第20話 ヒーローだ
サウナに閉じ込められた。
人間が、どれぐらいの水分を失うと死ぬのかは知らないが、大体、風呂屋にあるサウナには○○分以上入らないで下さい。と書いてある。危ないからだ。あと眼鏡は外せとかも書いてある。熱くなるからだろう。曇るからか?知らん。
俺は首からシルバーチェーンでぶら下げた部屋の鍵を触ってみる。熱くない。むしろちょっとひんやりしている。まあこれは宇宙人の謎成分で作られているからそういう事もあるだろう。左手に持っているドラゴンの鱗も熱は持っていない。
いや今は目の前の密室サウナ事件の方が重要だ。
この直径100メートルぐらいありそうなドーム状のサウナ空間。入って来たバカでかい入口が、目を離した隙に消えてしまった。今、ペタがスタタタターっと走って行って入口のあった辺りの壁をペチペチと叩いている。駄目みたいだ。
どっかにスイッチでもあるのか?ここに入って、やった事と言えば、一杯あるタマゴの陰から飛び出して来た大トカゲを3匹殺したぐらいだ。ペタが。確かに念のためちょっと首を切ったりはしたが、俺はそれ以外何もしていない。どこにも触っていない。トカゲの呪いだとしたら俺は悪くない。
可能性としては、このタマゴの隙間とかに何かがあるのかもしれない。ペタが触ってしまったというのは考えられる。
改めてタマゴの群れをよく見る。大きさは1メートルぐらいはあるデカいタマゴだ。数はまあ100個かもうちょっとか。全て穴が開いていて中は空っぽだ。
全部メチャクチャに叩き割ってみようか。いや、そんな事してたら体力が尽きる前に暑さで水分が尽きて死ぬ。
やっぱり、元々、入口があったあの辺りを調べるのが一番いいか。ペタでは発見できないスイッチか操作盤みたいな物があるかもしれない。なんせ、どう見ても人工のドームだ。
俺もタマゴから離れて、入口のあった辺りに移動する。ペタのように走ったりはしない。暑い所で激しい運動は危険です。ペタは既に床に座って壁にもたれて舌を出している。
壁まであと10メートルぐらいまで近づいた時、ペタが後ろにこけた。
今までもたれていた壁が急に消えた。扉が開くとかそんな感じじゃなくフワっと幻のように壁が消えた。そこにもたれていたペタが後ろに倒れる形になる。
俺は全力で走り出す。引っくり返ったペタのすぐ傍に大トカゲがいる。口をグワっと開けてペタの頭を飲み込もうとしている。
ペタは反応できていない。俺の拳も…届かない。
左手で掴んでいたドラゴンの鱗を振りかぶる。ほら、やっぱり投擲武器があるとこんな時に役に立つじゃないか。これはちょっとデカいけど。
俺の左手から放たれた歪な円盤が大トカゲの開いた口に直撃し、金属の様な音を上げた。
その瞬間ドームの赤い光が消えた。
ヤバイ。心の中で盛大に焦る。
今、洞窟からのわずかな光で見えている大トカゲの影は結構多い。ついでに、あいつらは赤い光を嫌がっていたのに、その光が消えた。この暗闇の中で襲われたら、俺はともかく引っくり返ったままのペタはやられる。
ほとんど何も見えない中でペタを探す。足らしき物に手が当たった。そのまま握ってドームの中に引きずり込む。もう上半身は食べられて無くなってたりしたらどうしよう。いや、一番近かった奴は俺の投げたドラゴンの鱗で弾き飛ばせたはずだ。少なくとも当たったのは間違いない。
ペタの上半身は、あった。
その上半身がドームの中に入ったタイミングで、赤い光が復活したおかげで見えた。何だ?停電だったのか?そのままの状態でペタをズリズリと引っ張る。
ペタは、思わず掴んだんだろうかドラゴンの鱗を両腕でガシッと抱きとめている。トカゲとペタの位置関係からしてトカゲに当たった鱗が丁度ペタの上に落ちたんだろう。
洞窟側では俺に弾き飛ばされたらしいトカゲが、近くにいた別のトカゲ達に喰われている。血が出ちゃったか、ゴメンネ。
ペタを庇う位置取りで様子をうかがう。赤い光が戻った以上、大トカゲはこっちには来ない…と思いたい。
そして、せっかく開いたこの穴、というか出口が再び閉まってもらっては困る。あまり離れていない場所で大トカゲの食事を見守る。
あっという間に倒れたトカゲの姿は無くなった。満足した訳じゃないだろうが集まっていた大トカゲ達はスルスルと離れて行く。やっぱりこの光が嫌いか。
ドームの出口の端から頭だけ出してみる。もし今ここが閉じたら首もげるかな?メッチャ怖いな。スプラッタだ。大トカゲ共は、やっぱりバラバラに散ってあちこちの岩陰に隠れている様だ。今なら行ける。
「ペタ、行けるか?」
後ろに声をかけると俺の腰の辺りからペタの耳が生える。
「もうだいじょうぶだ、びっくりしただけだ」
しっかりドラゴンの鱗も持ってるな。よし。
「そのまま鱗をしっかり持ってろよ」声をかけるとペタを肩に担ぎあげた。
「ペタもはしれるぞ!」目の前でペタの足と尻尾がバタバタする。
「離れたら合流できないからな。俺は前を見る。ペタは後ろから来るトカゲを見張っててくれ」
「おお、はじめてのきょうどうさぎょうだな」
なんか言い回しが気になるが納得した様なのでツッコまないでおこう。
「うしろにいるぞ!」
え?まだ出発してないぞ?もしかしてさっき殺した3匹の事言ってるのか?
