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モンストル  作者: 髪槍夜昼
混沌と野望の人狼
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第八十八夜


「やっと見覚えのある所まで戻ってこれたな」


遠くに見える窓のない建物を見てルーセットは呟いた。


アレはコカドリーユのアジト。


周囲から漂う血の臭いが懐かしい。


吸血鬼界へ帰ってきたのだ。


「ぜえ…ぜえ…」


その傍らでヴェガは荒い息を吐いていた。


途中、休憩を挟んだとはいえ二人をここまで転移させるのは消耗が激しかった。


苦しそうに近くの石に座り込むヴェガを見かねて、ルーセットは右腕をヴェガへ向ける。


「…?……何ですか?」


「いや、血が足りないかと思って」


「…だから?」


訝し気な顔をするヴェガの顔の前にルーセットの腕が突き出される。


「だから、血を吸わないかなって」


「吸うって…あなたの血をですか!?」


何故か顔を赤らめてヴェガは一歩後退った。


それを見て、ルーセットはニヤリと笑う。


「遠慮することはない。ソルシエールのお陰で血は余っているんだ」


「け、けど…」


「共食いになるって? 君は俺の眷属なんだし、眷属に血を与えるのは問題ないでしょ」


ぐいっとルーセットは腕を押し付ける。


顔の前に出された腕に、ヴェガは眩暈を感じた。


確かに、それなら問題ないのだろうか。


まだ血が不足している訳ではないが、ここで補給していた方が後々…


「あああああああー!?」


「きゃあ!」


突然聞こえた声に、ヴェガは驚いて飛び上がった。


ザザザ、とルーセットから距離を取って大きな石の影に隠れる。


無傷の腕を見つめ、ルーセットは少し残念そうに息を吐く。


「たまには女の子に噛まれるのも悪くないって思ったのに…」


「あなたと言う男は、本当に変態ですね!?」


「ああ、この罵倒も懐かしい………って、それよりさっきの声は」


ルーセットは何気ない様子でヴェガから視線を外す。


そこには、先程大声を出した人物が立っていた。


花の冠を被り、緑のワンピースを纏った姿。


メルヘンチックな印象を受ける妖精のような女性。


「…フェー?」


「やっと帰ってきたのね! フロドゥール!」


感極まったようにフェーは叫ぶ。


背中に薄っすらと出現した羽根が、落ち着きなく羽搏いている。


キラキラと涙を光らせて見つめる視線に、ルーセットは一つ頷いた。


「おう、久しぶり」


「感動が軽い!? あなたの帰りを健気に待っていた私に何か言うことは…」


「久しぶりだな、ルーセット」


喚くフェーを押し退けて言ったのは、コカドリーユだった。


ルーセットが生きていた事実に驚いている様子はない。


全て、監視を任せていたプーペから聞いていたからだ。


楽し気に歪むコカドリーユの眼が、ルーセットへ向けられる。


「それじゃ、情報交換と行こうじゃないか」








「アンスタン、前々から思っていたことなんだけど…」


同じ頃、ファミーユの屋敷ではリコルヌは部屋でお茶会を開いていた。


その紅茶のカップを傾ける姿は、落ち着いた容姿も相俟って絵画のように洗練されている。


「何だ?」


対照的にバリバリとクッキーを齧る半裸のアンスタンは致命的に雰囲気を壊していた。


眷属に甘いリコルヌはアンスタンの礼儀知らずを咎めることはなかったが、その服装…と言うより水着を不思議そうに見つめる。


「たまにはまともな服も着たらどう? 容姿も格好良いから、きっとモテるのよ」


「うげっ、勘弁してくれよ。リコルヌ。窮屈だし、暑いんだよ」


「暑い?」


紅茶に一つ角砂糖を落としながらリコルヌは首を傾げる。


「俺の炎で俺自身が火傷することはないんだが、熱だけはどうしようもなくてな。本気を出すと暑くてたまらないんだ」


「ああ、一応理由があったの。その格好」


納得したように頷き、リコルヌは紅茶を飲む。


その反応に今度はアンスタンが首を傾げた。


「どう言う意味だ?」


「いや、自分の肉体を見せびらかせたいのかと」


「んな訳ねえだろ! リコルヌは俺がそんな変態だと思ってたのか!」


それでも、常に水着だけで歩くのはどうかと思う。


そうは思ったが、リコルヌは口に出さなかった。


豪快に見えて案外繊細な所があるアンスタンは、きっと傷ついてしまうから。


「お二人とも、紅茶のお代わりはいかがですかな?」


使用人のように傍に控えていたボアは二人に言う。


執事と言うには太り過ぎな老人だが、紅茶の淹れ方は慣れているようだった。


「おい、爺さん。クッキーのお代わりはないのか?」


「ふぅ…少しは自慢の紅茶を楽しんで貰いたい物ですね」


残念そうに息を吐きながらボアは新しいクッキーを皿に入れた。


特に味わいもせず手をつけるアンスタンに、もう一度ため息をつく。


気を取り直すように、空いていたリコルヌのカップに紅茶を注いだ。


「ありがとう、ボア。君の紅茶はいつも美味しいね」


「いえいえ、何なら美味しいお酒も用意しますよ?」


「それは遠慮しておく。僕、悪酔いするのよ」


そう言って、リコルヌはカップに触れる。


その時、ピシッと軽い音を立ててカップに罅が入った。


「………?」


白いカップに刻まれた亀裂にリコルヌは首を傾げる。


それほど古いカップでもなかった筈だが、大きく罅割れてしまっている。


何処となく不吉を感じる。


「り、リコルヌ!」


突然、弾かれたようにアンスタンが立ち上がった。


いつの間にか、ボアも真剣な表情をしている。


異変に気付いていないのは、リコルヌだけのようだ。


「何だ、この感覚は……魔力、なのか…?」


「外を見て下さい!」


ボアに言われてリコルヌは窓から外を見上げる。


月夜の空に刻まれた赤い星座。


星々を穢すような真っ赤な狼座。


リコルヌはそれに見覚えがあった。


「プラニスフェル…! 一体、どうして……!」


「分からねえが、何か近づいてきやがる」


アンスタンは身を震わせながら窓の外を睨む。


赤に染められた空の下。


地上を狼のように駆ける黒い影を。








「始めよう、吸血鬼達よ。原初の生存闘争と言うやつを!」

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