第78話 子供に当たったらどうする
一見さんお断りってのは、高級料亭とか高級クラブとか、まあ金持ちが行くお店でよくあるシステムだ。
常連さんか、その常連さんの紹介がないと入れない。ってな感じだ。
それが、今俺が手に持っているナイフに適用されているっぽい。店員さんが認めた奴にしか売りませんよって事だ。その上で、値段が書いてないって事は間違いなく高い。
ちなみに、値札の銅貨やら金貨やらの見分け方は簡単だ。
銅貨を基準に、1なら銅貨1枚。そっから桁が上がる度にコインの種類も変わって、1000で金貨1枚だ。これは早いうちに理解していた。ホント16進法とかじゃなくて良かった。
チラっと他のナイフを見れば、高い奴だと金貨10枚とかもある。という事は、このナイフはそれより高いんだろうな。うん、払えない。
昨日の夜まで、俺の財布には金貨が19枚入っていた。だが、頭のおかしい傭兵ギルド関係者の皆様にタカられた結果、金貨7枚まで減っている。
おかしいだろ、一晩で120万円分……いやもしかしたらもっとかもしれない。あの酒場でビールみたいな飲み物が1杯で銅貨2枚だった。
銅貨1枚100円で計算してたけど、それだとビールが200円になる。お店なのにそれは無い。お酒は飲まないが、ジムの付き合いで居酒屋には何度も行っている。
って事は俺の計算は間違っていたんだ多分。銅貨1枚100円じゃなくて、倍の200円ぐらいだと思った方が良い。そのまま金貨まで単位を上げてみよう。金貨12枚は日本円で240万円だ。アホか!いつの時代のバブル時代だ!時代って2回言っちゃったよ!一晩でそんなお金、飲み食いするヤツはどっかの成金か芸能人ぐらいだ。ボッタくりでもそんな金額請求しねえ。もう誰も信じられない。
「お兄さん。ナイフ買う?」
強く握り締めていたナイフに気付いた。おお、やべえ。コレに傷でもつけたら問答無用で買い取りだ。しかも金貨10枚以上の逸品だぞ多分。所持金が足りないし、そもそも本来俺には売ってもらえないだろうブツだ。
「いや、すんません。見てただけなんで」
慌ててナイフを戻した。代わりに手の届きそうな金貨1枚以下のナイフを手に取る。あー、これは今まで拾ったり貰ったりしてた奴と同じような感じだ。
金貨2枚クラス、3枚クラスと持ち替えて行ってみる。はっきりとした差は感じない。最高金額の10枚の奴も持ってみる。しっくりこない。高くてもこんなもんなんだろうか。
俺が首を捻っていると、店員のおっちゃんが声を掛けて来た。
「さっきのやつ、ちょっと振ってみる?」
いや、こええよ。すっぽ抜けてどっか飛んで行ったら弁償できませんよ?しかもその飛んで行った先で子供とかに刺さって、死なないまでも後遺症とか残ってみろ。俺はその子供の為に残りの人生を費やさなきゃいけなくなる。お金が払えたとしても心の問題だ。ただでさえ、ペタの人生を背負わされかかっている状態だぞ。
「そういう訳なんで、やめときます」
「ちょっとどういう訳か分からないんだけど」
小さいおっちゃんが真顔で言う。うん。途中まで俺の心の中でしか喋ってなかったからな。分かるわけないね。
「ええと、弁償できないんで」
俺がめっちゃ省略して言うと、小さいおっちゃんはニヤリと笑った。
「お兄さん。これはそうそう折れない。特別なナイフだから」
そう言ってナイフを渡して来た。ちょっと俺の意図は伝わらなかった。
