第八十夜
(………生きている?)
目が覚めて、ルーセットが最初に感じたのは疑問だった。
意識ははっきりし、記憶も鮮明だ。
モールの杭を全身に受けた感覚も覚えている。
肉体を再生させる魔力が尽き果て、その身体は灰に変わった。
そこまでは、覚えていた。
ルーセットは生物無機物問わず、何にでも成れる能力を持つ。
その影響で、どんな形になってもルーセットは意識を保つことが出来る。
身体を灰に『変身』させた時、ルーセットはまだ生きていた。
灰の山と化した後も思考も意識も残ったままだった。
しかし、それだけだ。
眼も口もない灰の塊になってしまい、言葉を発することさえ出来なくなった。
血を吸って魔力を補充することも出来ず、元に戻ることも出来ない。
それでは、死んでいることと何も変わらない。
「………………」
ルーセットは身を起こしながら、あの時に灰になった手足を見つめる。
見た所、身体に異常はない。
魔力も十分にある。
一体コレは…
「もっと嬉しそうに笑ったらどうなの?」
訝し気な顔を浮かべるルーセットの前に一人の女が現れた。
大きな三角帽子と暗色のスカート。
魔女をモチーフにした仮装をした女の名は、ソルシエール。
百年前の戦争より生き続ける、数少ない純血の一人だった。
その顔を見て、ルーセットは驚いたように目を見開く。
「クスクス…でも、驚いた顔も悪くないわ。十年ぶりなのだから、もっとよく顔を見せて」
ソルシエールの滑らかな指がルーセットの顔に触れる。
愛おしそうに指で撫で、ソルシエールは楽し気な笑みを浮かべた。
「ああ…この白い肌。この可愛い目。この凛々しい口………やっぱりイイわぁ。あなたを眷属にして良かった」
「………いつまでやっているつもりだ」
ペシッと指を弾き、ルーセットは憮然とした顔をした。
あまり怒ったり、叫んだりしない彼にしては珍しく不機嫌そうにソルシエールを睨んでいる。
「俺を吸血鬼にしてくれたアンタには感謝している。けれど、もうアンタに縛られるつもりはないと十年前に言った筈だ」
十年前にルーセットはソルシエールから離反した。
変身能力を使って自身の身体からソルシエールの血を取り除き、眷属の縛りすらも解放されたのだ。
「ええ、そうね。あの時はとても悲しかった。悲しくて胸が張り裂けそうだったわ」
ソルシエールはオーバーに悲しみを表現するが、ルーセットの表情は変わらない。
知っているのだ。
目の前の女が、そんな殊勝な性格をしていないことを。
「あなたが私の下を去ってから気付いたのよ。やっぱり私にはあなたが必要だと」
眼を潤ませながら言うソルシエールは、心を掻き乱す程に魅力的だった。
人間では有り得ない美貌を持つソルシエールの微笑が、ルーセットに向けられる。
「だからルーセット、私の恋人にならない?」
「ならない」
「……………………」
即答だった。
一瞬も迷いがなかった。
あまりの速さにソルシエールは言葉を失う。
「…フッ」
気を取り直すように小さく笑い、ソルシエールはルーセットの腕を取る。
ベットに座るルーセットを押し倒し、その豊満な身体を押し付ける。
「ねえ、ルーセット…」
「断固拒否する」
今度は言わせてもらえなかった。
数多の男達を魅了したソルシエールの自尊心が著しく傷付いた。
ヒクッと微笑を浮かべたソルシエールの顔が引き攣る。
「…私、美人でしょ? 胸だってこーんなにあるのよ? 私の何が不満なのよ?」
「俺は年下好きだ」
「……………………………………………………」
ルーセットの言葉に、今年めでたく百八十八歳を迎える吸血鬼は固まった。
ソルシエールの顔が更に大きく引き攣る。
暗い笑みを浮かべ、ソルシエールの眼に危険な色が宿った。
「ふふふ…こうなったら問答無用! 強引に私の魅力でドロドロに溶かしてあげるのも悪くない!」
バッとマントを脱ぎ捨て、ソルシエールは半裸になる。
壊れたテンションで憮然としたルーセットに寝技を仕掛けようとする。
「変身」
それに対し、ルーセットは変身ヒーローのようなポーズを取った。
黒い影がルーセットを隠す。
数秒後、影が晴れた時には…
「秘儀。メタボリック=フォーム」
油ギッシュな肥満体へ変身していた。
「…ヒッ!」
ルーセットに襲い掛かろうとしていたソルシエールの顔が青ざめる。
豚の親戚のような姿に変身したルーセットに悲鳴を上げ、咄嗟に距離を取った。
脅威が去ったことを確認すると、ルーセットは元の姿に戻った。
「はぁ…はぁ…はぁ…流石、私のルーセット。やるわね」
「悪ふざけで増やした変身のバリエーションだったが………まさか、使うことになるとは」
呆れたような目でルーセットはソルシエールを見た。
「とにかく、お前の恋人にはならない」
「分かったわよ。意地っ張りな男を口説き落とすのも悪くないから、そうすることにする」
「………まあいいや。それで結局、何で俺なんかを助けたんだ?」
訝し気な顔をしたルーセットが言う。
そう、ずっとルーセットが不審そうな顔をしていた理由はそれだった。
灰となったルーセットを集め、膨大な魔力を込めて蘇生させる。
簡単とは言えない手間な作業だ。
無意味に行うとは思えない。
「え? 私の恋人にする為だけど?」
「………俺を傍に置けば、きっとルヴナンがうるさいぞ」
「知ったことじゃないわよ。私は自分のしたいことだけをして生きているのよ」
迷いなくソルシエールは言い切った。
あまりに純粋なエゴイストだった。
夢を追いかけるルーセットに良心が消えれば、こんな風になるのかもしれない。
「教えてあげる。世界と言うのは、個人を主演とした一つの演劇なのよ」
純血の吸血鬼は笑いながら言った。




