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モンストル  作者: 髪槍夜昼
忠誠と後悔の悪食家
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第七十二夜


「私は敵を見つけたら尾行しろと言ったのに、何で全部殺しちゃうのよ!」


「数は多かったが、五分も掛からなかったぞ」


「何、満足そうに言ってるのよ! ただ敵を殺すことだけが戦争じゃないの!」


会議室にて、激しい論争が繰り広げられる。


と言うより、ソルシエールが一方的に激怒している。


コカドリーユの方はむしろ堂々としていて、何故怒られているのか理解もしていないようだった。


最早、最近では見慣れた光景にクリュエルはため息をついた。


「それよりも戦いの準備はまだ整わないのか。余は不満だ」


「こ、この…単細胞が…!」


わなわなと震えるソルシエールを落ち着かせるように肩に手が置かれた。


クリュエル同様に二人に呆れていたルヴナンだった。


「落ち着け、ソルシエール。物事は適材適所だ。前線を離れて作戦を立案することがお前の仕事なら、コイツの仕事は前線で戦うことだ」


ルヴナンは宥めるように言った。


我の強い三人であるが、こう言う時のまとめ役は常にルヴナンだった。


互いに意見がぶつかることの多い二人も、ルヴナンの意見は尊重していた。


「………………そうね。私としたことが、この鳥頭に何を期待していたのかしら」


さらりと嫌味を言ってソルシエールは溜飲を下げる。


その嫌味にもコカドリーユは特に反応を示さなかった。


嫌味に気付いていないのかもしれない。


「…はぁ。そこの馬鹿に答える訳じゃないけど、既に準備は整ってきているわ」


「ヌーヴェル=リュンヌの裏切り工作か」


「裏切りってほどじゃないけど、スパイを使ってルーガルーに不満を持つ者達を煽り、クーデターを起こさせるわ」


「上手くいくのか?」


「それは歴史が証明しているわ」


ソルシエールはクスクスと笑いながら答えた。


ヌーヴェル=リュンヌの成り立ちのことを言っているのだろう。


そもそもヌーヴェル=リュンヌとは、純血にクーデター起こした眷属が発端。


力で抑え付けられることに不満を抱き、純血を裏切ったヌーヴェル=リュンヌ。


そのヌーヴェル=リュンヌ内で、再びクーデターが起きるのだから皮肉な物だ。


「あとはそれに合わせてこちらも動くだけよ」


「コカドリーユ、兵士達の方はどうだ?」


「ああ、少しは使い物になると思うぞ。余が鍛えてやったからな」


自信満々に言うとコカドリーユは意味深にクリュエルを一瞥した。


コカドリーユ直々に訓練していたのは、クリュエルだけなので気にかけているのだろう。


クリュエルとしても、何日も訓練を行って少しは実力が付いた自覚はあるが、この面子の中で自信を持てと言うのは無理な話。


どれだけクリュエルが成長しても、壁は高く先は見えないだけだった。








会議が一段落した後、クリュエルは城の外に出ていた。


一人で夜風を浴びながら月を見上げる。


重厚で窮屈な感じのする城から見るよりも、月が綺麗に見えた。


「いよいよ、戦争が始まる、か」


クリュエルは不安そうに拳を握り、呟いた。


確かに実力は上がった筈だ。


実戦訓練を行ったクリュエルの能力は、以前とは比べ物にならない程に強くなっている。


だが、例え実戦訓練だろうが、訓練は訓練だ。


戦ったコカドリーユに殺意はなかった。


これから始まる戦場の殺し合いとは違う。


戦って負ければ死ぬ、当然だ。


ラフレーズも死んだ。


自分は果たして生き残ることが出来るのか。


「死ぬ、ね。まず間違いなく」


「ッ!」


一人佇むクリュエルの背後から声がかけられた。


若い、と言うより幼い声。


暗い夜に映える白装束。


その手に握った剣、歳不相応な壮絶な笑み。


全て見覚えがあった。


