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モンストル  作者: 髪槍夜昼
闘争と悪意の狂戦士
55/136

第五十五夜


「ルヴナン卿の為に、謀反者に粛清を!」


「リコルヌ様の為に、ファミーユを守れ!」


夜を照らすアンスタンとモールの戦いを中心に、ファミーユとルヴナン派が衝突した。


ルヴナン派の吸血鬼達がリコルヌのいる屋敷に正面から攻め込む。


その数はファミーユの倍の二百。


コカドリーユの援軍を警戒しているのか、好戦的な者が選抜されている。


口々に気取った口上を述べ続けるルヴナン派。


ファミーユの防衛軍を率いるボアは、それを静かに見つめた。


「『ルヴァン』」


小さく呟かれた言葉と共に、葡萄のような泡が発生する。


ふわふわと浮かぶシャボン玉は、ボア達を守るように展開された。


「こんな物!」


ルヴナン派の一人が邪魔を退けるようにシャボン玉を薙ぎ払う。


強化された右腕が触れると、シャボン玉は容易く弾けてしまった。


嘲笑を浮かべた吸血鬼の顔に、弾けたシャボン玉が付着する。


「ははは! この…てい、ど……?」


紫の液体が肌に触れた途端、吸血鬼の目が混濁した。


焦点がブレて何も見えなくなる。


フッと意識を失ったように吸血鬼の身体が力なく倒れた。


「おい! どうした、しっかりしろ!」


「触れるな! 毒の泡だ!」


警戒したルヴナン派が足を止める。


シャボン玉の防衛網を抜けてボア達に攻撃を仕掛けようとするが、風に乗って漂うシャボン玉の動きを読むことは出来ない。


攻めあぐねる吸血鬼達は苛立った目でボアを睨んだ。


「こんなシャボン玉に怯えるなんて、貴方達も大したことないんですね」


挑発するように笑みを浮かべてボアは言った。


「ふ、ふざけるな! 調子に乗りやがって!」


「イクリプスだ! 近付かずに攻撃すれば問題ない!」


格下に挑発され、プライドの高いルヴナン派は冷静を失った。


乗せられているとも知らずに、身体から紫電や火花が放って怒り狂う。


「雷よ!」


一人の吸血鬼が叫び、雷鳴が轟く。


離れた距離から攻撃すれば、ボアは何もできない。


虚空を漂うシャボン玉は動きが読み辛いが、その速度は遅い。


ボアが何をするよりも早く、遠距離攻撃が敵を殲滅する。


「…あ?」


そう確信した時、強い風が吹いた。


目も開けていられない旋風。


タイミングを逃した吸血鬼達の攻撃が、不発に終わる。


「ただ風を起こすだけの能力か! どいつもこいつも下らな…」


パチン、と何かが破裂する音がした。


顔に感じた冷たい感覚に、吸血鬼達は青ざめる。


その頬に、腕に、足に、紫色の液体が付着していた。


「確かに、一人一人の能力は弱いかもしれない。シャボン玉を生み出す能力も、風を起こす能力も、一人では貴方達のようには戦えません」


ぐにゃり、と思考が溶けて吸血鬼達の意識は混濁していく。


「だからこそ協力するのです。この結束があるからこその『家族ファミーユ』です」


ボアがそう告げた時、吸血鬼達は崩れ落ちた。








「全く、最近の若い者は根性が足りないな」


同じ頃、ファミーユの屋敷の裏側でクリュエルは呟いた。


屋敷の正面の光景が見えているかのように、大きくため息をつく。


その周囲には、裏口を防衛していたファミーユの眷属が瀕死で転がっている。


「こんな人生の大先輩が頑張っているってのに、酒でダウンなんて不甲斐ない」


嘆くように呟きながら、クリュエルは辺りに目を向けた。


瀕死の眷属達を血の獣が嬲っている。


鉄臭い息を吐きながら獣が眷属の首を噛む。


その度に眷属は小さな悲鳴を上げた。


そう、ファミーユの眷属達は生きているのだ。


クリュエルは敢えて加減して彼らを殺さなかった。


その理由は当然、慈悲ではない。


「二匹だけじゃ、足りないかもな」


犬や狼の姿をした二匹の獣を見て、クリュエルは静かに呟いた。


周囲に転がるファミーユの眷属を見下ろす。


「貪れ」


ぼきり、と骨が折れるような嫌な音が響いた。


血の獣達が獰猛に口を開き、ファミーユの眷属を『咀嚼』し始めたのだ。


カサブタのような色の牙を使って、獣達は吸血鬼を喰らう。


『悪食』の異名を思い起こさせる光景だった。