でも、ええ、折れないってまさか、まさかだけどこんな近所にアレがあったとか?手渡されたナイフをマジマジと見つめる。もしアレなら、他のナイフとはデザインや質感、何かしら違うはずだ。
分からない。ただのナイフだ。特殊なデザインな訳では無い。少し他のナイフより重いか?ただイメージの中で振ると、驚くほどスムーズに体に付いて来る。バランスが良いのか?やっぱり他のとは違う。
「あの、じゃあコレ、何かあっても弁償はしなくていいですか?」
「ああ、折れないし。気に入ったら買ってくれればいい」
俺が言っているのはすっぽ抜ける心配だが、まあ弁償しないでいいなら振ってみたい。子供の慰謝料もおっちゃんに任せる。それにアレの可能性もある。
アレって何だってアレです。魔法使い族の遺産だよ。折れないなんて言われたら疑う。なんでこんな所にあるのかは分からない。
それに一見さんお断りぽいナイフを売ってくれると言う。何か気に入られる事をした記憶は無い、見てただけだ。全部のナイフを持ち比べてみてコレに戻って来ただけだ。
もちろん買う金は無いから振るだけだぞ。買ってくれと頼まれても買わない。俺はNOと言える日本人だ。
小さいおっちゃんに付いて店の裏口を抜けると、裏庭に出た。足元は地面だし、上は空だ。要は外だ。当たり前か。ペタも付いて来た。矢を20本ぐらい握っている。大分迷ってたみたいだけど、何が違うのか俺には分からない。
「振ってみなよ」
「ちょっと普通じゃないと思いますけど、いいっすか?」
細目長さんをイメージした上で我流で組み上げた俺のナイフ遣いは、かなり普通じゃない。それに、ここなら建物に影響は無い。本気出すぞ。ナイフを握り直す。
「へえ、逆手か。楽しみだ」ニヤリとおっちゃん。
「離れててください。ペタもな」
「おお!おっちゃんも、もうちょっと、はなれたほうがいいぞ!」
流石ペタは良く分かっている。俺はイメージの中のマスターさんとナイフ一本で戦い始めた。
「本当にない?金貨20枚でも良いんだけど?」
「ないっす。昨日、傭兵ギルドの野獣連中に奢っちゃったんで」
奢ってなくても金貨20枚は無理だ。っていうか、何故か向こうからどんどん安くしてくれて、この値段だ。超高級品だった。
「お兄さんが噂の銀章の魔法使い族だったとは」
店内は薄暗かったから、バッジが銅に見えていたらしい。俺が裏庭をボコボコにしている時に気付いたみたいだ。
「そのうちまた来るんで、その時に残ってれば買います」
砂糖を100グラムも売れば買えるはずだ。
正直めちゃくちゃ欲しい。素手で戦っているぐらいスムーズに振れた。更に凄い事に、途中で試し切りをしろと鉄の棒を出して来た。いや、それは無理ですよと思ったが、ほとんど抵抗も感じずポコポコ切れた。ソーセージでも切ってるみたいだった。切れ味メッチャいい。
「いや、参った」
とはおっちゃんの台詞だ。何に参ったか良く分からないけど、俺もこの切れ味には参った。
「おおおおおお、きもちわるい」
とはペタの台詞だ。うるせえ。
このナイフだったら、鉄柵グニャが出来なくても脱獄できる。しかも刃こぼれしなかった。やっぱり魔法使い族の遺産なんじゃないか?と思ったが、それは違うみたいだ。
明るい所でよく見れば、模様だと思っていた物が銘だった。作った人のサインだ。ちゃんとこっちの字だ。読めないけど。
壊れない成分のナイフだったら、後から銘を刻むのは無理だ。という事は凄い職人の作ったナイフだ。鉄が切れるってこのナイフ何で出来てるんだ。ダイヤか?