首だけ後ろに向ける。かなり遠くだが何か動いている。タマゴの内の1つから1匹の大トカゲが這い出そうとしているのが見えた。
んなアホな。あそこのタマゴは全部からっぽだったはずだ。どこから湧いた?
ベタンと地面に落ちるように生まれた大トカゲは近くに転がっている仲間の死体を見つけると、ゆっくり近づいて、喰いついた。
ああ、そうか。解った。
「ペタ、あいつは放っといて行くぞ。ちょっと揺れるけど絶対にドラゴンの鱗、離すなよ」
俺がドームを飛び出すと同時に、赤い光は消えた。
後ろは振り返らない。岩場に足をかけトカゲの上を跳び越す。大口を開けて待ち構えているヤツの頭を蹴り更に上へ。
「うしろはだいじょうぶだ!」
前は結構いるけどな。右に体を振るとみせて左に飛ぶ。何もない空中に噛みついたトカゲが後ろに消えていく。
「あはははは!ころがってる!」
「ペタ、さっき出て来た赤い部屋の入り口どうなってる?」
「んー、ないな!かべしかない!」
やっぱりか。少し高い段差を飛び上がった所にいたトカゲの頭を片手で押さえつけるように体を上に運ぶ。手に肉が潰れる感触が残った。ちょっと重かったか?ごめんな。
出口が少しずつ近づいてくるにつれて、気温がマシになってくる。今はまだ暑いけど、そのうちここも季節通りの気温に戻るだろう。ここだけじゃない、森も、村も元に戻る。沖縄サヨナラだ。
自然の光が近づいてくる。やっぱり赤いのよりこっちがいいな。まあ、この星の太陽は地球の太陽とは別物なんだろうけどな。
飛び上がれなさそうな大きい段差を迂回する様に横に走る。俺に興味が無いのか寝坊したのか、2匹のトカゲが寄り添うように横たわっている。こいつらも被害者だ。襲って来ないなら俺は何もしない。トカゲ達の頭上を大きく跳び越す。すれ違いざまに1匹と目が合った。つぶらな瞳だ。カワイイじゃないか。
とうとう地上に飛び出した。外の空気だ。久しぶりな気がする。さすがに暑いので清々しいとまでは言えないが、風を感じるだけで生き延びた実感が湧く。
「くうきがうまい!」ほらペタも言ってる。
草むらや木の陰にいた大トカゲ達が頭を上げる。だが半分ぐらいはさっきの洞窟にいたはずだ。そんなに多くは無い。問題なし。
進む方向は、太陽からほんの少し左だ。時間的にはまだ朝だから、そっちが東のはずだ。俺の部屋はこの辺から見れば東の方角。多少ずれててもいい。安全な所まで行ったらペタに任せよう。
時々、前に現れる大トカゲを危なげなく躱しながら走る。肩に担いでいるペタの尻尾が目の前でリズミカルに揺れている。こいつもう余裕だな。最初は結構ビビってたくせに。まあ、そう言う俺ももう余裕だけど。
っと駄目だ。どうもこっちに来てから余裕を見せると危機に陥る傾向がある。逃げきるまでは気を抜いちゃいけない。
「いっぱい、おいかけてきた!」ペタの尻尾が逆立つ。
ほーら、やっぱりこうなる。スピードを上げたいが森の中だ。木もあれば岩や木の根が足元を邪魔する。それに、まだ前からもこっちに向かってくる大トカゲがいる。
「引き離せてるか?」
「けっこうはやい!」
ちょっとマズいな。俺も思ったより消耗していたのか。どうも自分の体の状態がよく分からない。というか、ほとんど休まずに昨日から動き続けられている時点で立派なもんだと思う。くそっ腹が減った。喉が乾いた。
そう思った瞬間に森を抜けた。目の前に川がある。最初に大トカゲと出会った川だ。やっぱり方向がズレていたんだろう。あの時の焚火の跡は無い。
喉が渇いたとか考えてしまったせいだろう。思わず立ち止まってしまった。勢いをつけたままじゃないとこの川は跳び越せない。ペタも担いでいる。水に入るしかない。
「きた!」
ペタの声が聞こえると同時に川に突っ込んだ。深さはあまり無い。だが水の抵抗が強い。体が前に進まない。あれだけ欲しかった水が邪魔だ。追いつかれる。ペタだけでも向こう岸に投げるか?
「ハルキ殿!」
もう懐かしいとも思える声が正面の森の中から聞こえた。同時に飛んでくる矢。1本じゃなく何本も一斉に、俺達の背後に飛んでいく。
「やった!やった!」ペタが喝采を上げている。
森から、エジャを先頭に弓を構えた狐族の狩人達が現れた。次々と弓に矢を番えては放っていく。
なんとか川から這い上がってエジャの後ろに倒れ込む。ペタがコロコロと転がってからピッと立ち上がった。手にはちゃんとドラゴンの鱗がある。
「ハルキ、なげたらいたいぞ!」元気そうでいいな、俺はきっついわ。
「間に合って良かった」
エジャが弓を放ちながら言う。ああもうタイミング最高だよ。ヒーローだ。
上半身を起こしながら見ると川の向こうで大トカゲがどんどん倒れて行く。川を流れていくヤツもいる。1匹もこっちには渡れていない。
それからわずかの時間で俺達を追って来ていた大トカゲの群れは全滅した。
読んでくださってありがとうございます。
少しのんびり展開にしたいです。




