第九十三夜
「立ち上る影よ。極刑の杭となれ『インペイルメント』」
片方しかない腕を振り回し、モールは次々と杭を生み出す。
地面より突き出る杭の速度は強敵だが、翼を生やしたルーセットはそれを容易く躱し続ける。
「何度目だと思っている。お前の能力なんて、もう見慣れているぞ」
「くはは…そう言えばそうかァ! 思えば、お前とも長い付き合いだなァ」
モールは右腕に握った杭槍を空を飛ぶルーセットへ投擲する。
顔に目掛けて放たれたそれを、ルーセットは身体を蝙蝠に変えることで回避した。
何にでも変身できる柔軟な能力。
シンプルに杭を生み出すだけの能力とは、元々相性が悪い。
「思い出すぜ。お前に初めて会った時のことを…」
新たに生み出した杭槍を杖のように刺しながらモールは呟く。
「あの時は最高だった。俺っちに死を感じさせる吸血鬼………『俺っちを殺してくれる』と思っていた」
モールの闘争本能は、自殺願望に近い。
勝利することを求めている訳でもなく、ただ戦いのみを求める渇望。
その乾いた心の行きつく先は、確実な死だろう。
「運命を変える存在。これでも、期待していたんだぜ? ルーセット」
「………」
「だが、お前は失敗した。あの時、あの戦場で、俺っちを殺せなかった。ルーガルーは復活した。全て運命の通りに」
まるで、ルーセットを責めるような口調だった。
自分が引き起こしたことながら、それを望んでいなかったような口調だった。
「もう終わりだ。ルーガルーに喰われ、吸血鬼の歴史は終わる!」
モールは杭槍を握り締め、地面を駆ける。
ルーガルーは復活した。
ルーセットと戦う理由は既に失われた。
それでも戦うのは、全てを終わらせる為。
モールと言う憐れな人間の人生に決着をつける為。
「俺のせいみたいに言うんじゃない」
目の前に突き出された杭槍を半身になって躱しながらルーセットは呟く。
「その運命ってやつが変えたいなら、自分で変えれば良かっただろうが」
懐から銀のナイフを取り出し、ルーセットは素早くそれを投擲する。
眼を狙って放たれたナイフをモールは僅かに首を動かして躱した。
「…お前は分かっていないルーセット。運命ってのは、簡単には変えられない! 俺っちは前にそれを思い知らされた!」
血を吐くように叫びながらモールは地面に杭槍を突き刺す。
ルーセットの足下にあったモールの影が隆起する。
それを見て、ルーセットは翼を生やして空を飛んだ。
「能力を見慣れているのは、こちらも同じだぞルーセットォ!」
逃げたルーセットを追うようにモールの足下から柱のような杭が突き出る。
それを足場にすることで、モールは跳躍する。
空を飛ぶルーセットへ目掛け、砲弾のようにモール自身が放たれた。
右腕に握った杭槍を前に構える。
狙うは、ルーセットの心臓。
「くっ……隠し偽れ『シメール』」
杭槍がルーセットに触れる直前、その輪郭が崩れる。
影に包まれたルーセットの身体は無数の蝙蝠に変身し、杭槍を躱した。
「そう来ると思ったぜ。串刺せ『インペイルメント』」
瞬間、モールの身体から無数の杭が飛び出した。
影ではなく、モール自身の身体を軸にして全方位に細長い杭が放たれる。
それは蝙蝠の群れを全て貫き、地上へ叩き落した。
「こんな物か、ルーセット」
地面に着地したモールは失望したような声を出す。
その声を聞きながらルーセットは静かに自分の身体を元に戻していた。
元の姿に戻ったルーセットに外傷はないが、再生させたことで魔力は消耗している。
「吸血鬼なら…お前なら、運命を超えられると思っていたんだけどなァ」
「…勝手なことを言うなと言っただろう」
呼吸を荒げながらルーセットはモールの眼を見た。
自分で戦うことを諦め、運命の犬に成り下がった男を睨む。
「俺は運命を超えたぞ、モール」
「…………………………何?」
聞き違えか、とモールは訝し気な顔をした。
しかし、ルーセットは強い意志を持った目でモールを見ている。
「人間とか吸血鬼とか関係ない。何度だって俺は死にかけた。死ぬ機会はあった。それでも俺は今、こうして生きている」
まだ人間だった時、不治の病に侵された。
