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モンストル  作者: 髪槍夜昼
混沌と野望の人狼
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第九十六夜


日光を遮る窓のない建物。


コカドリーユ派のアジトにて、ルーセットは酒瓶片手に歩いていた。


度々それを口に含みながらも足を止めず、何かを探すように視線を動かす。


やがて、目的の人物を見つけて歩みを止めた。


「博愛主義のさわやか王子も、落ちぶれたな」


その人物は、リコルヌだった。


簡素なバーの端で黄昏ているのは、かつてのファミーユの王。


王子染みた容姿に惹かれて周囲に数人の女が集まっているが、それに見向きもせずに自棄酒を煽っている。


「…うるさいよ」


「怒ったり泣いたりしている時の方がまだ前向きだったな」


「うるさいって言っているのよ」


じろり、と睨むリコルヌを見てルーセットはため息をついた。


「そうやって、他人の生き死にに一喜一憂する奴の気持ちが俺には分からん。命短い人間ならともかく」


「…僕を人間と一緒にするな!」


「人間を嫌うのか。元人間を家族と呼んでいたくせに」


山高帽を外し、退屈そうにクルクルと回しながらルーセットは言う。


「結局のところ、誰だって良かったんだろう。家族と呼べるなら」


「何だって…」


「それほど大嫌いな人間でも、乞われれば血を分け与えてしまう程に愛に飢えていたのだろう?」


ルーセットは険しい表情でリコルヌの本質を見抜く。


身内に甘く、温厚なリコルヌの本質は『博愛主義』などではない。


それは、飢餓。


孤独からの反動による、家族愛への飢え。


だからこそ、アレほど人間を嫌いながらも人間を家族に迎えていた。


「そんなことは…ッ!」


「隠すな隠すな、別に悪いことじゃない。誰だって一人は怖い。きっとアイツらもお前の家族で幸せだったろうよ」


他人に対して冷酷なルーセットには珍しい言葉だった。


リコルヌを慰めるように聞こえる言葉。


「誰だって、そうなんだ。一人で死ぬのは、怖いからな」


僅かに震える拳を握り締め、ルーセットは言った。


ルーセットも同じだった。


あの病室でどうしても生きたかったのは、ただ死ぬのが怖かったからじゃない。


誰からも看取られず、誰の記憶にも残らずに、一人で死ぬことが怖かったからだ。


「ルーセット…?」


「誰かに看取られて死ぬのは、幸福だ………ふん、まさか俺が死に価値を見出すなんてな」


それでも、ファミーユの者達は幸福に死んだのだろう。


何よりも大切なリコルヌを守り、リコルヌに看取られて死んだのだから。


「君も、そうなのか?」


「ああ、そうかもな」


リコルヌの言葉に答え、ルーセットはぼんやりと遠くを見た。


ルーセット達から少し離れた所で一人読書しているのは、ヴェガだ。


彼女こそ、ルーセットが初めて作った眷属。


ルーセットの大切な家族だ。


「なら、君は絶対に守れよ」


「当然だろう。俺は全吸血鬼を騒がせた蝙蝠様だぞ」


「…そうだったね」


少しだけ寂しそうにリコルヌは笑った。








「ちょっと飲み過ぎたか?」


僅かにふらつきながらルーセットは歩く。


リコルヌに付き合って少しばかり酒を飲み過ぎたようだ。


おかげで戦いで消耗した魔力は補給できたが、思考が鈍っている。


そもそも、相手の出方が分からない以上、コカドリーユの帰還を待った方が良いと決めた休養だったのに羽目を外し過ぎたか。


モールは倒したとはいえ、逃げ帰ったクリュエルに、姿を見せないヴィエルジ、本命のルーガルーと主戦力はまだまだ残っているのだから。


「うう…どうして私、あんなことを言ってしまったのでしょう」


建物の隅で休んでいたルーセットの耳に、すすり泣く様な女の声が聞こえた。


独り言だろうか。


ルーセット以外にも酔い潰れた者がいたようだ。


「一人で倒すとか、絶対無理。どんな作戦用意しても力押しで全部壊しちゃうんだから、非常識。理不尽。これだから純血は嫌いなのですわ」


