第76話 水で腹膨らませるとか
「えー、皆さん、俺は非常に怒っています」
ざわつく集団。町の門を入ってすぐの所にある広場には30台程の馬車と、それに乗っていた商人や、護衛の傭兵ギルド員達が集まっている。
「命と、お金は比べられる物じゃありません。死んだらお金は持って行けません」
少し高い場所に立っている俺の目の前にはミーアキャット族の……えーと、ミーアキャットさんが立っている。だいぶヘコんでいるようだ。うなだれている。
「生きてりゃ、お金なんて無くても生きて行けます。こいつなんか銀貨より大銅貨を喜びますが、森では狩人として1人でも生活できます」
俺は指を上に向ける。肩車されたペタがいる。そしてさっきから俺の頭をペチペチと叩きまくっている。真面目な話をしているのに皆のざわつきが止まらないのは、多分これが原因だ。おい、痛い痛い。
「まあ、お金より大事な物って結構あると思うんで。後は自分で考えて下さい。今日は皆さん疲れていると思うのでこれ以上は言いません。終わり」
俺が登っていた木箱を降りると、皆ざわつきながらも馬車の方に行ったり、それぞれ集まって話をし始めたりした。
スライムと戦ったというか、どうにか切り抜けた後、俺はペタを抱えて町に向かって全力疾走した。その結果、町に着く前に馬車に追いついた。
馬車は普通に走っている分にはあまり速くない。せいぜい小走りぐらいのスピードだ。今の俺だったら余裕で追い付けたと思う。だが、俺は全力で走った。なぜかって、夜になると町に入れないと思ったからだ。門が閉まる。
だけどそこは流石に商人の集団。門番にいくらか渡せば入れるって事だったので、走るのを止めて馬車に乗せてもらった。石の投げすぎでパンパンになっていた肩はいつの間にか復活していた。これも例の治療の内なんだろうか。そして、荷物も回収出来た。
正直、大事な物が多すぎてかなり焦っていたが、お金もバックパックも、あとレーザーもちゃんと入っていた。マジでよかった。馬のおっちゃんの馬車に放り込んでたからな。乗ってたのが俺に協力的だったギルド員の2人だけだったのが良かったな。地球だったら、お金ぐらいは無くなってたかもだ。日本以外なら。
そして、俺に抱えられていたペタが酔った。
速すぎたらしい。最初は絶叫していたが、途中から大人しくなったなーと思っていたら、軽く魂が抜けかけていた。馬車の中ではずっと引っくり返っていた。
「ハルキのアホ!おばけ!ぜっきょうましん!」
町に入った途端、復活したが、そこからずっと叩かれている。機嫌をとろうと肩車してやったら攻撃対象が頭頂部に移っただけだった。
おかげで、全員集めて、めっちゃ怒ってやろうと思ってたのに、なんかグダグダになった。ああ、もういいわ。
「ハルキ様……本当に申し訳ありませんでした」
ミーアキャットさんが頭を下げて来た。この人はじっと聞いててくれたな。でもこの人には既に馬車の中で散々、説教をした。
「いや、偉そうにすみませんでした。で、この後はどうなるんですか?」
川の氾濫で道が寸断されてるはずだ。ポカポカ頭を叩かれながら聞くと、
「雨も止みましたので、1日開けて、明後日、再出発する事になりました」
1日で水が引くのか?まあ、行けるって言うなら行けるんだろう。水はけが良いんだろうな。でも、
「大雨だったら中止ですよ?いいっすね?」
「はい。今回ばかりは全員凝りました。少なくとも、私達の商会からは馬車は出しません」
ミーアキャットさんは素直だ。っていうか本当に怖かったんだろう。そのミーアキャットさんがおずおずと尋ねて来る。
「それで……明後日なんですが、またうちの護衛をお願いできますか?」
そりゃ良いけど、こういう場合、今日の分はどうなるんだろう。まあ細目長さんにでも聞いてみるか。どうせ今から報告とか行かなきゃ駄目だろうし。
「傭兵ギルドの判断次第かもしれないっすけど、俺は良いですよ」
そう答えた瞬間に、今まで神妙な顔をしていたミーアキャットさんが笑顔になった。様子を見ていたらしい他の商人達が詰め寄って来る。中には、スライムの時、俺を率先して罵倒した小太りの猫族もいるな。
「おい!リカータ商会!抜け駆けはしないって約束しただろうが!」
「え?ちょっと何言ってるか分からないんですけど、契約書にサインとかしましたっけ?」
「くそう!またやられた!」
「ちょっと!魔法使い族さん、ウチなら倍出しますよ!」
「あら、ハルキ様は約束を破ったりしませんよね。お金より大事な物がありますもんね?そんな人じゃないですよね」
おおう、ミーアキャットさんめっちゃ図太かった。
「スライムが出るなんて激レアだよ。良い物見たね」
細目長さんよ、今、全力で疲れ切ったこのギルド員達を前にそれを言うのか。
傭兵ギルドのカウンター前に、今回護衛に付いていた全員が集まっている。報告の為だ。ペタは俺の頭の上で寝ている。ようやく叩かれなくなったが、細目長さんの一言はどうかと思う。そしてスライムって激レアなんだ。色々イメージが変わったわホント。
実際動いたのは俺も含めて4人だけだが、全員、精神的にかなりやられている。1回死にかけて、助かったと思った途端にもう1回死にかけたんだ。しかも、ここに来るまでに聞いたが、今日の仕事は失敗扱いで報酬ナシらしい。
更に、