「アルム、か」


「お? 俺の名前覚えてたのか、オッサン」


少しだけ嬉しそうに言いながら、アルムは剣を肩に乗せた。


白装束と同じ真っ白な剣は抜身で、腰には鞘もつけていない。


「そうだ、俺はアルム。ヌーヴェル=リュンヌでは『天秤』のアルムって呼ばれてんだ」


「…天秤?」


「おうよ。『命に貴賤なし』って言ってなぁ。俺の前ではどんな命も平等なんだぜ」


命は全てに於いて平等。


言葉だけなら綺麗なのに、この少年が言うと物騒に聞こえる。


「俺は生前から生粋の殺人鬼でよぉ。人を殺すのが好きだった。だから自由に人を殺す権利を得る為に吸血鬼になったのさ………アンタもそうじゃねえか?」


「………」


「違うって顔をしているな。まあいい、とにかくアンタにも人間をやめてまで叶えたい理由があった筈だ。化物になる理由が」


「…それが、どうした?」


「それは、純血の下でしか叶わねえ願いなのかい?」


純白の剣をクリュエルに向けながらアルムは言った。


武器を向けながらもその顔に殺意はない。


まるで友人に向けるような馴れ馴れしい笑みを浮かべている。


「前にも言ったが、連中は俺達を奴隷としか見ていない。俺を吸血鬼に変えた純血なんて、酷かったぜ。幼気なガキを鞭で叩き、甚振ることに興奮するイカレ女だった」


十四、五歳くらいにしか見えない姿のアルムは苦い顔で言った。


アルムが外見通りの年齢だった時に受けた苦痛を思い出しているのだろう。


その言葉に嘘はないように思えた。


「命ってのは平等だ。誰が上で、誰が下でもない」


「…その割には、好き勝手に命を奪っているようだが?」


「別に俺は獲物を見下している訳じゃない。殺し合いは平等だ。仮に俺が殺されたとしても文句はない」


勝手な言い分だったが、アルムの中では真実なのだろう。


殺し殺されの命の平等。


どちらの命にも価値はなく、殺された命が悪いのだ。


「俺達の下へ来いよ、クリュエル。アンタの願いを教えてくれよ」


「俺の願い、か」


クリュエルは呟きながら自分の前に向けられた剣を見た。


緩慢な動きで剣の刃を握り締める。


刃に触れた手が傷付き、血が地面に零れた。


「生憎だが、俺の願いはもう………お前達に奪われた!」


何、とアルムが叫ぶ余裕もなく零れた血が跳ねる。


小さな血溜まりから弾けるように一本の矢が飛び出し、アルムの胸に突き刺さった。


赤い血の矢が貫いたのは、アルムの左胸。


心臓だった。


「クリュ、エル……」


小さく言葉を漏らしながらアルムの身体が倒れる。


ぴくん、と一度痙攣した後に身体が崩れる。


足の先から灰となっていく姿を、クリュエルは無言で見下ろしていた。


これが吸血鬼の死。


いずれは自分もそうなることを想像した。


「あらあら、だから油断するなと言っておきましたのに」


その時、また違う声が聞こえた。


いつの間に現れたのか、灰になったアルムの傍に一つの影があった。


音も気配もなく現れたのは、一人の女だった。


僅かに水に濡れて身体のラインを強調する白い絹の服。


顔を隠すように被った白色のベール。


手には白の手袋までつけて露出を抑えており、聖女のような清爽な雰囲気を持つ女。


その若々しい美貌と笑みは見る者の心を落ち着かせるが、纏う血の臭いが只ならぬ存在であることを感じさせた。


「全く、弱い者イジメばかりするからそうなるのですよ」


咎めるように言いながら女は小瓶を取り出した。


遺品を扱うかのように丁寧に、アルムの灰を取って小瓶に入れている。


「お前は、一体…」


「初対面の女性に向かって『お前』とは、口が悪い人ですわね。それに、私はアルムとは違ってべらべらと自分のことを話したりしませんの」


灰を入れた小瓶を懐に仕舞うと女は社交的な笑みを浮かべた。


「それではまた戦場で、御機嫌よう」


最後に言うと女は姿を消した。

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