第六十一夜
「立ち上る影よ、極刑の杭となれ」
詠唱と共に影が広がり、杭が影より這い出る。
死角より射出される杭は矢のような速度だが、機動力を得たヴェガは難なくそれを躱す。
「まだまだァ! インペイルメントォ!」
一本の杭がヴェガを捕えようが、次の瞬間には星屑の中に消える。
点から点へ移動するヴェガの動きは予想することが出来ない。
次々と放たれる杭は一つもヴェガに触れることなく、周囲には杭が立ち並ぶ一方である。
「くっ…!」
その時、杭を躱し続けるヴェガの口から苦し気な声が漏れた。
状況的にはまだ余裕があるにも関わらず、焦燥の色を顔に浮かべる。
「ほらほら次行くぞォ!」
対してモールは結果など気にせずに、次々と杭を出現させる。
その杭をヴェガは危なげなく躱すが、小さく舌打ちをした。
既に周囲にはまるで林のように杭が立ち並んでいる。
乱雑に並ぶ杭の林は動きを制限し、ヴェガの転移を妨害する。
追い詰められたチェスのように、転移の移動点を減らされていく。
「この…!」
ヴェガは自棄になったように星屑を放った。
狙いも定めずに放たれた星屑は杭の先端を幾つか削り、消え失せる。
「どうしたァ? 自分を転移させるのは結構疲れるのかァ!」
「ッ!」
図星をつかれたような顔でヴェガは更に星屑を放つ。
それはモールに当たることなく、再び杭の先端を削り取った。
「俺っちの杭を躱しながらだとそれが限界かァ! くはははは!」
「『ヴォワ・ラクテ』」
嘲るように笑うモールを無視してヴェガは小さく呟く。
その顔には表情がない。
先程までの焦ったような顔も、怒ったような顔もない。
まるで、その全てが演技だったように冷たい表情を浮かべている。
「…?」
チカッとモールの頭上が光る。
地上を転移し続けるヴェガに集中していたモールの死角。
その死角に、無数の星屑が輝いていた。
「んな…」
星屑の中から木片が顔を出す。
それは、モールの作り出した杭だった。
地上から削り取られた杭の先端が、重力に引かれて落下する。
「くはっ! 俺っちの杭を利用するとはやるじゃねえの!」
雨のように降り注ぐ杭を見てもモールの顔は余裕を崩さない。
「だが! それは俺っちの魔力から作られた物だってことを忘れているぜェ!」
モールは迫る杭の雨に対し、軽く手を翳しただけだった。
それだけで杭は形を崩し、霧散する。
元々はモールの魔力の一部。
吸血鬼の魔力が吸血鬼自身に牙を剥くことはない。
「残念だったなァ! しかし、中々良いアイデアで…」
「あなたの欠点は油断と、遊びが多すぎることですね」
声と共にモールの眼前に、ヴェガが出現する。
その手から星屑を放ち、その眼はプラニスフェルを握る左腕を見つめている。
接近してからの不意打ちでプラニスフェルを奪う。
それは、先程ルーセットが実行した作戦だった。
そして、二度も同じ手を食うモールではない。
「『インペイルメント』」
予め広げていた影から杭が放たれる。
奇襲を警戒して常に周囲一メートルには影を伸ばしていたのだ。
転移で逃がす余裕もなく、杭がヴェガを捕える。
「ッ!」
ヴェガの口から呻き声が漏れた。
星屑を纏うヴェガの身体に、杭が深々と突き刺さる。
「呆気ない最期だなァ。闘争の幕引きってのは、いつもそうだ」
ルーセットを仕留めた時と同じ表情を浮かべ、モールは言う。
勝利を確信し、寂し気な感情を顔に浮かべている。
その言葉が聞こえたのか、力なく俯いていたヴェガの顔がモールへ向けられた。
「だから、遊びが過ぎると言っているんですよ!」
星屑を握り締めてヴェガは叫んだ。
その顔も、声も致命傷を受けたようには思えない。
杭は確かにヴェガを貫いているにも関わらず…
「貫きなさい『ヴォワ・ラクテ』」
瞬間、モールの身体に衝撃が走った。
右足と腹部に激痛が走り、視界を鮮血が舞った。
痛みよりも困惑から、モールは右足に刺さる物を見つめた。
杭だ。
