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モンストル  作者: 髪槍夜昼
混沌と野望の人狼
92/136

第九十二夜


十二年前。


暇を持て余した吸血鬼に滅ぼされた故郷。


生き残ったのは無力な子供だったモールだけ。


プラニスフェル。


名前も知らない骨董商が持っていた品。


吸血鬼に人々が虐殺される中、モールがそれを手に入れたのは偶然だった。


「お前の命を助けよう。少年」


殺された人々の血に塗れて輝くプラニスフェルはモールへ告げた。


プラニスフェルの赤い光を浴びてモールの影が変化していく。


影より突き出た杭は油断していた吸血鬼を殺傷し、モールの命を救った。


その夜、モールの人生は運命に支配された。








「ぎゃあああああああ! な、何故、人間であるお前が、その力を…!」


「十字架構えて祈るだけがヴァンパイアハンターの仕事じゃねえんだよ。残念だったなァ、吸血鬼」


瀕死の吸血鬼に杭を刺し、モールは無表情で告げる。


イクリプスを得ることで命を拾ったモールだったが、異能を得た人間に平穏はなかった。


様々な街を転々とした後、最後に辿り着いたのは『ソレイユ』と言う胡散臭い集団だった。


吸血鬼の存在を知り、その撲滅のみを望む狂信者達。


『太陽神』の名の下に戦う正義の集団を自称しているが、所詮は人間の集まり。


モールのように居場所を失った者を利用して、ただ自己満足したいだけの偽善者だ。


「こ、の、化物が…」


「…化物はお前達だろうが」


窓から差し込む光が吸血鬼の身体を灰に変えていく。


身体を杭で貫かれた吸血鬼は憎悪の表情でモールに吐き捨て、消滅した。


モールは眩しい日光に目を閉じる。


吸血鬼と同じ力を持ちながらも灰にならず、人間のフリを続ける存在。


化物に化物と呼ばれる自分は、一体何者だろうか。


『人間の中にお前の居場所はない。以前から言っているだろう』


「…うるさいぞ。ルーガルー」


『いずれお前にも分かる。運命には逆らえないと』


それだけ言うと、影から聞こえる声は消えた。


プラニスフェル。


あの夜に拾った天球が輝いていた。








ソレイユに道具として使われる生活がしばらく続いた後、モールは一人の女に呼び出された。


「…聖女様が俺に何の用だよ」


モールは自分を呼び出した者に対し、不機嫌そうに呟く。


聖女。


このソレイユで最も高い地位にある存在。


太陽神の言葉を人々に伝えると言われ、今までに多くの吸血鬼の棺を暴いてきた。


千里眼、未来予知、そのような言葉で称される能力を持つとされる。


モールと同じ『異能』の持ち主。


そこに少しだけ興味を持ち、モールは聖女の部屋を訪れた。


「来たわね。モール」


それは、モールが予想していたよりもずっと若い少女だった。


十四歳のモールよりも二つ、三つ年上に見える少女。


彫刻のように整った容姿を持つ修道服を纏った少女。


しかし、その顔に浮かんでいる表情は彫刻のように冷たい笑みだった。


「君、異能を持っているらしいわね?」


「ああ…」


「あら、今のは質問じゃなくて確認よ。と言うか、君のことは全部調べ上げてあるから。今更、異能のことで君に聞くことは何もないわ」


「…じゃあ、何で呼んだんだよ」


「そんなの、調べても分からない君自身のことを聞く為に決まっているじゃない」


やや偉そうな態度に腹を立てることもなく、モールは首を傾げる。


モールの持つ異能に興味を持つなら分かるが、モール自身に興味を持つなど不可解だ。


「聖女様。言っている意味が分からないんだが」


「その聖女様って言うの、何か嫌。私のことは『エトワル』と名前で呼びなさい」


「あー…エトワル」


「いいから早く私に教えなさい。君自身のことを」


強引な少女だった。


己の持つ権力を理解し、それを振るうことに躊躇しない人間だった。








「モール。また話を聞かせて」


「昨日は何をしていたのかしら?」


「君の見ている世界が知りたいの」


その後、毎日のようにモールはエトワルに呼び出されていた。


会話の内容は大したことではない。


