第九十四夜
「………」
動かなくなったモールの身体をルーセットは無言で見下ろす。
人間である身体が灰になることはないが、吸血鬼にも人間にも死は平等に訪れるのだ。
モールとは最期まで敵同士だった。
今更その死に何かを思う訳でもないが。
「ルーセット。大丈夫ですか?」
「ヴェガ…いや、もう終わった」
心配そうに見つめるヴェガに答えながら、ルーセットは頭を振る。
今は無意味な感傷に浸っている余裕はない。
モールはルーガルーが吸血鬼を滅ぼすと言っていた。
ならば、ルーガルーの復活はルーセットにとって無関係では…
「そんな風に油断する所が、未熟だと言うんだよ」
瞬間、ルーセットの胸に『赤い花』が咲いた。
後方から背中を貫く赤い棘。
ルーセットを心臓を突き破った棘は、真っ赤な花弁を散らす。
「なっ…か、はっ…!」
胸から生える棘を見つめながら、ルーセットは吐血する。
傷口からは血液が噴き出し、倒れていたモールの身体と地面を濡らした。
「吸血鬼は死ねば灰になる。逆に言えば、灰にならない限り生きていると言うことだ。それを失念するとはまだまだ若い」
モールの不意打ちで倒れていたクリュエルの身体が起き上がる。
その手には血に染まったリボルバーが握られていた。
「ルーセットッ!」
「ふん、もう遅い!」
声を上げるヴェガを嘲笑するようにクリュエルは銃口をルーセットに突きつける。
狙いは、額。
心臓を壊されたルーセットに止めを刺す。
ヴェガが転移しようとするが、それも間に合わない。
血の棘が放たれ、ルーセットの脳を破壊する。
その時だった。
「『インペイルメント』」
聞こえない筈の声がした。
ルーセットの影から細長い杭が一本飛び出し、クリュエルの心臓を穿つ。
「ぐっ…あ…馬鹿、な…!」
貫かれた心臓を抑え、クリュエルがよろめく。
「地獄へ行く前の置き土産だ。こいつは殺させねえ」
致命傷を受け死んだモールの遺体が、ニヤリと笑みを浮かべる。
「死に、損ないめ…!」
クリュエルから零れた血が怪鳥の姿を取る。
心臓を抑えながらクリュエルはそれに捕まった。
いくらクリュエルと言えど、このダメージでは戦うことは出来ない。
最後に忌々しそうに二人を睨み、怪鳥はすぐに飛び去った。
「…モール、生きていたのか?」
それを見送った後、ルーセットは呟く。
「ああ? 何言ってんだ。もう、死んでいるよ…」
ぐったりと仰向けに倒れながらモールは答える。
「くはは………人の顔に、血なんてかけるんじゃねえよ。別れの挨拶は済んだってのに、眼が覚めちまったじゃねえかよ」
モールの身体は既に死んでいる。
今、少しだけ意識が戻っているが、すぐにそれも終わる。
あと数分もしない内にモールは完全な死を迎える。
それを理解しながらもモールの心は穏やかだった。
「何で、俺を助けた?」
「…何でだろうな。俺っちのことを覚えている存在。それが、完全に消えちまうと思ったら、何か怖くなったんだよ」
「…ルーガルーでは駄目なのか?」
「くははは! アレにとって他人なんてのは全て餌だ。俺っちのことなんてすぐに忘れちまうだろうさ」
「だから、奴はお前を眷属にはしなかったのか」
いずれは殺す単なる餌。
それ故にモールは吸血鬼にしてもらうことすらなかった。
運命を諦めていたモールにとっては、それでも良かったのかもしれない。
「それも理由の一つだと思うが………アイツは、元々眷属なんて作れないんだ」
「作れない? 作らないではなく?」
「そうだ。アイツは奪うだけで、他人に与えることが出来ない。もし、アイツと戦う気ならそれがきっと付け入るヒントになると思うぜ」
そこまで言うとモールは瞼を閉じた。
モールの身体から完全に力が抜ける。
「ああ、そろそろ時間みたいだ。俺っちは地獄に帰るとするよ」
「…そうか。きっとその内、俺もそちらへ向かうと思う」
「それはイイな! だったらその時はまた一緒に戦おうぜ!」
全ての苦しみから解放された様にモールは楽しそうに笑う。
「…あ、でも……エトワルと、同じ場所に行けねえのは、少しだけ、残念だ、な」
最期の最期に本音を滲ませて、モールは力尽きた。




