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モンストル  作者: 髪槍夜昼
快楽と狡猾の魔女
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第八十一夜


ヴェガと別れたクリュエルは廃墟の地下室を歩いていた。


カビの臭いに顔を顰めながら崩れかけた石の階段を下りる。


そこはかつての刑務所であり、ルヴナンの所有する場所の一つだった。


「…戻ったか、クリュエル」


ルヴナンの前に霧が出現し、言葉を発する。


その声に、クリュエルは笑みを浮かべた。


「ヴェガの様子はどうじゃった?」


「いや、随分とあの男に入れ込んでますね。一人でも探し続けているみたいです」


「…全く、死んでからも不愉快な男じゃ」


忌々しそうに呟き、人型の霧が揺れた。


霧のままでも伝わる怒気に困った顔をしながら、クリュエルは辺りを見回した。


「それよりも、外が何やら荒れていたようですけど?」


「…ヌーヴェル=リュンヌの襲撃じゃ」


「またですか? 連中の狙いは、銀の檻だった筈ですが」


渋い顔を浮かべてクリュエルは言った。


今までのヌーヴェル=リュンヌの目的は、ルーガルーの遺骸だった。


それが変わったのは、あの戦争が終わってから。


プラニスフェルを使用したモールを求め、ヌーヴェル=リュンヌは何度も襲撃を行っていた。


「どれだけ殺しても、虫のように湧いてくる………モールの場所を移した方が良いかもしれんな」


「それなら、銀の檻はどうですか? ルーガルーの遺骸と一緒に守れますし」


「…ふむ。銀の檻に奴を入れるのは業腹だが、あの場所ならアレの口も減るだろう」


銀製の檻は、それだけ吸血鬼にとって地獄となる。


銀を飲まされても憎まれ口を叩くモールも、あの檻に入れられれば平然としてはいられまい。


銀に触れるだけで吸血鬼は弱体化する。


あの場所に数日も入れておけば、何でも話したくなるだろう。


「ならば、奴を護送するぞ。銀の鎖で拘束し、くれぐれも逃がさないようにな」


「了解です。ルヴナン卿」








高い木の頂上に立ち、不安定な状態でコカドリーユは遥か遠くを見つめる。


『ヴェガはルーセットを探して人間社会に入ったみたいだよ。今は町を探索中』


「そうか。そのまま監視を続けてくれ」


魂の繋がりを通して聞こえるプーペの声に、コカドリーユは答えた。


コカドリーユがプーペに監視を命じたのは、ヴェガが出て行ってすぐだった。


一人ルーセットを探すヴェガが気になり、外に出ていたプーペに見守るように命じたのだ。


それは焚き付けたヴェガを心配する気持ちとは別に、もう一つの理由もあった。


「…人間社会か」


コカドリーユは考え込むように顎を撫でながら、呟いた。


ルーセットが生きているとするなら、それを助けた吸血鬼はそこにいる。


灰になったルーセットを助けた吸血鬼。


バラバラになった身体を掻き集め、消耗した魂を復元した吸血鬼。


そんな器用なことが出来る吸血鬼を、コカドリーユは一人しか知らない。


「やっぱり、そこにいるのか。ソルシエール」


遠くを睨みながらコカドリーユは呟く。


百年前の戦いから、それ以前からコカドリーユが嫌う吸血鬼。


忌々しそうにコカドリーユはその名を口にする。


その思想を毛嫌いするルヴナンよりも、嫌悪を以てその名前を呼んだ。


常に全力で戦うコカドリーユは底知れぬ彼女が気に喰わないのだ。


何事にも全力を出さず、全てを隠し、仲間に能力すら打ち明けぬ秘密主義が気に喰わない。


「…………ん?」


訝し気な顔をして、コカドリーユは地上へ目を向けた。


コカドリーユの立つ木の根元付近に複数の影を見つけたのだ。


特徴的な狼の骨とローブ。


ヌーヴェル=リュンヌの残党だった。


「…ハッ、良い所に来たな。余は少々機嫌が悪い」


木から飛び降りながらコカドリーユは獰猛な笑みを浮かべる。


幽鬼のように佇むローブ達に向かって、片腕を向けた。


「加減は出来んぞ………『アエロリット』」


ピカッと閃光が迸る。


落雷のような速度で、小さな隕石がローブ達の中心に落下する。


先程までコカドリーユが立っていた木を根元から舞い上げ、爆音が轟いた。


数秒間の光が収まった後、その場に立っている者はコカドリーユだけだった。


「フン、他愛もない」


燃えカスになったローブを踏みつけ、コカドリーユは呟く。


百年前、純血を滅ぼそうとしていたヌーヴェル=リュンヌ。


その残党が現れたことをルヴナンは危険視しているようだったが、コカドリーユは眼中になかった。