血と肉と骨を喰らい、獣達の身体が大きく膨らむ。


膨張した血の獣は水風船のように破裂した。


「血よ。我が分身よ。罪を喰らう獣となれ」


体積の増した血液が鳥のような輪郭を作る。


硬質化した血の鳥達。


鋭い爪と嘴を携え、骨のような翼を広げる。


「『ルキゥール』…行け」


命令と共に血の鳥達は翼で羽搏き、屋敷内へ飛び去った。


自身の血を操る『ルキゥール』には、獣を作る程に消耗する欠点がある。


初見のルーセットにすら指摘された欠点を、百年以上生きるクリュエルが自覚していない筈がない。


その対処法の一つが、獣達に別の吸血鬼を喰わせることだった。


「ヒュー! 中々イカす能力の使い方だなァ! 流石は悪食の先輩だぜ」


「…モールか。その名前は嫌いだと言っただろう。獣達に餌をやってはいるが、自ら吸血鬼を口にしたことはない」


突然現れて拍手するモールにクリュエルは顔を顰めた。


そもそも『共食い』とは吸血鬼が見境なく同族の血を啜って、魂を奪い取る行為。


似た行為をしているが、同じにされるのは心外だった。


「それよりも、先程まで戦っていた奴はどうした?」


「いやー、ちょっとやることあったから隙を見て逃げてきたんだ」


「………驚いたな。戦闘狂モールに戦いよりも優先することがあったとは」


「先輩、俺っちのこと馬鹿にしてない?」


と言いつつ、モールはけらけらと笑っている。


あちこちから聞こえる悲鳴と怒号。


戦争の音色にモールのテンションは鰻登りだ。


「まあいい。何を優先するかは知らないが、任務を忘れるなよ」


「了解。何、旦那が到着する頃には全て終わっているさ」


意味深に笑いながらモールは屋敷内へ走り去った。


ファミーユの戦闘員は殆ど外に出ており、屋敷内には一部の護衛と非戦闘員しかいない筈。


モールの望む相手がいるとは思えないが…


「…そう言えば、蝙蝠を見かけていないな」








「全く、ルーセットもフェーもどこにいるのですか!」


屋敷内の廊下を走りながらヴェガは叫んだ。


襲撃が起きてからずっと屋敷内を探し回っているが、二人とも会うことが出来ない。


血の臭いを辿ろうにも、この戦場は血の臭いが濃すぎる。


苛立ちながら走るヴェガの横を、負傷したファミーユがすれ違った。


再生力が高くないのか、負傷した所から血が零れている。


その臭いがヴェガの探索の邪魔をする。


「フェーはともかく、ルーセットは絶対に屋敷内にいると思うのですが」


トラブルを嫌うあの弱虫男が、自ら外に出るとは思えない。


恐らく、混乱に乗じて姿を隠しているのだろう。


「レーヴ! レーヴ、どこにいるの!」


その時、ヴェガの隣をまた違う人物が通った。


泣きながら名前を叫ぶ少女は、どこか見覚えがある。


確かモールの襲撃で負傷し、フェーと共に手当を受けていたファミーユの少女だ。


「あ、お姉さん! レーヴを見なかった? さっきまで一緒にいたのに、いなくなったの!」


「…知りません。それよりもあなたは避難しなさい」


戦場でこんな少女が一人歩き回るなど、自殺行為だ。


険しい顔をしてヴェガは下へ続く階段を指差した。


非戦闘員の避難先は、地下だと聞いている。


「で、でも、レーヴが!」


「うるさい。いいから早くあなたは…」


言いかけて、ヴェガは言葉を止めた。


長い廊下の向こう側から、巨大な鳥が迫ってきていた。


赤黒い血の怪鳥が数匹、翼を広げて近づいてくる。


大きく口を開けた怪物の狙いは、目の前の少女のようだった。


「くっ…『ヴォワ・ラクテ』」


「え…?」


咄嗟にイクリプスを使い、少女へ星屑を放つ。


地下の様子を知らなった為、少々危険だったが今よりも悪い結果にはならないだろう。


間一髪、怪鳥の爪が触れる直前に少女は地下へ転送された。


残る問題は、ヴェガ自身。


自身を転送できないヴェガは、一人でこの怪鳥達と戦うしかない。


「…?」


そう身構えた時、怪鳥達はヴェガを無視して飛び去った。


まるでヴェガの姿が見えていないかのように。


初めからヴェガは狙いから外れているかのように。


「血の、獣………クリュエル?」


廊下の向こうに消えてしまった怪鳥を眺めながら、ヴェガは呟いた。

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