「じゃあ、予約。取り置きしとくから絶対買いに来て」
ペタの矢を清算しながらそんなことを言うおっちゃん。なんでそんなに買って欲しいのか分からない。高く買ってくれる人がいれば、売った方がいいだろうに。そしてペタの矢は安かった。まあ消耗品だしな。
「てつの矢だー!」
ペタは大喜びだ。そういや今までは先端が石だった。こいつも攻撃力アップだ。後で、スポーツジムで慣らしをさせないとな。重さが変わってる。尻尾と矢を1本ブンブン振り回すペタを連れてアニさんの店へ向かう。流石に顔は出さないといけない、と腹をくくった。
あと尻尾は振ってもいいけど、矢は駄目。子供に当たったらどうする。取り上げたらペチペチ叩かれた。
「え!?」
テディさんが、頭の上に持ち上げて運んでいた革の鎧を落とした。少し大きめの鎧がスポッっとテディさんを隠した。
「ドワーフ共は自分の自信作は、なかなか売らないんだよ」
アニさんがペタを膝に乗せてニコニコしながら教えてくれた。ペタはテディさんの作ってくれた昼飯に夢中で、いつの間にか俺の隣からアニさんの膝の上に移動させられているのに気付いていないのかもしれない。まあ、誰も損はしない。食事が終わった時にペタがどう反応するかが見ものだ。
しかしドワーフか。なるほどね、なんか漫画で見たことあるな。もちろん、俺が知ってるドワーフは空想上の種族だけど、例の宇宙人式脳内補正で一番近い名前が自動的に選ばれたんだろうな。
ちなみに俺のファンタジーな知識は、大体ゲームか漫画からだ。全部、美咲が持っていたヤツで見た。俺はあんまり興味なかったけど、あの従妹はドハマりしていた。アニメも見てたなあ。俺も見とけばよかったかなあ。スライム対策で。
「あいつらは職人気質が強いからな」
と、アニさんは言うが、俺から見ればアニさんも中々の職人だと思う。ただ、この人は作る事そのものが好きって感じだ。誰が使おうがあまり気にしない。そもそも店頭に出て来ない。
そこを気にするのが、あの小さいおっちゃん族、モトイ、ドワーフ族だそうだ。主に、金属や鉱石を扱う職人が多いらしい。ああ、もちろん、女性もいる。見てないだけだ。髭が生えてるかは知らない。
確かに、今まで見た小さいおっちゃん達は、小さい割にパワフルだった。鍛冶仕事は向いているのかもしれない。
という事は、あのナイフは店員さんというか、あのドワーフさんが作った自信作だったんだろう。で、俺には売っても良いと判断したと。俺の我流ナイフ術がアリだったんだろうな。
ちょっと嬉しいじゃないか。絶対、お金を用意して買いに行こう。砂糖の換金ペースが早い気もするが、あのおっちゃんを待たせたら悪い。それに俺もあれが早く欲しい。もう名前書いときたかったな。ハ、ル、キ。書けるぞ。ふふふ。
「だけどなあ。そんなデカい水が出たか」
スライムの話もしてある。そうしないと俺達が今、町にいる説明が出来ない。
昨日の夜は傭兵ギルドのタカリに遭っていた事も伝えた。ただ、ペタがロリコンにモテモテだった話はしていない。ギルドが物理的に無くなる。
スライムの話に戻ったら、アニさんがちょっと難しい顔になった。やっぱり普通じゃありえない大きさだったんだな。細目長さんが言っていた最大の大きさと比べても10倍は軽く超えていた。
あんなのが道沿いに普通に出るような場所だったら、この辺は人族が住めない環境になる。て事はやっぱり異常事態だったんだろう。
俺のバックパックの中には手紙が2通入っている。細目長さんが書いた物だ。
宛先は狸族の村にいるマスターさんと、狐族の村の狩猟頭、エジャ宛だ。戻るついでに配達を頼まれた。内容は知らないけど、スライム関連だろうな。
そして、細目長さんがエジャを知っているのもびっくりだった。どういう関係だ?まあ同じ狐族だし繋がりがあるのかもしれないな。流石にペタの叔父さんだって事は知らなかったみたいで、目が少し開いていた。
「まあ、そういう事もあるって事だな。明日また出発するのか?まだ依頼は受けてないんだろ?もうちょっといても良いんだぞお」
アニさんがまた馬鹿親に戻った。この人は俺と同じで難しい事を放棄するイメージが強い。そしてもちろん、俺もだ。もう考えるのはやめる。疲れた。
「おーやーかーたー。もうお昼は終わってますよー。早く店番代わって下さい」
ギギギと扉が開いて、黒い悪魔が……いや、黒っぽい天使が現れた。テディさんは昼飯をまだ食べていない。拳は固く握られている。
そしてペタを膝に乗せてニコニコしていたアニさんも食べていない。ペタは2人前食っている。ああ、この人は職人としては尊敬できるが親としては駄目だな。
飯を食ってから傭兵ギルドに行って、二日酔いの兄ちゃんから、正式に護衛依頼を受けた。細目長さんは執務室に戻ったんだろう。今日はお邪魔しませんよ。来いって言われても聞こえなかったふりをしますよ。
その後、訓練場に出ると、なんかゾロゾロとギルド員達が付いて来た。いや、今日は絶対奢らないぞ。ニコニコするなお前ら。あと、職員は建物に戻れ。
そしてペタは新しい矢を1発で的に当てていた。
ヤダこの子、天才かもしれない。
読んでくださってありがとうございます。
ペタの才能は主人公を超えるかもしれません。
10月から忙しくなりそうなのを見越して、土日も1話更新にします。すみません…?