どんな任務をこなしたか、何が好きで何が嫌いか。


いつものように質問攻めにされ、モールは素直にそれに答えていた。


「毎日毎日、俺の話なんて聞いて…暇な奴だな」


『と言うより、病的ではないか? 毎日のストーカー行為など常軌を逸している』


「そうか? 別に俺はあんまり気にしないが」


『…お前、凄いな。ルーガルーは少し感心したぞ』








「私の神託が、囁いたからよ」


ある日、自分に拘る理由を尋ねたモールにエトワルは答えた。


「こう、ビビッと来たのよ。この人は私の運命の人だと」


「…運命と来たか」


「あら、私の神託は当たるのよ。吸血鬼の居場所を間違えたことなんて一度もないし」


得意げに笑いながらエトワルは言う。


その表情は年相応の物であり、ソレイユと言う組織の中心人物には見えない。


「恋に落ちる、って言うじゃない? 恋とはそう、転落なのよ。一度落ちれば、深まっていく恋」


熱に浮かされたように告げるエトワルにモールは冷めた顔を向けた。


「…きっと勘違いだと思うぞ」


「何で? この私が愛すると決めた相手なのよ?」


「人に愛される価値なんて、俺にはないね」


罪を告白するようにモールは吐き捨てた。


「吸血鬼と同じ能力を持ちながら、吸血鬼を狩り続ける裏切り者。人間の味方をすることで人間のフリをする化物…それが俺だ」


人間も吸血鬼も同じだった。


誰もがモールを恐れ、忌み嫌った。


人間にも吸血鬼にも成れない半端者。


誰からも愛されない成り損ない。


それが、モールだった。


「…私はね。こんなでも聖女だから、人間を愛しているわ」


モールの告白を聞き、世俗に塗れた聖女は言う。


「太陽の温かさも、その下で生きる人々の平穏も愛しているわ。吸血鬼達はそれを破棄した者達。だからこそ私は、彼らが人間を脅かすことを赦さない」


「………」


沈黙するモールの眼を聖女は覗き込む。


「君は人間よ。太陽の下で生きられることこそ人間である証」


ふわりと聖女は笑った。


それは太陽のように眩しい笑みだった。


エトワルは楽しそうに笑いながらモールの手を握った。


「恐れないで。君の身体には熱い血が通っている。君はこうして今、人として生きているのよ」


その言葉は、陽光のようにモールの凍った心を溶かした。








「インペイルメント! 串刺しになれ、吸血鬼共が!」


エトワルと出会ったことで、モールの迷いは消えた。


吸血鬼と人間の狭間で揺れ動いていたモールは、自分を人間と認めてくれるエトワルに救われた。


人間の為に、エトワルの為に、吸血鬼と戦い続けた。


『ご機嫌だな。あの小娘がそんなに大切なのか?』


「ああ、愛しているね。今なら分かる。俺の運命はエトワルと共にある!」


『…それは、随分と都合の良い運命だな』


影より聞こえる陰気な声は失笑する。


『だが、眼を逸らした所で運命は変わらん。いずれお前は吸血鬼界へ。ルーガルーの下へ行くことになる』


「ハッ、残念だったな。俺はもう自分の居場所を見つけた。それを奪う力がお前にあるのか?」


挑発するようにモールは言う。


最早、モールは影を恐れなくなっていた。


ただ声を発することしかできない無力な存在と見下していた。


『ルーガルーが奪うのではない。お前が自ら壊すのだ』


影は不吉な言葉を発したが、モールは気にも留めなかった。


意気揚々とソレイユへ、エトワルの下へ戻る。


そんな平穏に亀裂が走ったのは、その数日後のことだった。








最初に気付いたのは、エトワルの異変だった。


日に日に弱っていくエトワル。


軽い体調不良の時もあれば、唐突に意識を失う時もあった。


「原因は神託だ」


ソレイユの老人は言った。


「神託は魂を消耗する。それは人間には耐え切れない」


どうすればエトワルを救える、とモールは尋ねた。


「エトワルの持つ能力をもっと知る必要がある」


エトワルの能力は、モールと同じ吸血鬼の魔力に似た物だ。


故にそれを研究するには、似た能力を持った吸血鬼が必要だと老人は言った。


生け捕りにした吸血鬼を解析することでエトワルの負担を軽減する方法を探すと。


モールは喜んでそれに協力した。


吸血鬼を数人捕えることなど、簡単だと答えた。