ヌーヴェル=リュンヌは所詮、ルーガルーの取り巻き。


盟主であるルーガルーが消えた今となっては、脅威はない。


事実、ルーガルーを倒した後のヌーヴェル=リュンヌは簡単に壊滅に追い込むことが出来た。


今更、残党が数名現れた所で、再び滅ぼせばいいだけだ。


「その足、退けて貰えないでしょうか」


その時、夜風のように澄んだ声が聞こえた。


「あっさりと失われてしまう命でも、命は命。死者の尊厳は保たれるべきだと思うのですよ」


ラインを強調する濡れた白い絹の服、顔を隠す白いベール。


「それとも。敵の命は対等に見れませんか? だとすれば、悲しいですわ」


手には白い手袋をつけ、肌の露出を抑えた貞淑な女。


ベールに覆われた顔には、聖女のような微笑が浮かんでいる。


「そう、私は悲しい。どうして吸血鬼同士で争わなければいけないのでしょうか?」


「お前は…」


「百年ぶりですね、コカドリーユ」


微笑を浮かべて告げる女に、コカドリーユは呆然となる。


言葉を選ぶように何度か視線を動かし、改めて目の前の女を見つめた。


上から下まで注意深く見つめ、重々しく口を開く。


「………………………………………………………誰だ?」


「……………………………………………………………………」


天使のような笑みを浮かべたまま、女は言葉を失う。


気を取り直すように、コホンと一つ咳をしてコカドリーユを見た。


「…ヴィエルジですわ。ヌーヴェル=リュンヌの」


「…ああ、アイツか」


「気のない返事ですわね。こちらは貴方のことを忘れたことなど、一時もなかったと言うのに」


穏やかな微笑の中に明確な敵意を込めて、ヴィエルジはコカドリーユを見つめる。


その澄んだ目の中には、かつてコカドリーユ達に敗北した屈辱と憎悪が宿っている。


「ハン、一人で余を相手にするつもりか?」


「ふふふ…まさか、貴方ほどの相手が私一人に務まるとは思っていませんよ」


可笑しそうに笑いながらヴィエルジはその場にしゃがみ込んだ。


足下に広がるローブの燃えカスと遺灰に触れ、クスクスと笑う。


不審な行動にコカドリーユは眉を顰めた。


「遺灰よ…」


ヴィエルジの口から小鳥のさえずりのような声が零れる。


「再び熱を取り戻し、我が前に集え」


拒否を許さない絶対的な命令。


その命に従い、命を燃え散らした灰が起き上がる。


まるで時間を巻き戻すかのように、灰が形を成し、色を取り戻す。


「我は灰の姫『サンドリヨン』」


そう口にした時、ヴィエルジの周りには数人の吸血鬼が立っていた。


一度は灰となり、命を失った者達が起き上がった。


コカドリーユに殺された吸血鬼が、再び命を取り戻したのだ。


「死者の蘇生?………いや、違う」


呆然と呟いたコカドリーユはすぐにそれを訂正した。


蘇った吸血鬼達の眼を見たからだ。


ドロリと溶けた鉛のような瞳。


身体が蘇っても心が死んでいるような虚ろな表情。


それは、とても生きているようには見えなかった。


「そう、死者の蘇生ではありません。私が戻せるのは肉体まで、失われた魂までは取り戻すことが出来ないのです」


少しだけ、無力を嘆くような声でヴィエルジは言った。


「彼らは皆、百年前に貴方に殺された我が同胞達。その無念、その憎悪。私が晴らしてあげましょう」


蘇ることが出来ないなら、せめて死後も戦場で戦わせることが救いであるとヴィエルジは思う。


百年前の戦いで多くの同胞が失われたが、彼らの願いは一つであると信じている。


「…そう言うことか。今まで影も形もなかったヌーヴェル=リュンヌが突然現れた理由が分かったぞ」


戦争を生き延びた訳ではなかったのだ。


百年前、ヌーヴェル=リュンヌは確かに壊滅していた。


それを逃れたヴィエルジが、その能力で復活させていたのだ。


「ヌーヴェル=リュンヌに終焉はない。私がいる限り、何度でも復活するのです」


ヴィエルジは懐から幾つかの小瓶を取り出した。


中に入っているのは、全て少量の灰。


フロンの平原で採取した同胞達の遺灰だった。


「どうです? 我々に従うと言うなら、聞きますが…」


「…面白い」


コカドリーユはヴィエルジの提案を切り捨て、獣のような笑みを浮かべた。


「少しは手応えがありそうじゃないか! かかってこいよ、ゾンビ軍団!」


「………やはり私は、貴方達が嫌いですわ」


ヴィエルジは憮然とした表情で小瓶を叩き割る。


地面に散った灰が復元され、新たな吸血鬼を生み出した。


「良いでしょう。ならば貴方が、我々が殺す最初の純血となりなさい!」

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