第九十夜
「こ、これは…」
転移でファミーユの本拠地を訪れたヴェガは言葉を失う。
共に転移したコカドリーユやルーセットも同じだった。
かつて確かに存在した中世風の屋敷が消えている。
そこにあるのは、黒く焦げた木片と燃え尽きた灰のみ。
未だ燃え盛る地面が戦いの激しさを物語っている。
「…血の臭いがしない。まさか、本当に皆殺しか?」
地面に広がる灰の山を見て、コカドリーユは呟く。
この灰は、屋敷が燃えて出来た物だけではない。
コレは遺灰だ。
リコルヌの下に集ったファミーユの成れの果て。
百を超える吸血鬼達の亡骸だ。
「ヴィエルジの仕業か…?」
ルーセットは顔を顰めながら言う。
ヴィエルジ、ヌーヴェル=リュンヌ。
予想していたよりもずっと行動が早い。
まさか、プレーヌ=リュンヌの一角をこうも容易く破壊するなど。
「いや、違う。このやり方は…」
何かを思い返すようにコカドリーユが呟いた時、灰の山が動いた。
突然の事態に身構える三人の前に転がり出たのは一人の青年。
灰の山が崩れ落ち、青年の身体に降りかかった。
「アンスタン! ボア!………皆…ッ!」
青年は顔を憤怒に歪め、叫ぶ。
身体に塗れた灰が彼の心を抉り、涙が零れた。
怒りと悲しみに耐えるように地面を何度も殴りつける。
「り、リコルヌ…」
ルーセットは変わり果てたその姿に驚く。
家族の遺灰に塗れた青年は、リコルヌだった。
普段は穏やかな顔を苦し気に歪め、血を吐くように家族の名を呼んでいる。
それに応える者は誰もいない。
誰一人、生きていない。
「一体、何があったんだ…?」
「…あの男。突然現れたあの化物のような男に、皆が殺された!」
「男?」
「アンスタンの炎もアイツには効かなかった! だから、アンスタンは僕を庇って…!」
震えながらリコルヌは叫ぶ。
リコルヌの姿を隠していた灰の山は、アンスタンの遺灰だったのだ。
その力が及ばない程の怪物を前に、リコルヌだけを助けようと捨て身となった結果だった。
「イクリプスが、効かない?」
コカドリーユは独り言のように呟いた。
赤い空。
化物染みた強さ。
イクリプスを無効化する能力。
その全てに、覚えがあった。
「…アイツは、アイツは一体何なんだ! 同じ吸血鬼を喰らった! ルヴナンも殺したと言っていた! あんな化物を誰が止められるんだ!」
「ルヴナンを…!」
リコルヌの言葉にルーセットは言葉を失う。
今までに何度もルーセットの命を狙い、苦しめてきた吸血鬼。
純血の中でも特に高い実力を持つ吸血鬼。
そのルヴナンを下した。
正体不明の怪物の存在に、ルーセットは戦慄する。
「…………それは、本当か?」
コカドリーユはいつもより暗く低い声で尋ねた。
ルヴナンに並び立つ実力を持つ吸血鬼であり、誰よりもその実力を知っているコカドリーユ。
思想や目的は認めていない。
だが、長年戦い続けてきた間柄。
その実力は誰よりも認めている。
「…余の獲物を、奪った奴がいるのか」
様々な感情が込められた声で、コカドリーユは言う。
自分が下す筈だった獲物を奪われた怒りにも、ルヴナンと言う存在を失った悲しみにも聞こえる声だった。
「いい度胸だ。ならば、そいつを殺せば結果的に余が奴より優れていた証明になるな」
その言葉は誰でもなく、自分に言い聞かせているようだった。
もう二度と果たすことが出来なくなったルヴナンとの決着。
その恨みを晴らすべく、コカドリーユは敵の見据える。
「コカドリーユ…」
「悪いな、ルーセット。余には成すべきことが出来た………先に行くぞ」
瞬間、コカドリーユの身体は大きく跳躍した。
遥か上空に飛び上がったコカドリーユは月光を背に受けながら地上を見下ろす。
吸血鬼を喰らう吸血鬼。
その男を、コカドリーユは知っている。
百年経とうと忘れることの出来ない強烈な存在感。
それが生きていると言うのなら、すぐに魔力を探って見つけて見せる。
「必ずこの手で殺してやるぞ、ルーガルー!」