『…ククク』








モールが指定された吸血鬼を捕え、ソレイユに引き渡してから十日が経った。


窓一つない隔離施設のような重苦しい部屋の前にモールは立っていた。


そこは、絶対安静と言われたエトワルの部屋だった。


『ここだな。気配を感じる』


「本当に入っていいのか?」


『今更何を迷う………居場所を教えろと言ったのはお前だぞ』


ルーガルーの言葉に頷き、モールは立ち入り禁止の表記を無視して扉を開ける。


部屋に入ると、モールは奇妙な感覚に陥った。


風のない空気の動きが止まった密閉空間。


息が詰まりそうな重苦しい空気の中、異臭を感じた。


異臭と言っても、モールにとっては慣れ親しんだ物。


血の臭い。


「ッ! エトワル!」


ハッとなりモールはベッドに眠るエトワルへ駆け寄る。


エトワルはこの部屋に唯一用意してあるベッドに横になり、静かに眠っていた。


その身体に外傷はなく、モールは安堵の息を吐く。


「…良かった。寝ているだけか」


顔色が少し悪いように見えるが、特に苦しんでいる様子もない。


エトワルの身体の具合は、良い方向に向かっているようだ。


『身体の具合が? 良い方向に向かっている?』


影の中から嘲笑が聞こえた。


幻聴だ、とモールは無視する。


『そいつが、その身体が、生きているように見えるのか?』


「なっ!」


ルーガルーの言葉に、モールの顔が青ざめる。


慌ててエトワルの手を握り締めた。


触れられたことに気付いたのか、エトワルが僅かに身じろぎした。


生きている。


「…生きてるじゃねえか! 脅かすんじゃねえよ!」


『………そう思うか?』


「何…」


そこでモールは気付いた。


自分の触れているエトワルの違和感に。


モールは確かにエトワルの手を握っている。


エトワルは生きている。


にも拘わらず、コレは何だ?


どうしてこんなにも、エトワルの身体は冷たいんだ?


「…脈が、ない」


呆然とモールは呟いた。


心の中で警鐘が鳴り響く。


気付くな。認めるな。と自分に訴える。


『エトワルは死んだ』


影は言った。


『人として死んで、吸血鬼となったのだ』


「嘘だ…」


あんなにも人を愛した聖女を神が見放す筈がない。


あんなにも平和を愛した聖女が太陽に背く筈がない。


『ソレイユの狙いはコレだったようだな。人間のままではいずれ寿命で尽きてしまう聖女を、永遠の存在に仕立て上げること』


太陽の下で生きられることこそ人間である証、と言った彼女はもう夜にしか生きられない。


彼女を照らしていた太陽は、既に彼女の敵となった。


「嘘だ。嘘だ………嘘だ!」


『現実を受け止めろ。そんなに騒ぐと、小娘が目を覚ましてしまうぞ』


愉悦を滲ませた声で影は言った。


エトワルが吸血鬼となった事実に、一番苦しむのは本人だろう。


目が覚め、自分の身体が呪われたと知った瞬間、心が壊れてしまうかもしれない。


『ならばせめて、気付く前に介錯してやるのが、友情と言う物ではないか?』


「……ッ!」


モールの手にはいつの間にか杭槍が握られていた。


ふらふらとモールの身体が動く。


杭を握った腕がゆっくりと持ち上がる。


『………殺せ』


「ああ……ああああああああああああああァァ!」


その夜、モールの心は崩壊した。


『お前のせいではない。運命だったのだ。元々魔力を帯びた化物が、人間のフリをしていたこと自体が間違いだった』


『何も考えるな。運命に抗うな。お前はただ、このルーガルーを復活させると言う使命に従っていれば良いのだ』


『お前の人生の価値は、ただそれだけなのだから』








「行くぜ、ルーセットォ!」


そして、現在。


モールは杭を従えて叫ぶ。


ルーガルーに使われるだけの自分の運命に絶望し、全てを諦めながらも戦い続ける。


人生に意味なんてない。


命に価値なんてない。


勝利も敗北も等しく無意味。


ただ戦い、刹那的な高揚感を満たすことのみがモールの望み。


心が壊れた狂戦士が、ルーセットへ襲い掛かる。

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