どこかで聞いたことのある上品な口調だった。


嫌な予感がして横目で見ると、案の定。


予想通りの人物がそこにいた。


「アレがトラウマになってから、私、流れ星恐怖症なのですよ。こうなったら……」


俯きながらブツブツと呟く女の正体は、ヴィエルジだった。


何故か分からないが、ヴィエルジがそこに立っていた。


「何やってんの、アンタ」


「え? 貴方は確か、ソルシエールの…」


「今は眷属じゃないけどな。ルーセットだ。よろしく、綺麗なお姉さん」


ルーセットは気さくな笑みを浮かべながら言う。


内心は、深い警戒心持ってヴィエルジを見ていた。


ヌーヴェル=リュンヌを率いるヴィエルジがここにいる理由など、一つしかないからだ。


「よろしくお願いします。それと、私のことは名前で呼んで結構ですよ」


「ああ、そう? ヴィエルジさん」


「よろしい」


そう言って何度も頷くヴィエルジを見て、ルーセットは毒気を抜かれる。


この人、何をしにきたのだろう。


「…ヴィエルジさんって、何か戦いとか似合わない性格しているよな」


「そ、そうでしょうか?」


「そうそう、その服とかも上品だし、静かにティータイムとか楽しんでそうな雰囲気だよな」


多少の世辞は入っていたが、概ねルーセットの本心だった。


ヴィエルジは長い時を生きた吸血鬼と言う割には…何と言うか、押しが弱い。


ルヴナンやコカドリーユと比べ、我欲が薄いと言えばよいのだろうか。


「こ、この服の良さが分かるとは、貴方は良い殿方ですね! 実はコレ、自作なのですわ!」


こんな風に乗せられ易い所と言い、小物っぽい。


感極まった様なヴィエルジを見て、ルーセットは曖昧な笑みを浮かべた。


「へえ。ヴィエルジさんって、裁縫とかも出来るんだ。もしかして料理とかも?」


「勿論、これでも私はお姉さんですからね。料理も裁縫も掃除もバッチリですわ!」


「………」


可愛いお姉さんもいたものだ、とルーセットは微笑ましそうに笑みを浮かべた。


本当に何をしにきたのだろう。


「年上の女は嫌いだったけど、少し認識を改める必要があるな」


「…何ですか?」


「いやいや、こっちの話」


「そうですか? それよりもルーセット君、一つ提案なのですが」


うん? と首を傾げたルーセットにヴィエルジは笑顔で言った。


「私と共に、ヌーヴェル=リュンヌに入る気はないですか?」


「またそれか。前に断っただろう、俺はそもそも戦うこと自体が嫌いなんだって」


「私だって野蛮な争いは嫌いです。ですが、負けたくないのなら戦うしかないのです」


そう言うと、ヴィエルジは懐から小瓶を何本か取り出した。


それを地面に叩き付けながら、もう一度ルーセットへ笑みを向ける。


「魔法の力で『お姫様』になっても、本質は町娘のまま。元から高貴な血を引く者達には敵わない」


灰が輪郭を成し、吸血鬼の姿へ変貌していく。


まるで魔法使いの魔法のように。


灰かぶりの娘からお姫様に変身したシンデレラのように。


「平和主義。それはただの努力放棄です。努力を捨てた姫に待っているのは、零時の鐘の音のみ」


一度はヌーヴェル=リュンヌの頂点に立った女は言う。


一夜の魔法が解けるように地位から転落した姫は笑う。


「私は純血を超える。ただの町娘でも、お姫様になれると証明してみせるのです」


「それが、アンタの戦う理由か」


未来を、地位を、成功を、純血に潰され続けた人間上がり。


元々の生まれが未来を決めないことを証明する。


それこそが、ヴィエルジの望み。


「見逃してあげてもいいですよ。私が倒したいのは、純血だけですから」


「残念だけど、そうはいかないな。さっき守ると約束したばかりだし」


「そう。ならば仕方ありませんね」


パチン、とヴィエルジが指を慣らす。


それを合図に、多くの吸血鬼達がルーセットへ襲い掛かった。

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