第六十六夜
「あ、見えてきたよー」
呑気そうにラフレーズが前を指さした。
二人の歩く先にあるのは、歴史を感じる古城。
所々破壊された跡が残っているが、それでも圧倒的な存在感を放っている。
威圧されたようにクリュエルは思わず足を止めた。
「いつ見ても立派な城だよねー。知ってる? この城って、始祖の時代からあるらしいよ?」
「始祖って………もう四百年くらい前のことじゃないですか?」
「そーよ。始祖が築いた由緒ある城なんだって、ルヴナンが言ってた」
「ルヴナン様、ですか」
その名前に、クリュエルは複雑そうな顔をした。
ラフレーズの語るルヴナンと言う男を、クリュエルは知っていた。
純血派の中で、ラフレーズと肩を並べる『騎士』の一人。
共に多くの吸血鬼を倒し、多くの戦場から生還した英雄。
ルーガルーの脅威に晒されている純血派の希望とも呼べる男だった。
クリュエルもまた、彼のことを尊敬している。
だが、彼のことを熱っぽく語るラフレーズの姿を見ると心が騒めいた。
「………」
それが嫉妬だと言うことを自覚し、クリュエルは言葉を飲み込む。
余計なことを言って、ラフレーズを困らせるなど言語道断。
早く実力をつけて、ルヴナンを超える男になればいいだけの話だ。
「ラフレーズ、やっと戻ったか」
城の門が開かれると同時に、ラフレーズは声をかけられた。
厳めしい顔を大きく横断する傷跡。
黒いローブに隠された戦士のように鍛えられた肉体。
寒気がする暗い霧を纏う幽鬼のような気配。
歴戦の傭兵、若しくは暗殺者に見える男。
その男こそ、噂をしていたルヴナンだった。
「あら、噂をすれば何とやらねー」
「噂?」
ルヴナンは訝し気な顔をしてラフレーズを見た。
その顔つきは三十代くらいに見えるが、生々しい傷跡のせいで老けて見える。
「…まあいい。それよりもお前に任務だ」
「またー? 昨夜も出たばかりじゃない」
「昨夜は単なる偵察だったが、今回は違う」
そう言うとルヴナンは後ろを向く。
ルヴナンに続くように、数人の吸血鬼が立っていた。
どの吸血鬼も真剣な表情を浮かべ、ルヴナンを見ている。
まるで死地へ赴く兵士のような雰囲気に、クリュエルは嫌な予感がした。
「…有名な騎士ばかりじゃないー。ルヴナン、何をする気?」
面々を見回して、ラフレーズは尋ねる。
集められたのはヌーヴェル=リュンヌと前線で戦う騎士の中でも、精鋭ばかりだった。
それに加えて純血派の希望とされるルヴナンまで。
「ルーガルーに奇襲をかける」
ルヴナンの答えは簡潔だった。
純血を裏切り、ヌーヴェル=リュンヌの盟主となったルーガルー。
彼を討つ為の奇襲作戦だと。
「ヌーヴェル=リュンヌはルーガルーを中心に回っている。奴を倒せば組織は混乱し、勝機が訪れる」
「…本気? 八十年前のことを知らないの?」
「ルーガルーが寝返った時のことか。純血千人を皆殺しにしたと言う噂だな」
それは当時まだ生まれていなかったルヴナン達も知る悲劇の一つだった。
当時、まだ二十年程度しか生きていなかったルーガルーの裏切りによって千人の死者が出た。
その出来事はルーガルーの名を知らしめ、ヌーヴェル=リュンヌに追い風をもたらす結果となった。
以来、ルーガルーと戦って生き残った者は一人もおらず、幾度となく行われた暗殺や奇襲は全て失敗に終わっている。
「だが、だからどうした。お前は直接ルーガルーを見たことがあるのか? 今この場にいる者の中にルーガルーと会ったことがある者がいるのか?」
ルヴナンは周囲を見渡したが、誰一人声をあげることはなかった。
当然だろう。
ルーガルーと戦った者は誰も生き残れない。
直接会って帰還した者など一人もいないのだ。
「数に騙されるな。噂に騙されるな。我々はまだ奴と戦ってすらいないのだ。奴は化物ではない、私と同じ吸血鬼だ!」
ルヴナンは騎士達を奮い立だせるように叫ぶ。
騎士達の眼に希望が宿る。
「純血とは吸血鬼を守り、導く存在でなくてはならない! それを忘れた悪鬼に、屈してはならない!」
「「「うおおおおおおおおォ!」」」
雄叫びが上がる。
戦いに向かう騎士だけではない。
ルーガルーに怯え、絶望していた他の吸血鬼の眼にも希望の光が宿った。
それを見て、ラフレーズはため息をついた。
「…全く、この雰囲気では断れないわねー。ずるいんだから」
戦いは嫌い。
しかし、戦いを終わらせる為に戦わなければならない。
この戦いを最後の戦いにする。
そう決意して、ラフレーズは頷いた。
「あ、あの…!」
熱狂する雰囲気の中、クリュエルは声を上げた。
歓声に掻き消されるような小さな声だったが、近くにいたルヴナンには届いていた。
「無理を承知で言います! お、俺も連れて行って下さい!」
必死に声を出し、クリュエルはルヴナンに告げる。
熱狂に水を差すような行為だと理解していた。
純血の精鋭だけの作戦に、成り立ての自分が参加できる筈がないと自覚していた。
それでも言わずにはいられなかった。
「…君は、ラフレーズの」
「は、はい! クリュエルって言います! お願いします! 囮でも何でもいいので俺を…」
そう訴える若者をルヴナンは静かに見つめた。
まだ若く未熟な吸血鬼を見て、微かに笑みを浮かべる。
「流石はラフレーズが選んだ眷属だ。勇気がある」
「で、では…!」
「だが、駄目だ。君を連れていくことは出来ない」
隣で何か言いたそうなラフレーズを一瞥し、ルヴナンは告げた。
「これは我々の戦いだ。君の戦いではない」
ルヴナンの鋭い目で睨まれ、クリュエルは何も言えなくなった。
自分の倍以上生きる吸血鬼の威圧に、身動きが出来なくなる。
そんな自分が戦場で役に立つ訳がない。
そう思い知らされた。
「君はきっと強くなる。元人間とは思えない勇気があるからな」
クリュエルの肩を軽く叩き、ルヴナンは言った。
「だからこの戦いまでは私に任せておけ。次の戦いでは君の力を借りよう」
そう言い残すと、ルヴナンは去っていった。
他の騎士達も後に続いていく。
「じゃあ、私も行くわねー。大丈夫、すぐに帰ってくるから」
そう言って、ラフレーズも行ってしまった。
クリュエルは一人、城へと残されたのだった。




