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モンストル  作者: 髪槍夜昼
快楽と狡猾の魔女
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第八十四夜


正気を失った吸血鬼達が人々を無差別に襲う。


魂を失った彼らに理性は存在しない。


器を持たない彼らの腹が血で満たされることもない。


故に彼らはただ無意味に人間を喰らい続ける。


吸血鬼としての尊厳すら失ってゾンビのように…


「さっき平和に暮らすのもいいなって思ったばかりなのに、何でこんなことになってる訳?」


背中から翼を生やしながらルーセットは悪態をつく。


ゾンビから逃れる為、空に上ったことで改めて被害の大きさを知った。


見渡す限り、生きている人間はなく、ただ血を貪るゾンビが蔓延っている。


「そう言う星の下に生まれているからじゃないかしら? それも悪くないじゃない、退屈しなくて」


「アンタって、結構トラブル好きだよな。つーか、それならアイツら片付けてくれよ」


「私、戦うことって苦手なのよね」


隣に浮かぶソルシエールは他人事のように言った。


ルヴナン達と同格の吸血鬼でありながら、ソルシエールは戦うことを嫌っていた。


平和主義、とは少し違う。


むしろ、自分の関わらない所では争い事を好む性質を持っていた。


「…アンタ、百年前の戦争の英雄だろ? 強いんだろ?」


「英雄は二人よ。私はただの軍師…こんなか弱い私が、あの二人と共に戦える訳ないでしょ?」


二人は宙に浮かびながら呑気に会話を続ける。


ふわふわと涼しい顔で浮遊を楽しむソルシエールとは対照的に、ルーセットは汗を流しながら必死に翼を動かしていた。


やがて、飛んでいることに疲れたのか、ルーセットは目に付いたビルの屋上に降り立つ。


「アンタが親だから、俺の能力はこんなに貧弱なのかねぇ」


コンクリートに足をつけ、翼を消しながらルーセットは呟く。


「ちょっと私のせいにしないでよ。イクリプスは魂の形。あなたの能力は、あなただけの物なのだから」


ルーセットの傍に降り立ち、ソルシエールは言葉を続ける。


「他人の能力が自分より強力に見えるかもしれないけど、あなたに一番適した能力はあなたが今手にしている能力だけ」


先達者として若者を導くように、ソルシエールは人差し指を立てた。


吸血鬼のイクリプスに強弱はあっても、優劣はない。


何故なら、どんな吸血鬼も自分が最も使いこなすことが出来る能力を手にしているのだから。


それでも自分の力に不満があるとするならば、それは単に自分の力を全て理解していないだけ。


「教えた筈よ、ルーセット。吸血鬼の成長とは、自身に対する理解だと」


ウィンクをしながらソルシエールはルーセットの額を指で突いた。


クスクス、と浮かぶ妖艶な笑みにルーセットは一歩後退る。


僅かに動揺した心を悟らないように、視線を逸らしてしまう。


「………あの。そろそろ、こちらに気付いてもらってもよろしいでしょうか?」


ビクッとルーセットの身体が跳ねた。


今の今まで二人は気付かなかったが、この屋上には先客がいたのだ。


純白のベールで顔を隠した清楚な雰囲気の女。


身体のラインを強調する絹の服も相俟って、絵画のような完璧な容姿を持つが、その背後には地上で暴れるゾンビを数名従えていた。


只者ではない雰囲気を感じ取り、ルーセットはその相手に目を向ける。


「…誰だ。君は?」


「む…」


その言葉にベールの女は不満そうな声を出した。


首を傾げるルーセットの顔をジロジロと見た後、コホンと一つ咳をする。


「ふう…戦後に生まれた吸血鬼ですか。それでは私を知らないのも無理はありませんね」


まるで自分に言い聞かせるように何度も頷き、ベールの女は改めてルーセットを見る。


「『灰被り』のヴィエルジ。名前くらいは聞いたことがあるのではないですか?」


「………………………………」


自信満々に告げられた名前にルーセットは沈黙した。


その沈黙に、ヴィエルジは嫌な予感を感じる。


つい最近、覚えがあったからだ。


「…悪いけど、聞いたことない」


「……………………」


くらっとヴィエルジの身体が倒れかけ、傍に控えていたゾンビが慌てて受け止める。


明らかに正気を失った顔のゾンビが、慰めるように肩をポンポンと叩いた。


それでようやく気を持ち直し、ヴィエルジは睨むようにルーセットへ視線を向けた。


「…嘆かわしい。時の流れとは残酷な物です。かつてはヌーヴェル=リュンヌの頂点にまで至ったこの私が、こんな…こんな…!」


わなわなと震える姿にルーセットは物理的に距離を取る。


何だか知らないが、結構デリケートな方のようだ。


「コレの名前はヴィエルジ。元ヌーヴェル=リュンヌの盟主よ」