「状況的に、ギルドの信用は下がらなかったという事で賠償金は発生しないよ。良かったね」
とまで言う細目長さん。だったら信用を落としたと判断されれば賠償金を払わないといけなかったのか。なんだこのブラック会社。聞いてないぞ。いや、説明会をパスしたのは俺だけど。
一気にケチ長が、ドケチ長に見えて来た。いやまあギルドのルールであって、このドケチ長が決めたんじゃないんだろうが。
そりゃ、みんな依頼主に逆らえないわ。賠償金払えなかったらどうなるんだ。借金か?奴隷にでもなるのか?言っとくけど借金はマジでつらいぞ。負のスパイラルだぞ。
明後日、再出発するらしいが、今ここにいる奴ら何人か来ない気がする。
「まあ、みんなお疲れさま。また依頼が来ると思うからぜひ受けてね。じゃあ、かいさーん」
細目長さんが手をパンパンと叩いた。この人冷たい。うーん、俺の中でちょっと評価が下がった。
「あ、ハルキ君だけ、ちょっと来てくれる?」
俺も腹減ったし帰りたいんだけど……まあギルド長様は社長様だ。ブラック社長だけどな。
ギルド長の執務室に入ってペタをソファーに寝かす。こいつが飯も食わずに寝たってのは、よっぽど疲れてるんだろう。あと、絶叫マシンのせいだな。俺だ。
ペタの横に座ってお茶をすすっていると、細目長さんが正面に座った。
「ハルキ君。聞きたい事があるんだけど」
細目長さんの目が真剣だ。この人は真剣な時、目が更に細くなる。もう糸みたいだ。糸目長さんだ。
「巨大なスライムだったって事だけど、大きさはどれくらいだったか、大雑把にでも分かるかな?」
さっき、皆の前で飄々としていたブラック社長とは別人みたいになった。わざとおちゃらけていたのか?
スライムの大きさねえ……
「えっと、ここの外の訓練場よりは、ちょっと小さいぐらいっすかね。高さはちょくちょく変わってたんですけど、まあデカかったです」
傭兵ギルドの外にある訓練場は、1周400メートルのトラックぐらいはある。分かりにくいか?サッカーのグラウンドよりは広いって感じの方が良いだろうか。
細目長が腕を組んで、天井を見上げる。
「うーん、想像以上に大きいね」
うん、俺の想像してたスライムというモンスターより遥かにデカかったぞ。何百匹重なってもあんなにデカく変身はしない。
「スライムって、そんなに大きくなる前に普通は2つに分かれるんだよ。大きくても大体、この部屋の倍ぐらいまでが多いね」
分裂で増えるのか。単細胞生物だもんな。まあ、20畳以上あるだろうこの部屋の倍ってのも十分でかいが……それだったらちびちび削れば倒せそうだな。
「ちょっと待っててくれるかな」
細目長が机に戻ると、何か書き始めた。
「ハルキ、おなかすいた」
目をこすりながら、おはようの挨拶の代わりにそう言うペタの手を引いて執務室を出ると、さっきまで一緒にいた護衛の内、15人程が椅子に座って水を飲んだりしている。ここは水だけはタダで飲める。みんな何してんだろう、帰らないのか。
中には、俺を手伝ってくれた毛無し猫系の2人もいる。1人はロリコンだが。
「お前ら、帰らないの?」
「あ、ハルキさんお疲れ様です」
「あ、ペタちゃんお疲れ様です」
やっぱりロリコンだなこいつ。ちょっと間に立っておこう。ペタは空腹と眠気のダブルパンチでボーとしている。
「俺ら、今日は収入がなかったんで、ギルドの宿舎泊まりなんです」
ロリコンじゃない方が窓の外を指さす。暗い屋外訓練場の向こうに小さい宿屋がある。おや、宿屋だと思ってたんだけどあれ、ギルドの建物なの?
俺が、その薄暗くてボロっちい建物をじーっと見ていると、
「ハルキさんは銀章だから関係ないと思いますけど、あそこならタダで泊まれるんですよ」
「ま、虫もいるし、掃除も布団干しもしないといけないんですけどね」
そう教えてくれる2人。おお、ちゃんと福利厚生あるんじゃないか。やっぱ泊まる所ってのは一番、金がかかるもんな。多少、汚くても宿代がタダになるってのはデカいよ。ケチ長、意外にケチじゃないな。ちょっと見直した。
衣食住っていうもんな。着るもんはまあ良いとして、住の心配がないなら、後は食だけだ。こいつら水飲んでるけど、まさか……
「お前ら、飯は?」
俺が聞くと、2人共微妙な顔になった。
「今日は、護衛で食わせてもらう飯を当てにしてたんで……」
おいおい、水で腹膨らませるとか何時代だよ。ってかそういう時代なんだなこの星は。流石に今日はコイツらには世話になった。いや世話した。もう、仕方ないなあ、世話ついでだ。
「よし、じゃあ安くて美味い店教えてくれたら、今日は奢ってやるよ」
そう言った瞬間、ギルド内で水を飲んでいた奴らが全員立ち上がった。ペタの目もパッチリ開いた。
「マジですか!」
「さすが銀章!」
「ゴチになります!」
ちょっと待とうか、全員とは言っていない。しかも今日一緒に護衛に行った奴ら以外にもいる。結構な年上の方々もいらっしゃる。だが、もう大盛り上がりだ。あまりの騒ぎに細目長さんが執務室から顔を出すぐらいだ。
「ハルキはかねもちだからな!」
ペタが止めを刺してくれた。
「ぅぅぅぉぉぉ……お前ら全員ついてこおおい!」
傭兵ギルドが祭になった。何故か職員もだ。もう絶対金貨レベルだ。泣きそう。
読んでくださってありがとうございます。
勢いに流されて破滅するタイプ。




