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モンストル  作者: 髪槍夜昼
忠誠と後悔の悪食家
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第六十五夜


百年前、吸血鬼界は戦火に包まれていた。


数百年前から続く純血と眷属の戦争。


終始純血側が優勢だった長い戦いは、一人の純血によって覆された。


ルーガルー。


当初は純血と呼ばれた吸血鬼だったが、後にヌーヴェル=リュンヌに寝返る。


その絶大の魔力を戦場で振るい、多くの純血の魂が奪われた。


今や、純血側は半数以下。


残る純血もルーガルーに喰われることを待つばかり。


そんな時代だった。








「ぜェぜェ…」


歪な呼吸をしながら、男は走っていた。


色あせたシャツにズボンを履いたラフな格好。


顎鬚が目立つが、それほど老けているようには見えない青年だった。


「チッ、まだ追いかけてくるのか!」


後ろを振り返り、男は大きく舌打ちをする。


息を切らせながら走る男の背後から迫る影があった。


「そんなに逃げんなよ、オッサン。同じ吸血鬼じゃないか」


そう挑発的に呟くのは白装束を着た幼い顔立ちの少年。


まだ十四、五歳程度にしか見えない少年は汗一つかかず、涼しい顔で男を追いかけていた。


細身でひ弱そうな少年だが、その手には抜身の剣が握られている。


「何が同じだ、イカレ小僧」


逃げることを諦めたのか、男は立ち止まった。


「吸血鬼なんてイカレているのが普通だ。あんたはまだ成り立てだから自覚がないだけさ」


幼い少年に見える容姿でありながら、その少年の実年齢は男より上なのだろう。


剣を握りながら浮かべる壮絶な笑みは、とても少年が浮かべるような物ではなかった。


「俺の名は、アルム。オッサンの名前は?」


「………」


「何だよ、答えないのか? 純血に義理立てしているつもりか?」


つまらなそうに息を吐き、アルムは男の顔を見る。


この世に悪人はいない、と信じている子供でも見るような顔だった。


「やめとけやめとけ、連中は俺達のことなんか奴隷としか思っていない。あんな奴ら見限って、俺達の所へ来いって」


「…ルーガルーのことか?」


「何だ、知っているじゃないか。ルーガルーは平等な世界を作ってくれる。弱肉強食、実力主義、混沌の世界がやってくるぜ」


赤い瞳に狂気を浮かばせながらアルムは笑った。


剣が震えているのは、アルムが興奮しているからだろう。


「まあ、俺は楽しく敵を斬れれば満足なんだがな。お前も来いよ」


「断る」


「即答かよ。理由を聞いても………」


言いかけてアルムはその場から飛び退いた。


緩んでいた表情を引き締め、剣を握り直す。


直後、アルムと男の間に一人の少女が降り立った。


「危ない所だったねー、クリュエル」


間延びした呑気そうな声が響いた。


それは、血生臭い時代に相応しくないファンシーな雰囲気を受ける少女だった。


ドール人形のようなドレスに身を包んだアルムより少し年上くらいの少女。


手足に巻かれた赤色のリボンが、その印象を深めている。


「…純血か」


その纏う血の臭いに気付いたアルムが忌々しそうに呟く。


「ラフレーズ様! どうしてここに…」


「あなたを助けに来たのよー。もう、一人で行動するのは危ないと言ったでしょう」


困った子供を叱る親のような口調で、ラフレーズは言った。


緩そうな顔を少しだけ怒りに歪め、クリュエルを睨む。


それから思い出したように、アルムへ視線を向けた。


「それでどうするー? 私と戦う?」


「望むところ…と言いたい所だが、今回は退こう」


不機嫌そうに吐き捨てると、アルムはラフレーズに背を向ける。


雰囲気や纏う血の臭いだけで戦力差を悟ったのだろう。


アルムは快楽的な殺人鬼だが、命知らずの戦闘狂ではなかった。


最後にクリュエルを一瞥し、アルムは去っていった。








「ふう、戦わずに済んで良かったー」


アルムの姿が完全に見えなくなってから、ラフレーズは安心したように息を吐いた。


その姿にクリュエルは訝し気な顔をする。


「さっきの少年は、それほど強い相手だったのですか?」


「え? いや、そうじゃないけど。戦わずに済むならそれでいいじゃない」


ラフレーズはそう言うと緩い笑みを浮かべた。


例え敵でも、殺さずに済むならその方が良い。


戦時中の世界で、あまりに甘い考え。


吸血鬼の成り立てであるクリュエルにも、その考えの異端さは理解できた。


優しくも危うい主人を守りたい。


それが吸血鬼となったクリュエルが初めて思ったことだった。


そんなクリュエルの決意を知っているのか、ラフレーズは悲し気に笑った。


「あのね、クリュエルー。争うことだけが吸血鬼の人生じゃないんだよ」


「………」


「戦いに生きるだけが吸血鬼の人生じゃない。吸血鬼だって、人間のように平和を愛したって良い筈だよ」


ラフレーズは優しい笑みを浮かべて言った。


花を愛でる少女のような、好戦的な吸血鬼に相応しくない儚げな笑み。


こんな風に笑う吸血鬼をクリュエルは他に知らない。


人間の中にも、ここまで純粋に平和を愛せる者はいなかった。


その笑顔がクリュエルは好きだった。

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