様子を見守っていたソルシエールが困惑するルーセットに説明した。


「盟主ってルーガルーじゃなかったか?」


「その前の盟主よ。要するに権力闘争でルーガルーに負けた女」


「うっ…!」


トラウマを刺激されたヴィエルジが胸を抑えてよろめく。


傍らのゾンビ達はそれをハラハラした様子で眺めていた。


「…まあ、いいです。この際、過去のしがらみは一切忘れるとしましょう」


気を取り直すように、ヴィエルジは屋上から下を見下ろした。


「見ての通り、今のヌーヴェル=リュンヌには力を取り戻しつつあります。しかし、天下を取るにはまだ足りないのです」


ヴィエルジは視線をルーセットからソルシエールに向けた。


「単刀直入に聞きましょう。我々の側につく気はないですか、ソルシエール」


「へえ」


裏切りの勧誘にソルシエールは面白そうな顔を浮かべた。


その表情を好意的に受け取ったのか、ヴィエルジは言葉を続ける。


「我々はルヴナンとコカドリーユを打倒し、新たな秩序を築きます。純血に縛られることのない真に平等な世界を」


「そうねえ。ルーセットはどうしたい?」


チラッとルーセットに視線を向け、ソルシエールは言った。


「ソルシエールの眷属ですか? あなたも人間上がりなら知っているでしょう。ルヴナン、コカドリーユ、ルーガルー………強大な純血に振り回されるのはいつだって人間上がりです」


ルヴナンとコカドリーユのみならず、自分達の盟主であったルーガルーもヴィエルジは否定した。


元々、人間上がりの革命組織であるヌーヴェル=リュンヌが、純血のルーガルーに支配されることに納得していなかったのかもしれない。


純血と純血の戦い。


その過程で犠牲になるのは、多くの人間上がりだ。


それを覆すことこそがヌーヴェル=リュンヌの目的。


ヴィエルジの悲願。


その願いは、ルーセットにとっても悪くない物に思えた。


「少なからず賛同できるが、断る」


「どうして?」


疑問の声を上げたのは、ヴィエルジではなくソルシエールの方だった。


「簡単な話だ。メリットに対し、リスクが大きすぎる。こんな戦力であの化物達の相手が出来ると思っているのか?」


話にならない、と言わんばかりにルーセットは告げた。


その思想や目的に異を唱えるつもりは毛頭ないが、実力が伴っていない。


沈むと分かっている泥船に乗り込むほど、ルーセットは命知らずではないのだ。


「そうね。私も概ねルーセットと同意見だわ。ルーガルーがいるならともかく、あなた一人ではね」


「…ならば、すぐに証明して見せましょう。私の方が、ルーガルーよりも優れていると」


ヴィエルジは勧誘を諦めて、二人に背を向けた。


コカドリーユと違って攻撃を仕掛けなかったのは、まだ勧誘する隙があるからだろう。


「ルヴナン、コカドリーユ。ルーガルーを殺した二人を私が倒した時、全ての吸血鬼は私を本当の王と認めるでしょう」


そう言い残し、ヴィエルジは去っていった。








「ゾンビも一緒に帰ったみたいだな………何だったんだ?」


静かになった夜の町でルーセットは呟く。


「今、暴れているヌーヴェル=リュンヌの統括みたいね。ルヴナンに報告した方がいいかしら?」


「あのジジイに俺が生きていることバレたくないから、するなら俺のいない時にしてくれ」


「それもそうね」


ゾンビは去ったが、町中の人間が殺されたことで活気は戻らないままだ。


町一つ滅ぼす軍団を一人で操る吸血鬼。


方向性は違うが、ヴィエルジもまた純血級の化物に違いない。


「しかし、純血殺しか」


ヴィエルジの掲げる目的を思い出し、ルーセットは不安そうな顔を浮かべる。


ルヴナン、が殺されることは割とどうでもいい。


むしろ、危険がなくなる為に積極的に殺してほしいくらいだ。


コカドリーユとリコルヌ、も特に心配していない。


両者とも殺されても死ななそうだし、自分より強力な実力と仲間を持っている。


問題は、ヴェガ。


新たな純血として有名になりつつあるヴェガが、ヌーヴェル=リュンヌに狙われないとも限らない。


「………一度、戻るか」


血を分けた娘。


互いに協力し合うパートナー。


その相手を思い、ルーセットは一つ決意をした。


「み、み、み、み…」


その時だった。


謎の声と共に、ルーセットの前が光る。


見覚えのある輝きに、ルーセットは目を見開いた。


「見つけました! ああ、見つけましたよ! このエセ紳士!」


聞き覚えのある声、現れた姿に苦笑する。


タイミングが、良すぎると。


「人が心配して! 苦労して! 来てみれば、全然元気そうじゃないですか!」


怒っているような、喜んでいるような複雑な表情で眼には涙を浮かべ、


ヴェガは、ルーセットと再会した。

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