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モンストル  作者: 髪槍夜昼
混沌と野望の人狼
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第九十八夜


「蝙蝠。蝙蝠。蝙蝠………芸がないですわ」


飛び交う黒の帳を睨み、ヴィエルジは呟く。


ルーセットが蝙蝠に姿を変えてからしばらく経つ。


機動力はあるが、破壊力に欠ける蝙蝠の大群ではヴィエルジの同胞と勝負にすらならない。


逃げ回って翻弄することが限界だ。


それはルーセットも理解している筈なのに、別の手を打たない。


「時間稼ぎのつもりですか?……一体、何の」


時間が経過することで、ルーセットを有利にする物。


ルーセットが何か能力を隠している訳ではない。


なら、時間の経過で変わるのは第三者。


例えば、そう…『援軍』


「…そう言うこと。コカドリーユの帰還を当てにしているのですか」


少しだけ失望したようにヴィエルジは言った。


蝙蝠となったルーセットは答えない。


「確かに合理的ですが、個人的には少し残念ですわ。もう少し、知恵を絞った作戦を用意していると思いましたが…」


パチン、とヴィエルジの指が鳴る。


それに合わせて、ヴィエルジの傍に白装束の少年が現れた。


抜身の剣を握り締めた幼い容姿の少年。


「ア…アアァ…」


かつて『天秤のアルム』と呼ばれた吸血鬼だった。


「アルム。全ての蝙蝠を斬り捨てなさい。貴方なら、五分と掛からない筈です」


「シャァァァァ!」


獣のような雄叫びを上げてアルムは地面を撥ねる。


跳躍するアルムは風のように速く鋭く逃げ回る蝙蝠の斬り捨てていく。


他の吸血鬼達に比べれば小柄な外見だが、それ故に速度が突出している。


「「「チッ!」」」


このままではマズイと判断したのか、蝙蝠の大群は一斉にアルムへ襲い掛かった。


アルムの身体に蝙蝠が次々と纏わり付き、その肉に噛み付く。


しかし、痛みを感じないアルムは怯むことすらない。


白装束が黒い羽搏きの中に飲み込まれても、構わず剣を振っていた。


「悪あがき。もっと聡明な子かと思いましたが…」


「…ここで何をやってるのですか?」


残念そうに頭を振るヴィエルジの背に声がかけられる。


振り返ったヴィエルジの前に現れたのは、重そうな服を着た華奢な少女。


身に纏った光る羽衣が幻想的な少女だった。


ヴィエルジの記憶に、少女の姿はない。


「コカドリーユ派の子ですか? 最近は、こんな若い子まで派閥に入れているのですね」


「…質問に答えて下さい。あなたはここに、何をしにきたのですか?」


僅かに殺気立ちながら少女は光を放つ。


羽衣に纏う星屑が眩しく輝いた。


「やめなさい。あなたのような幼い吸血鬼では、相手になりません。外見のことではありませんよ?」


まだ成り立ての吸血鬼を手にかけるのは、僅かに心が痛む。


そう思い、ヴィエルジは宥めるように言った。


「…さっきから」


少女の放つ殺気が増した。


ヴィエルジは困ったようにため息をつく。


幼い人間上がりを殺すことは嫌いだが、出来ない訳ではない。


覚悟を決めて、配下の吸血鬼達に指示を出す。


「純血であるこのヴェガを、子供扱いしないで下さい!」


「なっ! 純血…!」


予想外の言葉にヴィエルジの判断が一瞬、遅れる。


その隙をつくように、少女の手から放たれた星屑がヴィエルジの右足に触れた。


「…あ………ああああああ!」


まるで虫食いのように、ヴィエルジの右足が削り取られる。


痛みとショックからヴィエルジは地面に倒れた。


「純血…? どうして、純血は四人だけの筈では…!」


「いつの話をしているのです。長く隠れすぎて、最近の情勢に疎いのですか?」


「くっ…」


足を再生させてヴィエルジは立ち上がる。


ヴィエルジはヴェガのことを『知らなかった』


ティミッドに隠し子がいたことも、新しい純血が見つかったことも知らなかった。


故に、ヴィエルジのことは完全にノーマークだった。


「純、血…」


ヴェガが純血と知り、ヴィエルジから余裕が消える。


今までに何度も敗北した純血が、自分の人生を振り回した存在が目の前にいる。


「『ヴォワ・ラクテ』」


星屑を纏ったヴェガは冷たい目でヴィエルジを見た。


あの目だ。


人間上がりを蔑んだ純血の眼。


「…負けない。私はッ!」


「ア…アアァ」


叫ぶヴィエルジに答えるように、その隣へアルムが降り立つ。


纏わり付く蝙蝠を斬り裂いて、ヴィエルジの命令を待つように動きを止めた。


「丁度いいです。あの純血も斬り殺しなさい! アルム!」


「アアァァァ!」


空虚な眼に意思を込めて、アルムは獣のように叫んだ。


幼い身体に魔力を巡らせて剣を握り締める。


抜身の剣を構え、吸血鬼はそれを力任せに振り下ろした。


「…え?」


その傍らに立つ、ヴィエルジへ目掛けて。


背中から袈裟斬りされたヴィエルジは、驚いたような顔をしてよろめく。


倒れそうになりながらも何とか踏み止まり、ヴィエルジは気付いたようにアルムを睨んだ。


アルムの姿をした、吸血鬼を。


「…そういう、作戦ですか。ルーセット君」


出血する傷口を抑えながら、ヴィエルジは忌々しそうに呟いた。


「その通り。騙し討ちや暗殺が俺の戦場だからな」


アルムの姿が黒い影に包まれ、ルーセットの姿へ戻った。


「蝙蝠を使って私のアルムを隠し、成り替わる。良い作戦です。傀儡と化したアルムを見分けるのは難しいですから」


「褒めてくれてありがとう。それで、続けるか?」


アルムの剣を適当に振り回しながらルーセットは尋ねた。


ヴィエルジが受けた傷は深い。


吸血鬼なら致命傷とは言えない傷だが、ヴィエルジは明らかに能力特化型。


その程度の傷を再生するにも、長い時間が掛かる。


そして、吸血鬼同士の戦いで負傷したまま戦うことは死を意味する。


故に、ルーセットはヴィエルジに降参を促した。


利己的で他人には冷酷だが、命を大事にするが故に必要以上に敵の命を奪うことを嫌うルーセットらしい言葉だった。


「…当然、続けますよ」


「そうか。死ぬぞ、アンタ」


「私は、私は自由を手に入れる! もう純血の眼を気にして生きる生活はうんざりなんですよ!」


血を流しながらも闘志を放つヴィエルジ。


純血相手に負けることはヴィエルジのプライドが許さない。


自分よりずっと幼いヴェガに負けることなど、認められる筈もない。


「…私は!」


「もう十分よ。ヴィエルジちゃん」


一歩踏み出そうとしたヴィエルジの身体が突然、崩れ落ちた。


まるで糸が切れた人形のように、ぐったりと地面に倒れるヴィエルジ。


「クスクス…」


何が起こったか分からず、混乱するルーセットの前で魔女は笑った。


倒れたヴィエルジを見せつけるように踏みつけ、魔女はルーセットの眼を見た。


「助けが必要だったかしら。私のルーセット?」


「…ソルシエール」


ルーセットはその魔女の名前を呼んだ。

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