第45話 もやしっ子
同じ果物ナイフを5本買う俺は若干怪しい。だが、これは必要な物だ。怪しくて結構。武器に使うんだから、怪しいのが正解だ。
今の考えでは左右に2本ずつ、計4本の投げナイフを持つ予定だ。5本目は予備にとっておく。出来るだけ今まで使っていた物と同じ重心のナイフを選んだ。元々の1本は完全に練習用だな。そしてとうとうエジャ貯金に手をつけた。
「ありがとうござっしたー」
金物屋の小柄な男性店員に見送られて外に出る。初めて見た、人間にそっくりの尻尾無し毛無しだったが、髭モジャでどう見ても大人なのに背が妙に低かった。ペタよりちょっと高いぐらいだ。何族だろう。今度来たら聞いてみるか。失礼かな?
まあいい。次は狸族の親子の服屋だ。今の店で聞いたら、かなり近いみたいだ。迷わずに行けるだろう。俺なら。
だがペタがやる気マンマンだ。多分あの男の子に会えるから嬉しいんだろう。そう考えるとなんかモヤっとするのは、あの筋肉親父と同じ、娘を取られるという感覚なんだろう。似た者同士だからな残念な事に。
ぐいぐいと俺を引っ張って行くペタの片手には、お見舞いのメロン。やはりお見舞いと言えばメロンだろう。というかそれぐらいしか思いつかない。あ、リンゴがあるか。でもあれは入院とか寝たきりとかじゃないとな。
意外にもペタはちゃんと教わった道を進んで行く。なるほど。元々、記憶力も良いし方向感覚も抜群だ。問題は町という慣れない場所だったんだろう。慣れてしまえば大丈夫なんだろうな。
と、思ったら見事に目的地を通り過ぎた。
「おい、ちょっ、ペタ!」
呼びかけたが止まらない。パソコンとかにある熱暴走というやつか?ペタナビゲーションシステムの異常だ。修理はどこに出せばいい?
「おやぶーん」
違った。向こうから狸族の男の子が手を振りながら走って来る。あの子を見つけたのか。
「おみまいだ!」
ペタがそう言いながら男の子にメロンを押し付ける。ちょっと惜しい。それは母親の方にあげるんだ。メロンを受け取った男の子に俺も声を掛ける。
「よう、お母さんの具合はどうだ?」
少し腰の引ける狸族の男の子。何故だ、こんなに優しい俺なのに。そのメロンだって俺のお金で買ったのに。
「げんきです。うちにいます」
小さい声で言ってくる。目つきか、目つきが悪いのか。美咲にはよく言われてたが、自分ではそこまでとは思っていなかった。ただ、夜の洗面所で鏡に向かって目をくわっと開けてニコっと笑う練習はした事がある。鏡に映った俺、メッチャ怖かったな。ホラー的な意味で。それ以来やめた。
来た道を少し戻って、3人でそれらしい店に入った。
ここに来たのは狸族の母親のお見舞いと、ペタのパジャマ用のズボンを買う為だった。だがズボンの方は無理みたいだ。確かにここは服屋だ。服屋だが、違う。
フリフリのドレスが大量に並べられている。ジャンルが違った。ついでに女性用下着らしき物も奥の方に大量にある。駄目だ、ここに入って良い男は、嫁か彼女に連れて来られた男だけだ。それも入り口付近で居心地悪そうにウロウロする必要がある場所だ。それがマナーだ。
この男の子が何となくナヨっとしている理由が見えた気がする。
「おかあさーん」
男の子が母親を呼びながら奥に入って行く。コイツ、男のくせにここにビビらないか。環境が人を作るってのは本当だな。いやマイホームじゃ当たり前か。俺は入り口付近で居心地悪そうにウロウロしておく。ペタはドレスに興味深々だ。多分、着たい訳じゃないだろう。珍しいだけだ。触るなよ汚すなよ。買い取らないぞ。
