第六十夜
灰が静かに地面に落ちる。
さらさらとした灰は風に吹かれて飛んでいく。
「待って、下さい…」
呆然とヴェガは呟く。
何に対しての言葉か分からなかった。
ルーセットは死んだ。
ヴェガを助けて殺されたのだ。
「どうして…」
どうしてヴェガを助けたのか。
何よりも自分を優先するエゴイストではなかったのか。
ヴェガのことなど、どうでもいいと思っていたのではなかったのか。
そう尋ねようと思っても、もう彼は答えない。
「う、ああああ……」
決して善人ではなかった。
それどころか、恨みを抱かれることも多かっただろう。
だが、夢に対しては愚直なほどに真っすぐで、
その隣は心地よかったのだ。
「…これで終わりか。所詮はお前も、運命には逆らえないってことか」
少しだけ寂し気に遺灰を見つめ、モールは言った。
その視界にヴェガは入っている筈だが、見えていない。
絶望するヴェガなど、初めから眼中にないのだろう。
『運命とはそう言う物だ。よく運命は変えられると言う人間がいるが、生物と言う物は生まれた瞬間から人生が決まっている』
「………」
『お前はプラニスフェルに選ばれた。ならばコレは全て、起こるべくして起こったことなのだ』
「…分かっているよ、クロ」
『分かれば良いのだ。お前には使命があることを忘れるなよ』
言い残すとクロは再びモールの影へ戻った。
それを冷めた目で眺め、モールは外を見た。
既に『狼座』も完成間近だ。
あと十分としない内に全ての吸血鬼から魂を奪い取れるだろう。
そうすれば、全てが終わる。
「恋人を隔てる壁。恋人を繋ぐ架け橋…」
「………」
「正道を歪める、星屑の川よ」
聞こえる詠唱にモールは目を向ける。
表情を消したヴェガが、無心で言葉を呟いていた。
その周囲には先程とは桁違いの星屑が輝いている。
元々イクリプスと言うのは詠唱をした方が威力が上昇するが、それでも星屑の輝きは激しすぎた。
ルーセットを失った絶望やモールに対する憎悪が影響してか、イクリプスが進化している。
「ヴォワ・ラクテ!」
言葉に呼応して、ヴェガから星屑が放たれる。
それは地上に描かれる流星群。
ネズミが通る隙間もない星屑の軌跡がモールへ襲い掛かった。
「この程度じゃあ俺っちの敵にはなれねえな」
モールは地面から生やした杭の先端を掴み、床を蹴った。
一気に伸びる杭と共にモールは空へ跳躍する。
ヴェガの放った流星群は、目標を失って杭を削り取った。
「くっ!」
すぐにヴェガは空へ目を向ける。
空から落下するモールへ照準を合わせ、星屑を集中させる。
しかし、その素直過ぎる動きをモールは予測していた。
床に残された影が一直線に伸びる。
上に集中するヴェガはそれに気づかない。
「インペイルメント」
嘲るような失笑と共にモールは告げる。
足に影が触れた頃になってそれに気付くが、既に手遅れだ。
自身を転送できず、機動力が低いヴェガでは回避が間に合わない。
モールの影から杭が立ち上る。
弾丸のように早い杭は、ヴェガの心臓を正確に貫く。
その筈だった。
「………?」
落下したままモールは空中で首を傾げる。
突き出た杭の先端にヴェガの姿はない。
それどころか、血液すら付着していない。
ヴェガの姿を見失った。
「…………」
あのタイミングはどう考えても躱すことが出来なかった。
にも関わらず、ヴェガは杭を躱してモールの視界から消えた。
考えられる理由は、
「ヴォワ・ラクテ!」
その声はモールのすぐ傍から聞こえた。
視界の端に、輝く星屑が見えた。
落下するモールに並ぶように、ヴェガが浮かんでいた。
「自分を転送した?………イクリプスが、そこまで進化を…」
「空中なら躱せないでしょう!」
ヴェガの手から閃光が放たれた。
重力に引かれて落下するモールは身動きすら出来ない。
極大の流れ星がモールの胸を貫いた。
それはモールの心臓を貫通し、彼方へと飛んで行った。
「カ、ハ…」
ぽっかりと胸に穴が空いたモールが地に落ちる。
モールの身体が力なく床に叩き付けられる。
心臓は吸血鬼の急所だ。
高い再生力を持つルーセットですら二度目の再生は出来なかった。
能力特化型のモールが耐え切れる筈がない。
本来ならば…
「くふふふ………イイ一撃だったぞ」
「………」
モールの笑い声を聞いても、ヴェガの顔に驚いた様子はなかった。
その視線は再生しつつあるモールの心臓と、プラニスフェルへ向けられている。
恐らく、次の手を考えているのだろう。
冷静にモールを殺す為の作戦を練っている。
「はあああ…いいぜ、この感覚。血が流れ、体温が下がるのを感じる。俺っちはまだ、生きている」
完全に再生した胸を抑え、笑みを浮かべる。
心臓を貫かれる感覚、死の感覚。
プラニスフェルが無ければ確実に死んでいた。
「くははは! 俺っちが憎いかヴェガ! ならばお前は俺っちの敵だァ!」
「ッ!」
「人生ってのは障害があるからこそ輝くんだ! お前は俺っちの障害に成り得るかァ!」
「…………」
その身を杭に貫かれながらリコルヌは無力感に苛まれていた。
目の前でヴェガとモールが戦いを繰り広げている。
リコルヌよりずっと華奢に見える少女が、愛しい者を殺された復讐を胸に戦っている。
それに比べて自分は何だ。
最も大切な家族を殺され、今も家族の命が失われようとしているのに何もできない。
「……ッ」
この杭が何だと言うのか。
こんな物で拘束されずとも、リコルヌは無力だ。
イクリプスすら持たない貧弱な身体。
モールに立ち向かったところで、絶対に勝てない。
「…違う」
無意識の内に呟く。
違う、違うのだ。
勝てるから、戦うのではない。
ファミーユの家族達も、勝利する自信があるから戦っているのではない。
全ては家族を守る為。
家族に迎えてくれたリコルヌを守る為。
「………」
そう思うと、不思議と力が湧いてくるような気がした。
いや、勘違いではない。
本当に身体から魔力が溢れてくる。
傷が再生し、杭が軋む音がする。
「………コレは…」
すぐ隣にアミティエがいるような気がした。
アミティエだけではなかった。
他にも多くの魂がリコルヌの傍に集まっていた。
吸血鬼は魂を分け与えることで眷属を作り出す。
そして逆に、眷属が死ぬと魂は吸血鬼へ戻る。
分け与えていた魂が、家族の魂と共にリコルヌへ帰還する。
その絆は、プラニスフェルを使っても奪うことが出来ない。
「見ていてくれ、皆」
リコルヌは穏やかな声で呟いた。




