表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンストル  作者: 髪槍夜昼
快楽と狡猾の魔女
85/136

第八十五夜


「ちょっとちょっと、ルーセット。この子は誰よ?」


「俺の眷属。名前はヴェガだ」


「ルーセット。こちらの方は?」


「俺を吸血鬼に変えたソルシエール。君の親の親だから、簡単に言えば婆ちゃんだ」


「ちょっと!」


その説明にソルシエールは異議を唱える。


それに気づきながらもルーセットは無視してヴェガの方を向く。


ヴェガはその名前に首を傾げる。


「ソルシエールって、確か…」


「純血だな。二百年くらい生きている吸血鬼」


「百八十八! まだ百八十八歳だから!」


視線すら向けないルーセットの背中をバシバシと叩きながらソルシエールは言う。


些細な違いだが、彼女にも譲れない物があるのだろう。


「ルーセットって、純血の眷属だったんですか?」


「元、な。十年前に身体をちょいと弄って、眷属の縛りは解いている」


ルーセットは何気ない口調で告げた。


主人を殺すことで眷属が独立することは多いが、主人が生きたまま離反する眷属は珍しい。


その変身能力で体内に宿る血さえも作り替えるルーセットにしか出来ない方法だろう。


「ふん。アレだけ望んだ吸血鬼の血を自分で捨てちゃうんだから勝手よねぇ?」


年齢で弄られた仕返しをするようにソルシエールは呟く。


「元々身体のスペックも低かったし、私の血を抜いた直後は………色々と大変だったんじゃないの?」


ルーセットの眼をソルシエールは楽し気に見つめる。


渋い顔をするルーセットに機嫌を取り戻してきたようだった。


「……………」


ソルシエールから離反した後のルーセットの行動は有名だ。


『蝙蝠』の名を名乗り、多くの派閥に潜り込んだ。


そこで多くの吸血鬼を裏切り、恨みを買いながらも情報を集めた。


「人間ルーセットを吸血鬼に変えた私の血。それを失えば、吸血鬼じゃなくなるのは当然よね?」


ルーセットの脳裏に、かつての自分が過ぎる。


吸血鬼となるには脆弱過ぎた身体。


ソルシエールの支配から逃れたことで肉体は限界を迎え、吸血鬼としての力は次第に失われた。


ルーセットは様々な吸血鬼を観察し、吸血鬼と言う存在を理解しようとした。


何よりも死を恐れるが故に。


「だから、ティミッドを殺したんでしょ? その血を奪う為に」


「…まるで、見ていたようだな」


死体に戻りかけていたルーセットの肉体は、新たな純血を取り込むことで安定した。


不完全な吸血鬼だったルーセットはそこで初めて、吸血鬼となったのだ。


それが『蝙蝠』ルーセットの凶行の真実。


ただただ自分の延命を求めた憐れな吸血鬼の記録だった。


「でも、苦労して吸血鬼になった途端、ルヴナンに殺されかけるんだから報われないわよね?」


「…うるさいぞ。そんな昔のことをベラベラと、どうでもいいだろう」


過去の失敗談を暴かれ、不機嫌そうにルーセットは言った。


対照的にソルシエールは上機嫌になる。


憮然としたルーセットと、複雑そうな表情のヴェガを視界に収め、口を開く。


「どうでも良くないんじゃない? 特にそこのお嬢ちゃんは」


「…ヴェガ?」


「だってその子は………ティミッドの実の娘なのだから」


ルーセットの動きが止まる。


視線だけが動き、ヴェガを見つめる。


かつて自分が騙し討ちして殺した純血の娘。


ヴェガとティミッドの関係を知らないルーセットは、ヴェガがどんな反応をするか予測できない。


自身の命の為ならどんな行動も躊躇しない性格だが、人間のような良心も捨てきれていないルーセットは親の命を奪った事実を重く受け止めていた。


「………ッ!」


僅かに罪悪感さえ浮かべたルーセットの顔にヴェガは…


思い切り『平手打ち』をくらわせた。


バッチーンと小気味いい音が鳴り、ルーセットの身体が倒れる。


「お、親の顔を思い切りぶったね…」


「私の親を殺したのはあなたでしょうが!」


「うぐっ…!」


頬の痛みと罪悪感でルーセットは呻く。


そんな情けない姿のルーセットにため息をつき、ヴェガはソルシエールを見た。


「あんな親……正直、死んで清々しているくらいです」


「へえ。そう言う反応するの?」


「ええ、私が家族だと思っているのはこの人だけなので。今更昔の話をぶり返さないで下さい」


言いながら倒れるルーセットを踏みつけたのは、日頃の仕返しのつもりだろうか。


家族を殺した者と家族を殺された者。


今までの関係に亀裂を入れるソルシエールの言葉だったが、コレは想定外の反応だった。


「ま、知ってたけどね。あなたがティミッドを恨んでいること」


「…あなた、性格悪いですね」


「クスクス…その顔、悪くないわね」


相変わらず楽し気にソルシエールは笑う。


