第七十九夜
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時は現代に戻り、静かなクリュエルの声が響き渡る。
「かくして、狼座のルーガルーは倒され、正義は成されたのだった」
長い長い語りの末に、クリュエルはそう言って物語を締めた。
それにずっと付き合っていたヴェガは疲れた様にため息をつく。
「それで、あなたはそれを伝えてどうしたいのですか?」
「それだけ平和の為に努力したルヴナン卿を讃えようってこと」
「…あなたはそればかりですね」
呆れたようにまたため息をつくヴェガ。
うんざりした感じを装っているが、案外実りの多い話ではあった。
今まで誰も語らなかった百年前の戦いの様子を聞けたのは貴重な体験だった。
「…ルーガルーが倒された後はどうなったんですか?」
「ヌーヴェル=リュンヌは壊滅。ルヴナン卿はプレーヌ=リュンヌを中心に新たな秩序を築いた」
クリュエルはあまり感情を込めずに淡々と言った。
ルーガルーが倒れ、ヌーヴェル=リュンヌが滅び、全てが一件落着とはならなかった。
戦争が終わった時、純血はたった四人しか生き残っていなかったのだ。
「減った吸血鬼を増やす為、純血に忠誠を誓う人間を吸血鬼に変えた。当時は、ルヴナン卿も何人か眷属を連れていたな」
「…でも、今は」
「ああ、今はもう誰も生きていない。コカドリーユ卿との戦いで死んだ」
百年前の戦いで肩を並べて戦った盟友。
恩人である二人が決別した時、クリュエルはこの世から争いが消えないことを悟った。
「二度とルーガルーのような怪物を生み出さない為、ルヴナン卿は秩序を求めた。それがコカドリーユ卿にとっては窮屈だったんだろう」
クリュエルは複雑そうな表情を浮かべながら言った。
盟友だった二人が憎み合い、殺し合っている事実に胸を痛めているのだろう。
ルヴナンの腹心として仕えるクリュエルだが、コカドリーユに戦い方を教えられた恩は忘れていない。
「吸血鬼界は二つに割れ、後にティミッド卿が実力をつけると派閥は三つになった」
その後の経緯はヴェガも知ることだった。
ルヴナン派、コカドリーユ派、ティミッド派。
三つの派閥が互いに牽制し、睨みあう。
ティミッドが一人の吸血鬼に暗殺されるまで、その拮抗は続いた。
「…三つ、と言うことは、そのソルシエールと言う方はどうなったのですか?」
ヴェガは疑問に思ったことをクリュエルに告げた。
プレーヌ=リュンヌの紅一点。
百年前の戦いの中心人物の一人でありながら、戦後に名前を聞かなくなった純血の名を。
「あの方は、元々争いを嫌う方だったからな。争いばかりの吸血鬼に嫌気がさして、人間社会に消えてしまったよ」
「………そうなんですか」
騒動の中心でありながら、争い事を嫌い、人間社会へ身を隠す。
それはまるで、
ルーセットのようだとヴェガは思った。
豪勢な屋敷があった。
世界でも五本指に入る大富豪の住む豪邸。
人間の中で、限りなく頂点に近付いた男の手に入れた物。
「クスクス…」
普段なら多くの使用人が歩き回る廊下を、吸血鬼は笑いながら歩く。
廊下には他に誰の姿もない。
全ての人間がいなくなった屋敷で、吸血鬼の笑い声だけが響いた。
姿を消した彼らがどうなったのか。
それは吸血鬼の服に付着した血を見れば、一目瞭然だった。
「血を吸うから、吸血鬼なのよ。我々はあくまで、奪う存在。決して与える存在ではない」
サッカーボールのような物をコロコロと転がしながら吸血鬼『ソルシエール』は言う。
歩きながら蹴り転がすそれは、この屋敷の主の頭部だった。
「それに魔女は気まぐれで飽きっぽいの。長い人生を持て余しているからね」
興味を失ったようにボールをどこかへ蹴飛ばし、ソルシエールは一つの扉を開けた。
その部屋は、ソルシエールが十年近く使っていた部屋だった。
高価な品々が置かれた部屋の殆どを占める大きなベット。
童話に出てきそうな天蓋付きのベットの上に人影があった。
横に寝かされているのは、お姫様ではなく男性。
燕尾服に黒いネクタイ、山高帽と仰々しい恰好。
外見年齢は二十代後半くらいで、容姿は男性よりも女性的。
男性にも女性にも見える若々しい吸血鬼。
吸血鬼『ルーセット』がそこに眠っていた。




