第九十九夜
コカドリーユ派のアジト。
滅多に誰も立ち寄らない秘密の地下室にて、この派閥のトップは苛立ちを隠さずに座っていた。
「…ヴィエルジに対処してくれたことには感謝している。ここに柔な奴らはいない筈だが、それでも犠牲は少なく済んだ」
先程帰ってきたばかりのコカドリーユは不機嫌そうな態度を崩さないまま、近くに立つルーセットへ言う。
明らかに礼を言う態度ではないが、ルーセットに対しては言葉通り感謝しているのだろう。
その敵意はルーセットとは別の者に向けられている。
「それで、何でコイツが余の領域にいるのだ?」
ルーセットから視線を動かし、コカドリーユは壁に背を付ける魔女を睨む。
「クスクス…私には感謝してくれないの? ヴィエルジに止めを刺したのは私なのよ?」
「ふん。横から手柄を掠め取っただけだろうが」
「あらあら、よく知っているわね」
殺気すら僅かに滲ませるコカドリーユの気迫にも動じず、ソルシエールは笑みを浮かべる。
細身でルーセット以上に非力に見えるが、ソルシエールは大戦を生き抜いた長命の純血。
実力は未知数だが、その格はコカドリーユにも負けていない。
「喧嘩している場合じゃないだろ。今はルーガルーを倒す為に手を取り合うべきじゃないか? 百年前と同じように」
「ルーセット。お前の意見は余もそれなりに尊重したいが、この魔女はどう考えても獅子身中の虫だぞ」
「おや、獅子身中の虫なんて難しい言葉も言えるようになったのね。意味もちゃんと分かって使っているのかしら?」
「…余を侮辱すると、命を落とすぞ。ソルシエール!」
挑発するような言葉にコカドリーユは激怒する。
ソルシエールが嫌味や皮肉を言うのはいつものことだが、コカドリーユに対しては普段以上に口が悪い。
ソルシエールもソルシエールで、コカドリーユのことを嫌っているようだ。
「…最近思うんだが、歳食っている割に落ち着きがない奴が多いよな。純血って」
「何で私を見て言うんですか、ルーセット」
隣に座るヴェガを見ながらルーセットはため息をついた。
歳はまだ若いが、落ち着きがない所は他の純血と変わらない。
それに比べ、ヴィエルジは人間上がりだが割と余裕を持った態度だった。
「…そう言えば、ヴィエルジはどうなったんだ?」
「あの女吸血鬼なら、銀の檻に幽閉したよ」
コカドリーユの肩に止まっていたプーペが代わりに答えた。
「ルーガルーが復活した時に結構壊されたけど、まだ無事な牢も残っていたから有効活用したんだ」
「もうルーガルーの部下もアイツだけ。すぐに殺さない方がいいだろう、とプーペに言われたのだ」
そう言うと、コカドリーユは立ち上がった。
地下室の出口へ向けてゆっくりと歩きだす。
「そろそろ夜明けだ。お前達も休んだ方がいいぞ」
ルーガルーを襲撃し、その帰りにクリュエルと戦った。
コカドリーユ自身も気付かない内に疲労が溜まっていたのか、その声は少し力がなかった。
「何かとプーペ中心よね。あの男は」
地下室からコカドリーユが去ったのを確信してから、ソルシエールは口を開いた。
それを見送っていたヴェガはソルシエールへ視線を向ける。
「それだけあの眷属を気に入っているのではないですか?」
「眷属を大切にする吸血鬼なんていないわよ。皆、自分が世界の中心。他人なんて、自分が楽しむ為の糧でしかない」
快楽的でありながら、どこか冷めた発言だった。
世界に刹那的な楽しみを求めながらも、所詮はこんな物だと諦めているような言葉。
「アンタらしい言葉だ。アンタにとっては、俺も単なる玩具だしな」
「私だけではないわ。あのコカドリーユも、よ」
ソルシエールは酷薄な笑みを浮かべて言った。
仲が良さそうに連れ添っているコカドリーユとプーペ。
その友情を嘲笑うように。
「コカドリーユのイクリプス。知っているでしょう?」
「『アエロリット』のことか?」
重力を操り、空から隕石を引き寄せる強大なイクリプス。
純血の一角に相応しい能力だ。
「あのイクリプスってね。本当は、コカドリーユのイクリプスじゃないの」
「コカドリーユのでは、ない?」
「………どういう意味だ?」
自分のイクリプスではない、イクリプスを使用する。
そんな話はルーセットも聞いたことがない。
イクリプスとは、魂の形。
魂が違う以上、他人と同じ能力を使うことなど不可能な筈。
「別の吸血鬼の魂を喰らうことで、イクリプスを奪ったのよ。その強大な力を自分の物にする為に」
だからコカドリーユは自分の能力を使いこなせていない、とソルシエールは言った。
細かいコントロールや加減が出来ないのは、性格的な問題だけではなくそれが原因だと。
そもそも自分の能力ではないが故に。
「…コカドリーユは誰から能力を奪ったんだ?」
「クスクス…………プーペよ」
笑いながらソルシエールは言った。
ヴェガは息をのみ、ルーセットは険しい表情を浮かべる。
分からなかった。
あれだけプーペを信頼しているコカドリーユが、そのイクリプスを奪ったなど。
「所詮、友情や愛情なんて見せかけだけなのよ。周りで見ている者が勝手に言うだけ、本当の愛はこの世のどこにも存在しない」
ソルシエールは言いながら天井を見上げた。
コンクリートの天井ではなく、その先の月を思うように目を細める。
「…それじゃ、おやすみ」
多くの疑問と不審を残し、ソルシエールは地下室を出て行った。
「コレは、どう使うのだったか」
赤いガラス玉のような物を握りながらルーガルーは一人呟いた。
軽く振って見たり、擦って見たりしているが、何も反応がない。
「分からんな。ルーガルーはこう言う細かい技術が苦手なのだ。ヴィエルジがいれば、使わせるのだが」
そのヴィエルジは単身任務に赴いたまま、帰ってこない。
恐らく、敵の手に落ちたのだろう。
モールとクリュエルも同様だ。
最早、ルーガルーの傍に部下は一人も存在しない。
『ザ…ザザザ…』
その時、赤いガラス玉からノイズが聞こえた。
ルーガルーは慌ててそれを電話のように耳に当てる。
「も、もしもし、こちらルーガルー」
『……………』
「そうか。なら、そちらの判断はお前に任せる」
『……………』
「ああ。その時は、ルーガルーもそちらに向かおう。頼んだぞ」
ガラス玉を使った交信を終え、ルーガルーは月を見上げる。
百八十年以上前と、何一つ変わらない月に焦がれる。
「あと少しだ。あと少しでルーガルーは『帰還』する」
百八十年、いやそれよりもずっと前から望んでいた。
ルーガルーが生まれるずっと前より続く妄執。
血に宿る望郷の思い。
「あの月へと」