本気で二人を引き離すつもりはなかったのだろう。


コレは単なる嫌がらせ。


ルーセットに思われているヴェガへの小さな嫉妬心。


機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、ソルシエールは歩き出す。


「どこへ行くんだ?」


「さあね。縁があったらまた会いましょう、ルーセット」


バイバーイ、と手を振りながら軽い調子でソルシエールは去っていった。








「どうやら、本当に生きていたみたいだな」


赤い怪鳥に乗ったクリュエルは空中で呟いた。


突然町で起きた異変に駆け付けたクリュエルだったが、辿り着く頃には全て終わっていた。


いたのはゾンビではなく、ルーセット。


様々な騒乱を引き起こす吸血鬼。


「ヴェガのことは殺すなと言われたが、こっちは何も言われていない」


薄く笑みを浮かべたクリュエルは言う。


ルヴナンは純血であるヴェガを殺すことは禁じたが、ルーセットのことは何も言わなかった。


当然だろう、既に死んだと思っていたのだから。


しかし、そのような言い忘れなどクリュエルは考慮しない。


彼の忠誠心は狂気の域に到達している。


ここでルーセットを殺すことが後々引き起こすことなど考慮せず、戦闘態勢に入った。


「あらあら、久しぶりじゃない。クリュエル」


聞こえた声にクリュエルの思考が止まる。


冷たい無表情だった顔に、苦い物が過ぎった。


「ソル、シエール…卿」


「悪いんだけど、私のルーセットをイジメないでくれるかしら?」


いつの間にか、怪鳥の背に乗り込んでいたソルシエールはクリュエルの肩を優しく叩いた。








同時刻、銀の檻。


床も壁も天井も銀で出来た監獄の中にモールは座っていた。


近くに看守の吸血鬼が控えているが、その身体に拘束具はない。


銀を飲まされ、弱った身体では抵抗など出来ないからだ。


「はぁー………遂に、ここまで来ちまったかぁ」


銀の椅子に座りながらモールは独り言をぼやく。


その脳裏には、ここに至るまでの道程が過ぎっていた。


思えば、多くの修羅場を潜り抜けてきたものだ。


その流血に塗れた生涯を表すように、モールの身体は傷だらけだった。


左腕はなく、皮膚は火傷で変色している。


眼も濁った色で、死体と何ら変わらない姿をしている。


吸血鬼と呼ぶよりはゾンビと呼んだ方が相応しい姿に、看守の吸血鬼は寒気がした。


「己の運命を嘆いても無意味だ。お前はこれより永遠に幽閉される」


感じた寒気を払うように毅然とした態度で看守は言った。


元々銀の檻の管轄であるコカドリーユが役目を放棄している為、彼はその代わりに置かれたルヴナン派の吸血鬼だった。


ルヴナン派特有の傲慢さを見せ、罪人であるモールに露骨に見下した目を向けていた。


「運命…運命、か。確かに、運命だったのかもなぁ…俺っちがあの時、アイツを殺して………そして、この場所に辿り着くまでの全てが運命だったのか」


「…?」


どこか悲し気に呟くモールの言葉に看守は首を傾げる。


モールの言葉は奇妙だ。


幽閉される未来を悲観していると言うより、こうなることを予想していた…


いや、望んでいたように聞こえる。


そのことを問い詰めようとした時、看守はもう一つ奇妙な点に気付いた。


それは、モールの身体だった。


片腕を失い、火傷を負った身体。


重傷の跡がはっきりと残る身体。


それは吸血鬼の身体では有り得ない。


どれだけ再生力が低い吸血鬼でも、数日もすれば傷は癒える筈だ。


戦争から数日が経った。


既にその身体に傷は残っていない筈だった。


その身が、『吸血鬼』であるのなら…


「立ち上る影よ、極刑の杭となれ」


椅子に座っていたモールの身体が立ち上がる。


モールの影が不気味に蠢いた。


「『インペイルメント』」


銀の床から、無限の杭が立ち上る。


吸血鬼の天敵である銀の監獄。


その壁を、鉄格子を、全てを杭が突き破っていく。


「馬鹿、な……馬鹿な! どうして、イクリプスが使える!」


看守は狂ったように叫んだ。


銀の檻では、吸血鬼は弱体化する。


魔力を封じられ、イクリプスなど使えなくなる。


銀は吸血鬼の致命的な弱点なのだ。


動揺する看守の身体を一本の杭が貫いた。


「残念。俺っち、実は『人間』なんだよ。今まで嘘ついてゴメンねぇ?」


「そん、な…」


看守は驚愕に目を見開いたまま、絶命した。


杭の先端が灰になることを確認し、モールは薄っすらと笑みを浮かべる。


「さあ、行こうか。クロ」


『………』


ズズズ…とモールの影からクロが姿を現す。


実体化したもう一つのモールの魂。


それを一瞥し、モールは改めて彼の『本当の名前』を呼んだ。


「いや…『ルーガルー』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