「はいはい、お客様かしら。あら!」
男の子に母親が手を引かれて出て来た。元気そうだな、良かった。
「来てくださったんですね。どうもありがとうございます」
「いや、ちょっとお見舞いのつもりで来たんですけど、どうすか具合は?」
俺が入り口付近から声をかける。母親は店の奥の方にいる。けっこう遠い。
「おかげ様で何事もなく元気です。どうぞどうぞ奥に。お茶を用意しますので」
そこまで言われて入らない訳にはいかない。
「ペタ、奥に行こう。ほら、ほら」
「なんでおすんだ?」
それは一応は女であるお前に先に入って欲しいからだよ。
下着ゾーンを通過して店の奥に案内される。てゆうか、この星にも普通に下着あるじゃないか。なんでペタは履いてないんだパンツ。田舎者だからか。帰りに狸族の母親に相談してみようか。子供用のがあるかもしれない。て、それは親の仕事だろう。俺が買ってやる意味が分からん。やめやめ。
良かった。店の奥は普通の部屋だった。作りかけの下着とかなかった。ここで作って売ってるんじゃないんだな。きっと。
ペタは男の子とキャッキャと喋っている。俺は椅子に座ってボーっとそれを見ている。時々おやぶん、という言葉が出る。ペタ軍団支部ができたな。本部は当然、狐族の村にある。
「お土産まですみません」
母親がメロンを切ってお盆に乗せて持ってくる。お土産じゃなくてお見舞いなんだが、似てるようでちょっと違う。まあいいか。
「いただきます!」
ペタが手を合わせて食べ始める。男の子もちょっとキョトンとしていたがすぐに食べ始めた。俺は出してもらったお茶を飲む。紅茶ってあったんだな。
母親がそういえば、という感じで聞いて来る。
「あの獅子族の女性の方は一緒じゃないんですか?」
思わず紅茶が霧状になるところだった。
「え、あの、なんで俺とあの人が一緒にいると?」
「あら、仲が良さそうだったのでご一緒しているかとばかり」
そんな毒のない顔でニッコリしないで下さい。アレは肉食獣で俺は食われそうだっただけなんです。仕事上のお付き合いなんです。
「あー何か用事があるそうで、町に入ったらすぐ別れましたけど」
俺が、嘘とも本当とも言いにくい説明をすると狸族の母親は、
「お似合いでしたのに、残念です」
と言うが俺はそうは思わない。俺のタイプはもっとおしとやかな感じの人だ。
「ハルキはペタのだからな!ライオン姉さんにはやらない!」
お前も違う。おしとやかにしてみろ。あと、その男の子がちょっと悲しそうだぞ。鈍感め。ちょっと話を変えよう。えーと。
「そういえば、お店の方は大丈夫なんですか?誰もいないみたいですけど」
「え?夫がいましたが」
あれ?まじか。忍者なのか?気配を感じなかったぞ。……いや違うな、俺が居心地悪くて出来るだけ店の中を見ないようにしてたからだな。
「ちょっと無口な人なんで、気付かなかったんでしょうね」
母親がそう言って笑う。店をやってて気付かれない程、無口でいいのは本屋の店員ぐらいじゃないだろうか?思い込みだが。だけど服屋ならむしろ寄って来る人しか知らない。そんなんでいいなら、ここでバイトしたい。あ、店のジャンル的に俺じゃ無理だ。カップとか知らないし、もし測ってくれとでも言われようものなら、死ねと言われているのと同じだ。いや、男に測れとか言ってくる女性はいないか。俺は万引きだけ見張ってれば良いだろう。待てよ、それなら別にここじゃなくてもいいな。用心棒か。ああ向いてるわ多分。
「ハルキ!大きいとうがあるらしいぞ!」
ペタが腕を引っ張って来る。とう?党?糖?