モールの周囲に展開された星屑より突き出る杭。
右足に一本と腹部に二本。
その数は、ヴェガに突き刺さっている物と同じ数だ。
「…ぐ…がっ…そうか、空間転移か!」
血を吐きながらモールは理解する。
星屑から突き出る杭はヴェガを貫いている物と同じだ。
空間を歪める星屑がトンネルのように点と点を繋ぎ、杭の先端をモールの下へ転送させている。
「どんなに強力な攻撃でも、この星屑の川は超えられません!」
「くはははは! いいぞ! 逆境ほど燃える男なんだよ、俺っちはなァ!」
星屑の川を展開するヴェガへ目掛け、モールは次々と杭を放ち続ける。
敵に放った杭が全て空間を超えて自分に返ってくるが、モールは手を止めない。
その攻撃が自分を傷つけると理解しながらも、微塵も躊躇しない。
血塗れになりながらも狂笑を浮かべながら攻撃する姿は、ヴェガは恐怖を覚えた。
「く…狂っている!」
「今更何言ってんだァ! 人間をやめ! 喰う為だけに殺し! 生き血を啜る夜の化物が! 正常だとでも言うつもりかよォォォォ!」
叫び声と共に杭は勢いを増していく。
時が経過する程に速度と数が増大する。
モールの狂気が、形になっているようだった。
「嘘。防ぎ、切れない…!」
両手を翳しながらヴェガの顔に汗が浮かぶ。
二本しかないヴェガの手から展開される星屑では、どうしても防げない角度が存在する。
数を増し続ける杭をいつまでも防ぐことは出来ない。
それに気付いているのか、モールは狂ったように笑い続ける。
「くははは! 俺達は狂っている! 月に狂っている! 生まれ堕ちた瞬間から化物として生きるように決まっているんだよォ!」
プラニスフェルを左手に握りながら、モールは叫ぶ。
とうの昔にモールの魔力は限界を超えているが、プラニスフェルが無限に魔力を与え続ける。
この場は戦場、魂など幾らでもある。
プラニスフェルがある限り、モールは止まらない。
『ぐるる…』
その時、獣が呻くような声を聞いた。
血塗れになりながら狂った笑い声を上げていたモールの表情が止まる。
真っ赤に染まった視界の中に、青白い光が見えた。
ヴェガの星屑とは違う、ぼんやりとした弱い光。
それは、モールが殺したアミティエだった。
ゾッと悪寒がモールの背筋に走る。
何だ、コレは。
こんな物は知らない。
こんな物が存在するなど、聞いていない。
「君が殺した魂の報いを受けろ、モール」
囁くような声と共にモールの左腕が宙を舞う。
左腕が、亡霊に喰い千切られる。
その手に握られた『プラニスフェル』が、モールから零れ落ちた。
「ぐ、ああああああああァ!」
プラニスフェルを失ったことで、モールを包んでいた魔力が消え失せた。
腕を失った左肩から血を吹きだしながらモールは絶叫する。
大量に血を流す肩は再生する気配すら見せない。
心臓さえ再生させた魔力は、もう失われた。
真っ赤に染まるモールの目が、リコルヌを捉えた。
「魂を操ってやがるのか! 死んだ眷属を操って、俺っちの腕をォ!」
「違う。彼らが力を貸してくれているだけだよ。僕の力じゃない」
「どちらでも同じことだ! それならプラニスフェルを使って、全部魂を奪って!」
「それはもう、出来ませんよ」
冷静にヴェガは告げた。
その足下には、モールの手から零れ落ちたプラニスフェルが転がっている。
緩慢な動作で、ヴェガはそれに手を向ける。
「やめろ!」
「砕きなさい『ヴォワ・ラクテ』」
モールが駆け寄るよりも早く、ヴェガは呟く。
ヴェガの手から細かい星屑が放たれる。
薄いギロチンを形作った星屑がプラニスフェルの中心から両断した。
バチィと激しく火花が散った。
真っ二つに割れたプラニスフェルが紫電を放っている。
まるで壊れた機械のようにバチバチと音を発てて、魔力を放つ。
今までモールを強化していた魔力が方向性を失い、拡散する。
「…ヤバ」
瞬間、雷鳴のような轟音が屋敷全体を包み込んだ。




