後にしよう。昨日飲み潰れた職員が復活してからにしよう。
いやあ、良い天気だ。太陽が眩しい。
台風一過だ。あれ?台風一家じゃないよな。まあいいや。ただの現実逃避だ。
「どこいくんだ?」
「そうだなー」
ペタを見る。いつもの恰好だしいつもの耳と尻尾だ。調子に乗って酒を飲まされてはいない様だ。飲ませてたらちょっと娘溺愛親父アニさんにチクる所だった。傭兵ギルドは壊滅の危機だっただろう。
そのアニさんの家だが、行こうか迷っている。
だって、昨日の朝、涙の別れをしたばかりだ。泣いたのはアニさんだけだが。なんか戻るのが恥ずかしい。
「矢を調達に行くか」
「ほんとだ!矢がない!とられた!」
いや、昨日撃ち尽くしただろお前。本当に酒飲まされてないよな?
てか、気づけよ。矢筒空っぽじゃないか。銃でも何でも残弾は把握しとかなきゃプロじゃないぞ。俺だって使い始めたばかりの投げナイフの数を把握してるぞ。マックス4本だけどな。
ここ数日で何軒か武器を売っている店も見つけている。やっぱり場所柄だろうか、傭兵ギルドのある町の西側に多いイメージだ。今居る場所からもそこそこ近い所にあったな。正直、武器の品質なんて分からないから適当で良いだろう。逆に狸族の家族のやってる服屋がある東側は生活雑貨が多い。
丁度近くに見えていた店に入る。奥から小さい人影が出て来た。
「いらっしゃい」
あれ?この人、金物屋に居た人にそっくりだな。果物ナイフという名の投げナイフや、ペタの兜という名の鍋を買った金物屋の店員に似てる。髭モジャで、大人なのに小さい。同じ種族か。
「おっちゃん、矢がほしい!」
ペタが髭モジャ店員に駆け寄って声を掛ける。背丈が同じぐらいだな。その小さいおっちゃんは、
「お嬢ちゃんが使うなら短めだ」
と、ペタを弓矢のコーナーに連れて行った。俺も後ろを付いて行きながら店内を見てみる。おお、ファンタジー。剣や鎧がいっぱいだ。俺も男だから本当は剣とか興奮する。だが上手く扱えない物を命の懸かった局面なんかで使えない。
そりゃ、今から練習すれば何年か後には上手く使えるかもしれない。でも、その時間を格闘の訓練に費やした方が間違いなく強くなる。スタートが違いすぎる。残念だが剣は要らない。
でも、これは有った方がいいなあ。
ナイフの並んでいる所で足を止めた。折角練習したんだし、剣なんかよりシックリ来る。素手ではどうしようもない場面は絶対ある。
例えば、剣を受けたり逸らしたりする時だ。他にも考えられるのは、昨日のスライムみたいな奴が毒を持っていたりしたら素手では攻撃できない。だから殴る前にあの先輩2人に確認した。なんで先輩に奢ったんだ俺は。ああ、なんか必要経費とかで返してくれないかな。
おっと、思考がだいぶ戻った。イカンイカン。ナイフだ。
今まで使ったナイフは折れまくった。使い方も悪いが、質も良くなかった。その内どっかで拾おうと思っていたが、良いのを買うのも手だな。
「ハルキー、矢をかってくれー」
ペタが短めの矢を両手いっぱいに持ってきた。顔も見えない。耳しか見えない。袋に入ればどれだけ入れても100円ですよっていう野菜みたいになっている。どうやってそこまで詰め込んだんだ。プロの主婦かお前は。
「よし、持って歩ける数だけ買ってやろう」
「あるけてる」
うん。確かに歩けてるな。赤ちゃんが歩いたーってのと一緒だな。
「じゃあ森の中を走れる数だ」
ペタは少しだけフリーズした後、よちよちと戻って行った。
「お兄さん。ナイフ使う?」
いつの間にか、何本ものナイフを持ち比べていた。その中でも1本。手に吸いつく様な感覚。長さ、バランス。これがいい、これが欲しい。
店員の小さいおっちゃんに聞く。
「このナイフいくらすか?」
何故か、このナイフには値段が表示されていない。他にも値段の書いてない武器や鎧がいくつかある。書かなくても良いほど安いのか、それとも…
「使いこなせるなら売ってやっても良い」
一見さんお断りパターンか。こりゃ高いぞ。
読んでくださってありがとうございます。
とことん、お金に余裕のない人生。
誤字修正ですー。




