第六十九夜
「久しぶりの娑婆だ。五十年ぶりだな」
「…六十年ぶりだろう」
堂々と間違ったことを言うコカドリーユに訂正を入れ、ルヴナンはその後に続いた。
城の中を我が物顔で歩く姿は良くも悪くも周囲の目を引く。
注目を浴びていることに気付き、コカドリーユは機嫌良さそうに鼻歌を歌った。
「くくく、真の強者のオーラと言う物は、黙っていても伝わってしまうのだな」
「…コカドリーユ様が無意識に放っている魔力が強すぎるせいだと思いますけど」
若干顔色の悪いクリュエルが言った。
コカドリーユから放たれる魔力に充てられてしまったのだろう。
周囲の者達の中にも、青い顔をした者が何人かいる。
「皆、安心するといい! 我が名はコカドリーユ! 余が味方するからには、敗北は有り得ん!」
激励するようにコカドリーユは叫ぶが、ルヴナンの時ほど効果は表れなかった。
その名を知る者達は驚いたようにコカドリーユを見ているが、そこに希望はない。
一度得た希望を失った彼らの心の傷は、深かった。
能天気なコカドリーユとは異なり、ルヴナンは痛ましい表情を浮かべる。
「…何が安心だ」
どこからともなく、声がした。
思わず振り返ったルヴナンの眼に、一人の少年が映った。
未だ十歳を迎えて間もないと言った感じの幼い子供。
戦いに参加する年齢でないことを表すように、纏う高価な服には傷一つ見当たらない。
白さを通り越して、青ざめた肌を持った少年は気の強そうな眼でルヴナンを睨んだ。
「お前は数日前にも同じことを言っただろうが! それなのに、結局生きて帰ってきたのはお前一人だ!」
世の不条理も、戦場の臭いも知らないような少年がルヴナンを糾弾する。
何も知らない子供が何を言うのか、とクリュエルは思った。
しかし、ルヴナンは何も言葉を返さなかった。
その少年の眼には、確かな失望と絶望があった。
それは言葉に出さないだけで、皆が感じていることだ。
人々の希望を担い、失望させたルヴナンには返す言葉がない。
「お前なんか………」
「それくらいにしておけ、ひよっこ」
喚き立てる少年の前に、コカドリーユが立ち塞がった。
爬虫類のような容姿に見下ろされ、少年は威圧される。
「な、何だよ、お前…」
「おいおい、無礼だな。仮にも王の御前だぞ!」
そう言うとコカドリーユは少年の首を掴んだ。
少年が何か言う前に、軽い身体が二メートル近く持ち上がる。
周囲で見ていた吸血鬼から声が上がった。
「……か…は…ッ!」
コカドリーユの怪力で締め上げられ、少年の声が止まる。
呼吸を止める、程度の話ではない。
そのまま細い首をへし折る程の力だ。
「最初に言っておく、余は弱者に興味がない。そして、無暗に周囲の不安を煽る者は要らない」
冷酷な眼を周囲に向けながらコカドリーユは言った。
「これからの時代、守られるだけの民衆は生き残れない。死にたくなければ成長しろ。出来ないと言うなら余が殺してくれる」
向けられた殺気に周囲は息を飲む。
コカドリーユの恐ろしさもそうだが、同時に理解したのだ。
ルヴナン達に任せるばかりだった自分達を。
ルヴナン達を失って嘆くばかりだった自分達を。
その弱さを自覚した者の心に、コカドリーユの冷たい殺気が刺さる。
「…おい、誰がそこまでやれと頼んだ」
「余の辞書に妥協の文字はない」
小声で言ったルヴナンの言葉に、コカドリーユは悪びれもせずに答えた。
締め上げていた少年から手を放し、ゴミのように投げ捨てる。
「ああ! ちょっと! 今、頭から落ちましたよ!」
ハラハラと様子を見守っていたクリュエルが慌てて少年の下へ走った。
それを見送りながら、ルヴナンは再びコカドリーユへ目を向ける。
「恐怖と言う物は時に成長を促す。これで連中も少しは役に立つ兵士になるだろう」
「………驚いたな。お前がそこまで考えて行動するとは」
「あァ? 余を馬鹿にしてるだろ、ルヴナン!」
バチバチと睨みあう二人に呆れながら、クリュエルは少年を介抱する。
この二人は、仲が良いのか悪いのか。
互いを理解し合っているのは確かだが、性格が違い過ぎる。
これから先、純血の上に立つのは恐らくこの二人だと言うのに…
「う、うう…あの木偶の坊、よくもやりやがったな」
「あの世界一怖い高い高いをくらった割に、結構元気だな。坊や」
「坊やじゃねえよ! 俺様にはティミッドって名前がある!」
「はいはい、ティミッド君。俺はクリュエルだ、よろしくな」
幼い弟を相手にするように、クリュエルは小さな頭に手を置いた。




