第八十九夜
コカドリーユ派のアジト地下室にて、ルーセットは難しい顔で考え込んでいた。
「ヴィエルジ、ヌーヴェル=リュンヌ、ルーガルー、か」
コカドリーユを交えた情報交換の後、ルーセットは呟く。
ヴェガがクリュエルから聞いたと言う戦争時代の経緯も聞き、ルーガルーのことも詳しく知った。
純血達に比べて不足していた情報を得て、ルーセットは考える。
「…ヌーヴェル=リュンヌの目的は明白だ。ヴィエルジは余達に敵意を抱いている。かつての戦争の報復こそが奴らの目的だろうよ」
ルーセットの呟きに、壊れた椅子に座ったコカドリーユが答えた。
ヴィエルジの能力は灰から死者を復元すること。
死体をヴィエルジの魂と接続し、死者を使役する能力。
恐らく、現在活動しているヌーヴェル=リュンヌの殆どはヴィエルジが作り出した死者だ。
戦争で生き残ったヴィエルジの執念。
それが現在のヌーヴェル=リュンヌ。
「だとすれば、何で『今』なんだ?」
「…そうですね。もう戦争が終わって百年も経っています。どうして、最近まで行動を起こさなかったのでしょうか」
ふわふわと床から少し浮かぶヴェガが同意した。
そう、ヌーヴェル=リュンヌが行動を起こすには遅すぎるのだ。
仮にヴィエルジが戦時中に重傷を負っていたとしても、その療養に百年もかけるのは長すぎる。
今まで行動を起こさなかったことには理由がある。
若しくは…
「…何か行動を起こすきっかけがあった?」
最近になって、ヴィエルジを焚き付ける何かがあった。
かつて敗北したヌーヴェル=リュンヌを復活させ、純血にもう一度戦いを挑む決意をさせる何かが。
「プラニスフェル………ルーガルーの魔力か?」
「…それを目当てにしていた割には、扱いが杜撰だったな」
命知らずなモールに持たせ、挙句の果てに敵に破壊されている。
プラニスフェルを切り札にしていたなら、あまりにも杜撰すぎる。
「何にせよ。盟主がヴィエルジなら、脅威と呼ぶほどではない」
「それは、そうなんだが…」
楽観的なコカドリーユの言葉に心配性なルーセットは口篭もる。
確かに、ヴィエルジだけで純血を相手にすることは出来ないだろう。
ヴィエルジもそれが分かっていたからソルシエールを勧誘したのだ。
「…なあ、ヴィエルジの能力でルーガルーの遺骸を操ることは出来ないのか?」
「ふむ。恐らく可能だろうが、あくまで見せかけだけだな」
壊れた椅子をギシギシと揺らしながらコカドリーユは考え込む。
「能力で復元できるのは肉体までだ。肝心の魂がなければ、イクリプスは使えん。死者はそう簡単には蘇らないのだ」
かつて死者復活に挑戦した者として、コカドリーユは静かに答えた。
プーペが復活したのは、魂が地上に残っていたからだ。
魂のない肉体を復元した所で、それは人形と変わらない。
「…魂が残っていたら?」
「それは有り得ん。ルーガルーの魂は百年前にルヴナンに壊された。残っている筈がない」
「………」
険しい顔でルーセットは無言になる。
ヴェガとコカドリーユも考え込むように沈黙した。
重苦しい空気が地下室に漂う。
「ねえ。色々考える前に、まずヌーヴェル=リュンヌを見つけ出すのが先じゃない?」
その空気に耐え切れなくなったのか、フェーが恐る恐る口を開いた。
目を閉じていたルーセットはチラッとフェーを一瞥する。
「…いたのか、フェー」
「最初からいたわよ!?」
あんまりな物言いにフェーは激怒した。
その様子をルーセットはへらへらと笑いながら見つめている。
確実にわざとだろう。
一度死にかけても、ルーセットの捻じれた性格は直らないようだ。
「まあ、確かに考え過ぎるのは良くないですね。ヴィエルジを捕えれば、分かることもあるでしょうし」
フェーに同意するようにヴェガは言った。
不安要素ばかり数えても始めらない。
仮にも純血が二人も揃っているのだ。
必要以上に敵を恐れる必要はない。
「む?」
その時、黙って話を聞いていたコカドリーユが呟いた。
『通信』が入ったのだ。
プーペとコカドリーユを結ぶ魂の絆を伝って、プーペから声が送られてきた。
コカドリーユはルーセット達を一瞥した後、片手を耳に当てる。
「何だ、プーペ」
『コカドリーユ、大変だ…!』
温厚なプーペには珍しく、その声は急ぐように早口だった。
ただならぬ空気を察し、コカドリーユは訝し気な顔を浮かべる。
「…何があった?」
『突然、空が赤く染まったから見に行ったんだ! そうしたら…』
「空が、赤く…?」
首を傾げるコカドリーユの脳裏に過ぎるのは百年前の光景。
血を塗りつけたかのような、真っ赤な染まった空。
『ファミーユだ! ファミーユが、壊滅している! 皆殺しだ…』
「なっ…」
コカドリーユの脳裏に刻まれた光景がより鮮明になる。
赤に染まる空、降り注ぐ血の雨。
そして、
地上を駆ける黒い狼。
「全く、吸血鬼も楽じゃないですわ…」
ボコボコと空いたクレーターの中心でヴィエルジはブツブツと文句を言っていた。
上等な白い手袋を付けた手に小さなシャベルを握り、地面を掘っている。
この場所は、最初にヴィエルジとコカドリーユが戦った場所だった。
大地にはその痕跡であるクレーターが幾つも刻まれており、地中に倒された部下の遺灰が埋まっている。
ヴィエルジはそれをシャベルで掘り起こしては、小瓶に詰めていた。
「ふう、肉体労働はあまり得意ではないのです。貴方も手伝ってくれませんか?」
息を吐きながらヴィエルジはふと後ろへ視線を向ける。
「………」
そこには、無表情のクリュエルが佇んでいた。
何を話す訳でもなく、無感動な眼でヴィエルジの作業を眺めている。
「ああ、ちなみに私は『ヴィエルジ』です。ヌーヴェル=リュンヌの『ヴィエルジ』です。まあ、前に会話したこともある貴方なら当然、覚えているでしょうが…」
何度も名前を強調してヴィエルジは言う。
何か、相当気にしていることがあるようだ。
「…何度も言わなくても覚えている」
「そうですか! い、いえ、覚えていて当然なのですからね!」
「…お前、何かキャラ違うぞ」
気分が沈んでいるクリュエルに指摘されるほど、ヴィエルジは分かり易く喜んでいた。
コホン、と気を落ち着けるように咳をする。
大人の体裁を整えて、威厳を出すようにクリュエルを見る。
「それで、我々に協力すると言うことは、我々の理想にも賛同したと考えて良いのですよね?」
「…ああ」
「つまり、純血を滅ぼすことに」
ベールの下でヴィエルジは笑みを浮かべた。
その言葉に、クリュエルは黙って頷いただけだった。