ソルシエールに襲い掛からなければ、吸血鬼になることさえ出来ずに死んだ。
吸血鬼になった後もそうだ。
ティミッドの時も、ルヴナンの時も、モールの時も。
いつだって運命はルーセットを殺そうとした。
それでもルーセットが生き残ったのは、ルーセット自身が生を諦めなかったから。
モールのように運命だと受け入れなかったから。
「運命は何度だって変えられる。生きたいと望むなら。お前はそれを捨てたから、運命に屈服したんだ」
「――――――――ッ!」
モールの身体がぐらり、と揺れる。
ただ運命と受け入れ、諦めていた男の心にルーセットの言葉が突き刺さる。
「来いよ、自殺志願者。俺はお前を殺してでも、生き続けるぞ」
「…くっ………はっ……」
声にならない声を漏らしながらモールは顔を抑える。
本当は運命など、信じていなかった。
ただ全て運命のせいにしたくて。
エトワルの命を奪った罪から逃れたくて、モールはそれを受け入れていた。
運命など、変えられる。
死の運命など、この世に存在しない。
「…くはっ…ははははははは! あははははは!」
その事実にようやく気付き、モールは笑った。
いつものような狂った笑い声ではない。
まるで、ソレイユにいた頃に戻った様な笑い声だった。
「そう、そうだ! 運命ってのは、覆す為にあるんだ! は、はははは! 俺っちの人生はこれから始まる!」
もう、ルーガルーなど関係ない。
誰かの為ではない。
ただ自分の為に、生き続ける。
「インペイルメントォ!」
モールの背後に幾つもの杭が出現する。
横に並んだ柱のような杭は、杭の壁。
白木で出来た大きな壁だった。
その壁を這うように、モールの影が伸びる。
「続けて放てェ!」
壁に映った影から砲門のように杭が飛び出す。
地面ではなく、前方から放たれる杭。
横一列に並んだ杭は、逃げ場なくルーセットを狙う。
「一か所だけ、空いているぞ!」
ルーセットはそれを狙って、走り出す。
その場所は、モールの前方。
モールの背後から放たれると言う性質上、必ず出来る隙。
攻撃を放つモール自身を盾にして、ルーセットは接近する。
「それも狙い通りだァ。インペイルメント!」
モールは笑いながら叫ぶ。
敢えて作った隙間にルーセットが来ることを読んでいた。
一直線にモールの下へ走るルーセットを狙い、地面から新たな杭が放たれる。
「チッ! 隠し偽れ『シメール』」
杭が触れる寸前にルーセットは再び蝙蝠へ姿を変える。
「ハッ、またそれか! 同じことばかりで飽き飽きしているぜ!」
迫る蝙蝠の群れを前に、モールは杭槍を構える。
このまま接近するなら、先程と同じように全て撃ち落とすまで。
「月を隠す影よ。隠し偽れ」
蝙蝠となったルーセットの口から詠唱が紡がれる。
それに合わせるように、周囲に飛び散ったルーセットの血が蝙蝠となっていく。
数えることすら馬鹿らしい程の蝙蝠の群れが縦横無尽に羽搏いている。
「数を増やして攪乱する気か? いいぜ、俺っちの槍とお前の蝙蝠、どちらが多いか………」
「『シメール』」
その瞬間、モールの視界が闇に包まれた。
月の光が消えた。
何も見えず、ただ蝙蝠の羽搏く音だけが響く。
「ッ! 月を隠したのか! 蝙蝠を使って!」
ルーセットの狙いを理解し、モールは叫ぶ。
蝙蝠の帳はモールから月の光を奪った。
ここにあるのは、月明かりすらない真の暗闇。
人間であるモールの眼には、何も見えない。
「最後の最後で、それが仇となったな」
暗闇の中、銀のナイフが走る。
吸血鬼であるルーセットの眼には、モールの姿がはっきりと見えていた。
放たれたナイフはモールの胸を正確に貫き、その血で濡れた。
蝙蝠の帳が崩れ、月明かりがルーセットを照らす。
「やっぱり、俺っちの運命を、終わらせる、のは、お前だった、みたいだな…」
冷徹にモールを見下ろす目。
運命に翻弄されたモールを同情などしていないのだろう。
それでいい。
今更、温かい言葉など要らない。
ただ覚えていて欲しい。
ここでモールと言う馬鹿な男の人生を終わらせたことを。
「くはっ………じゃあな、ルーセット」
そう言い残しモールの身体は崩れ落ちた。




