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異世界ハーレムはただしイケメンに限る  作者: 日暮キルハ
8章 それはきっと尊い理想

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愚か者

 ──音が、遠くなった。


 先程の一撃、右腕を砕かれた衝撃とは比較にもならない。

 もはや「殴られた」などという生易しいものではない。身体が爆ぜたかと思うほどの衝撃が全身を襲った。


「──っっ!」


 喉の奥から血が逆流し、口腔から飛沫が零れる。

 直後、身体は無様なまでに吹き飛ばされた。宙を舞うどころか、空気の壁に打ちつけられたような錯覚すら覚える。

 回転し、転がり、地面を何度も叩きながら、ようやくその体が止まったのは遥か後方。


「…………重すぎだろ……ヤ、バい……」


 腕も足も力が入らない。意識が薄れそうになる。


 起き上がろうにも、地面が揺れているような感覚すらある。

 耳鳴りが酷く、視界が二重にも三重にもぶれている。


 そんな中、影が差した。


「──ッ!?」


 全身が総毛立つ。

 見上げると、空の中腹。高く跳躍したトアが、天から影を引き裂くようにして迫っていた。

 かかとが、真っすぐに自分の頭を目掛けて落ちてくる。


 まるでギロチンのようだった。


 このままでは確実に頭が潰れる。

 脳が判断するよりも早く、体が転がるようにして横に跳ねた。


「──っ!」


 風圧が皮膚を裂く。背後で地面が粉砕され、破片が四散した。

 あと一瞬、ほんの指先ほど反応が遅れていれば、粉砕されていたのは俺の頭蓋だっただろう。


 転がる勢いのまま距離をとり、荒い息を吐きながら詠唱を口にする。


「『リザレクション』……っ!」


 全身を包む淡い光。

 肉が戻り、骨が組み直され、砕かれた腕さえも元の形を取り戻していく。

 癒しの光はたしかに命をつなぎとめた。


「はあ……はあ……っ」


「……へえ、よかったね」


 トアは軽く着地すると、興味なさそうに首を傾げて笑みを浮かべる。

 その笑みは、どこまでも冷たかった。


「借り物の力がなかったら、君程度──とっくに死んでるところだったよ」


 小馬鹿にしたような口ぶり。

 圧倒的格下をなぶって遊んでいるに過ぎないというのをまるで隠さない余裕に満ちた姿。

 対してこちらは隠しようもないほどに満身創痍で下手すればトアの気まぐれひとつで命が奪われかねない。


 全くもって情けない話だ。

 シズクさんに鍛えてもらったのに、ここ最近俺よりよっぽど強い奴としか会ってない気がする。


 ただ、それはそれとして……気圧されることだけは許されない。

 だから──


「ほんとにそうですね……」


 肩で息をしながら、名一杯の虚勢と強がりで口元を釣り上げる。


「借り物の力を振りかざしているだけの人間ですら殺しきれない──エールの劣化版が相手で助かりました」


 空気が凍った。


 その瞬間、トアの表情から笑みが消える。

 目元がヒクリと痙攣し、オッドアイに殺気が宿る。


「……なるほど」


 静かに、トアは笑った。

 最初はかすかに、しかしすぐに、それは声をあげた嘲笑へと変わっていく。


「本当に……愚かだ……っ」


 頭を抱え、肩を震わせて、トアは吐き捨てる。


「愚かすぎて、笑えてくるよ。どうやら、この期に及んで君は何も理解できていないらしい」


 その声音には、嘲りと怒り、そして何よりも冷酷な殺意が宿っていた。


「いいよ。だったら、少しだけ教えてあげようか。君の愚かさが、どれほど罪深いものかを」

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