「のぼりたいからいこう!」ああ、塔か。
狸族の母親が手をポンと叩く。
「そうですね、この町が初めてでしたら、一度登ってみるといいですよ。砦の中も少し見えたりしますし」
へえ、アレ登れるのか。見張り用の塔みたいなのが所々に建ってるのは気付いてたけど、一般人が登れるとは思わなかった。
砦の中が見えるのか、それは行っとく価値ありそうだな。
「あんないしてくれるっていってる」
なぜ、この男の子はペタを通して話してくるんだろうか。そんなに怖いか。
「妻を助けて頂いてありがとうございました」
男の子とペタに続いて店を出ようとした俺に、店主らしき狸族の男性が声を掛けて来て、ものすごいビビった。やっぱこの人、気配が薄かった。忍者の素質あるわ。
噂の塔は割と近くにある。店の前からも見えている。まあ大きいとはいえ東京にある電波塔みたいに高い訳じゃない。町の他の建物よりは高いって程度だ。20メートルぐらいか。まあ近くを見張るのには十分だろう。
「一人、銅貨5枚だ」
入口に立っていた兵士に言われた。なぜだ、なぜ俺がヨソの子の分まで入場料を払うハメになっている。母親、知ってたなら金を持たせとけよ。あの人もちょっと天然だな。くそう、仕方がないので3人分払った。
見張り塔の中は螺旋階段になっている。トレーニングに良さそうだな。金まで払ったんだ、100往復ぐらいしないと元がとれない。だが、狸族の男の子が半分を過ぎたぐらいの所でヒーヒー言っている。もやしっ子だな。鍛えてやりたくなる。ペタは一度登り切ってから迎えに下りて来た。まだ野生児の体力は余裕みたいだ。
「ハルキ、すごいぞ!おしろがまるみえだ!」
砦な。丸見えか、いいのかそんな所に一般人入れて。狸族の男の子に合わせてゆっくりと登って屋上に続く扉を開いた。
「おお、いい景色だな」
つい声が出る。たった20メートル登っただけで、近くにはここより高い建物はない。同じ高さの見張り塔と、町の奥にある砦ぐらいだ。高台にある貴族の屋敷も見える。1軒1軒の敷地が広いなオイ。金持ちめ。
猫族の兵士が1人立っているが、こっちには興味なさそうにボーッと町を見下ろしている。まあ毎日こんなとこにいても飽きるわな。雨降ったら最悪だ。夏も暑いし冬は寒いだろう。お勤めご苦労様です。
砦を観察する。やっぱり高い壁のせいでそんなには見えないが、デカいって事だけは分かる。壁の上には騎士らしき姿も見えるし、布を被っているが、おそらく大砲みたいな物もある。火薬があるなら銃もありそうだから、大砲ではないか。投石器とかかな。そっから撃ったら町に落ちそうだな。
「おとうちゃんのいえはどこだ!」
ああ、それは展望台とかに登るとみんな言うよな。大体見つからないんだ。はしゃぐペタと、まだ息の上がっている狸族の男の子に、
「あんまはしゃいで落ちんなよー」
と、声を掛けながら視線を砦から離そうとした時、砦の上の方で何かが反射したような光が見えた。
咄嗟に身を伏せる。
「なにやってるんだ?」
ペタが不思議そうに見ている。ペタだけじゃなく、男の子も兵士まで見ている。しまった、怪しい動きをしてしまった。
「ああ、あれだ。立ちくらみだ。こういう時は頭を心臓より低くするとすぐ治るんだ。覚えとくといいぞ」
と、誤魔化した。ペタは「へー」と言っただけだが、男の子はちょっと真似をしている。よくするのか立ちくらみ。モヤシだな。
膝についた砂埃を払いながら立ち上がる。ついやってしまった。こんな所にスナイパーライフルなんかある訳がない。あれは鏡とかガラスに光が反射したんだろう。もしかしたら望遠鏡なんかもあるのかもな。ガラスがあるなら出来るだろう。
視線を町に戻してぐるっと見廻す。あの辺はスラムか。流石に上手くやってるな。布や、屋根で路地が見えないように隠している。無秩序に作られているようで計算されている。優秀なボスがいるんだろう。ケンカにならなくて良かった。
「おとうちゃんのいえがわからない」
文句を言うペタ。まあそれはそういうもんだ。大体の方角を指さしながら、
「あっちの方にあるはずだぞ、よく探してみろ」
と言ってやると、柵から体を乗り出して見ようとする。あぶねえ。狸族の男の子に声を掛ける。
「ペタが落ちないように捕まえといてやってくれ」
男の子はちょっとびくっとしたが、すぐ頷いて、ペタの服の裾を握った。うんうん、男の子はそうじゃないとな。
それより、アニさんの家のある方角の、もうちょっと先に気になる建物がある。あれって古代ローマのコロッセオみたいなやつじゃないか?ちょっと小さいけど。競技場かな?気になる、何やってるんだろう。入って観れる施設だろうか。何かのスポーツの試合とかやってるなら観に行きたいな。明日行ってみようか。
ペタに聞いても分かるはずがない。暇そうな兵士に聞いてみよう。こっちは金払ったんだ、お客だ。どうせ今夜の飲み代になるんだろ?ホントはここ一般人ダメなんだろ?そんなもんだよ。
「すみません、あそこの大きい建物って何やってるとこなんですかね」
指さして聞いてみる。
「ん?ああ、あそこか」
猫の兵士がダルそうに口を開いた。
「あそこは処刑場だよ」
読んでくださってありがとうございます。
このお話はフィクションです。実際の歴史や建物には関係ありませんです。




