第八十三夜
「どうせ吸血するなら、あの子くらい清純そうな子が良いよね」
ルーセットは夜の町を歩きながら何気なく呟いた。
視線の先には、大人しそうな少女が一人で歩いている。
「清純な女の子がこんな時間に一人で歩く訳ないじゃない。あの子は男を探している尻軽と見た」
その横を歩きながらソルシエールは得意げな顔で指摘する。
「そんな訳ないだろ。あの子はきっと勇気を出して夜の町に出たけど、友達に置いて行かれたんだ」
「いや、あの服装は男を誘っている」
「いやいや、コンプレックスから来る派手な格好だって」
当人を余所に言い争いをする二人。
互いに極めて真剣な表情で議論を続けている。
と言うより聞こえていないとはいえ、言いたい放題である。
「じゃあ、一皮剥いて確かめてみる?」
「それも良いな。と言うか、アンタ女もイケるのか?」
「ふふん、当然よ………そうだ! 折角だから久しぶりに可愛い女の子に化けて見せてよ」
何やら眼を輝かせながらソルシエールは言う。
期待の込めた熱い視線を送っている。
「………嫌だ」
「ええー、何で?」
「…女装自体は抵抗ないが、アンタの眼が嫌だ」
渋い顔をしながらルーセットは拒否した。
ヴェガやフェーには頼まれずにも披露する特技だが、彼女の前でするつもりはなかった。
気味悪がる相手には見せびらかし、望む相手には隠す。
ルーセットも負けず劣らず捻くれた性格をしていた。
「そんなこと言わずに。可愛い服だって用意したから」
そう言うとソルシエールは何かひらひらとした衣装を取り出した。
売れないアイドルのような衣装を見て、流石のルーセットも顔が引き攣る。
「…あのな。俺も一応、生物学的には、男なんだよ」
何故か自分のことなのに自信なさげにルーセットは言った。
何にでも変身でき、元々性別も分かりにくい容姿もしているが、心は男なのだ。
吸血鬼的に言えば、魂の性別が男と言うべきか。
「全く、アンタといると調子が狂う。十年くらい若返った気分だ」
普段はヴェガをからかったり、イジメたりする側だと言うのに。
今は完全に立場が逆だった。
まるで、あの病院でソルシエールに拾われた頃に戻ったようだ。
「そんな言葉を言うなんて、ルーセットも歳を取ったものね。前はあんなに素直で可愛かったのに」
「…そりゃあ、アンタみたいな美人に四六時中振り回されれば、こんな性格にもなるさ」
「クスクス…こんな性格? 嘘と虚偽で全てを騙し、常に余裕のある態度を取る冷酷な利己主義者?」
楽しそうに笑うソルシエールの笑みに、嘲笑が混じる。
いつもは惚けた道化の面を被っている老獪な吸血鬼の眼が、ルーセットを見つめた。
「その性格。『誰』を真似たものなのかしらね?」
「ッ!」
「そうよね。あなたは、ただ演じているだけ。完璧な演技こそがあなたの本質。結局、言われる程に冷酷でもなければ、余裕もない」
広まった悪名を否定しないのは、それが武器となるから。
嘘をついて本音を隠すのは、それが鎧となるから。
本質的には小市民的で、小心者なルーセットの魂をソルシエールは見透かす。
「弱くて可愛い私のルーセット。あなたは私の傍にいればいいのよ」
「…傍で人形になれってか?」
「人形と言うと聞こえが悪いわね。せめて愛玩動物と言って」
どちらも変わらない、とルーセットは吐き捨てた。
ソルシエールの指摘は正しかった。
弱い自身を強く見せる為、ルーセットは選んだのはソルシエールの模倣だった。
しかし、それでも今のルーセットはソルシエールに遠く及ばない。
多くの修羅場を潜り抜けてきたルーセットでも、ソルシエールは底知れない。
その瞳を覗き込んでも、逆にこちらが全て見透かされてしまう。
「…ハッ、安全なら何でもいいさ。俺はただ、平和に長く生きたいだけなんだから」
この気まぐれな魔女は危険だが、幸い今のルーセットは気に入られている。
彼女の庇護下にいる限り、他の純血も迂闊に手は出せない。
このまま人間社会で平和に暮らすことも悪くなかった。
「………」
唯一、心残りがあるとすれば…
別れも告げずに残してきてしまった少女のことだろうか。
「なーんか。他の女のことを考えている顔をしているわね」
「…何故分かった」
「そこは嘘でも否定するところよ。まあ、私は寛大な女だから浮気くらいで怒らないし、むしろ浮気相手も混ぜて三人で色々と…」
「…………お前、エロイんだか残念なんだか分からなくなってきたぞ」
呆れてルーセットは深いため息をついた。
外見的には少し年下に見える美女なのだが、その内面を知っているルーセットからため息しか出ない。
これでも出会って日が浅い頃は、少なからず心を乱されることもあったのだが…
「きゃああああああああ!」
過去を思い返していた時、突然絹を裂くような悲鳴が二人の耳に届いた。
純粋な興味で視線を向けた二人の前にいたのは、先程のビッチ(ソルシエール談)の女性だった。
その女性が地面に押し倒され、赤い血を流している。
「あらら、何事かしら?」
「痴情のもつれ…って、やつではないみたいだな」
地面にぐったりと倒れる女性に覆い被さる男は呻き声を上げて、血を啜っている。
男の眼はドロドロとした赤い瞳をしており、狂気を匂わせた。
「何でこんな町中に吸血鬼が?」
「さあねぇ。これ一人ではないみたいだし」
ソルシエールは笑みを浮かべながら周囲を見渡した。
男と同じドロドロとした赤い目の吸血鬼達が、人々を襲っている。
夜の町は忽ちパニックに陥り、阿鼻叫喚の光景となっている。
「安いホラー映画みたいだな。ほら、ゾンビが増えていくタイプの」
「噛まれたらゾンビになるのかしら?」
「そこはほら、俺達元々ゾンビだし?」
正気を失った吸血鬼に囲まれながらも、二人は余裕を崩さなかった。
次の瞬間、ゾンビと化した吸血鬼達がルーセット達に襲い掛かった。




