第五十四夜
「さて、行くか」
鼻歌でも歌いそうな程に機嫌良くモールは言った。
未だ片目は潰れ、火傷の跡は残ったままだが、問題はなかった。
その手に杭槍を握って、酷薄な笑みを浮かべる。
「正義の粛清を始めよう、串刺し狂」
モールの横で、クリュエルも薄っすらと笑みを浮かべた。
これから始まる戦いにモールとは違う理由で歓喜しているようだった。
「向こうも散らばっていた戦力を集めているみたいだ。俺っちの置き土産が効いているみたいねェ」
「好都合だ。後々、生き残りを探す手間が省ける」
「旦那も重い腰を上げて、戦力を惜しまなかった訳だし。これは本格的な戦争じゃねえか!」
笑い合う二人の後ろには、ルヴナンの派閥が広がっている。
各々がルヴナンに深い忠誠を誓う吸血鬼達。
その中には、クリュエルと同じ大戦を生き抜いた吸血鬼もいた。
「正義は我らにあり。ルヴナンの名の下に、好きに暴れろ」
テンガロンハットを被り直し、クリュエルはモールへ笑みを向けた。
「正義ねェ………勝てば官軍、弱肉強食。弱いってのは、悪だよなァ」
ふざけた調子で笑うモール。
クリュエルが何かを言う前に、地面を蹴った。
「それじゃ、一番槍は俺っちが任されましたー!」
地面から次々と杭を生やし、それを蹴りながら突き進む。
長さを調節した空の足場を駆け抜け、殺意を込めた目で前を見た。
その視線の先には、ファミーユの屋敷があった。
「一番槍って言うか、一番杭か? くはははははは!」
「な、何だ…!」
ファミーユの門番が声を上げた。
地響きのように大地が揺れ、それが段々と大きくなっている。
異変に気付いた者達が屋敷から顔を出す。
「いィィやっほー!!」
楽し気な声と共に、弾丸のような速度でモールが飛んできた。
その声を、その姿を確認して、ファミーユの者達に緊張が走る。
注目をされながらモールは杭を前に突き出し、それでブレーキをかけて止まった。
「こんばんは! 久しぶり! ただいま! どの挨拶がいい? まあ、どれだろうと友好的な挨拶とはならねえだろうけど! げははは!」
「も、モール…」
「開戦を告げに来たぜ。強い奴は表に出なァ! いや、やっぱりこっちから行ってやるぜェ!」
早口でまくしたてながら、モールは地面に杭を刺した。
杭に貫かれた地面と影が揺らめく。
不穏な気配を感じるが、周囲の者は恐怖で動けない。
「立ち上る影よ、極刑の杭と…」
「燃え盛る炎よ、火刑の剣となれ!」
詠唱するモールに被せるように、声が聞こえた。
何、とモールが首を傾げるよりも先に熱を感じる。
夜闇を照らす光が迸った。
「フランベルジェ!」
ゴォッと空気すら燃えつくすような炎がモールを襲う。
顔の火傷跡が疼くのを感じ、モールはその場から飛び退いた。
地面に刺さったままの杭が炎に包まれ、一瞬で灰に変わる。
自然界では有り得ない、恐るべき火力だ。
「詠唱中は攻撃しない約束を知らないのか、アンスタン?」
「モール! プラニスフェルを取り返しに来やがったのか!」
「くふふ…俺っちじゃなくて、ルヴナンの旦那が欲しいんだよ」
怒り狂うアンスタンを嘲笑うように、モールは笑みを浮かべた。
答え合わせをするように人差し指を立てる。
「俺っちはもう要らなかったからな。だから、お前達にプレゼントしたんだ」
「何だと! なら、お前はわざとプラニスフェルを…」
「ウィ。その通りだ! オネットの魂が入っていると言えば、リコルヌは手放せなくなると思ったのさ!」
得意げに笑いながら、モールは自身の計画を告げた。
リコルヌの意思とファミーユの結束、その両方を利用した計画。
全てはこの戦争を引き起こす為の計画だと。
「…まさか、オネットの魂が入っていると言ったのは」
「真っ赤な嘘! オネットはごく普通に、俺っちの杭に突かれて死んだよ!」
チリ、と周囲に火花が散った。
遅れて息苦しさすら感じる、業火が辺りを包み込む。
「モール! テメエだけは絶対に許さねえ!」
「良い殺意だ! もっと全力で来い! 人間を超えて、化物になれ!」
大地が揺れ、無数の杭が林のように立ち上る。
それを躱しながら、アンスタンは手に握った炎を振るう。
波打つ炎の剣は、木製の杭を勢いよく燃やし尽くした。
「くはははは! 熱い熱い! だが、まだまだ俺っちは死なねえぞ!」
「焼き尽くせ『フランベルジェ』」
「串刺せ『インペイルメント』」
辺り一帯を破壊する魔力のぶつかり合い。
それが、開戦の合図だった。
「…思ったよりも、早かったみたいだな」
窓の外を見てルーセットは冷静に告げた。
外で起きている轟音は、モールとアンスタンの戦いの音だ。
遠く離れた場所から別の吸血鬼の臭いも感じる。
ルヴナンが本格的にファミーユを滅ぼしにきたのだ。
こうなる前にコカドリーユを呼びたい所だったが、既に遅い。
ファミーユだけでは、ルヴナンの戦力相手に戦えるかどうか。
「さて、俺はどうするか」
この場に残ってファミーユの為に戦う義理はないが、このままルヴナンにプラニスフェルを奪われるのも気に食わない。
ファミーユにある時よりも、入手が困難になることは確実だろう。
逃げるにしても、プラニスフェルを確保しないことには…
「…まずは、ヴェガと合流するか。何をするにしてもあの能力は役に立つ」
「戦えない者達は急いで避難して! 屋敷の奥に!」
リコルヌは指示を出しながら、外を見る。
外では未だ火花と杭が舞い、魔力と魔力がぶつかる轟音が響いていた。
アンスタンはあの中で戦っている。
彼はファミーユの中でも一、二を争う実力の持ち主だが、敵も相当な実力者だ。
それに、着々と他の吸血鬼達も近付いている。
急いで非戦闘員の避難を終わらせて、戦いに備えなければならない。
「リコルヌ様」
焦るリコルヌを落ち着かせるように穏やかな声がかけられた。
リコルヌの後ろで、恰幅の良い紳士が笑みを浮かべている。
「私は戦える者を率いてアンスタンの援護に向かいます」
「…ボアか。そうだね、よろしくお願いするよ」
「ええ。この戦い、必ず貴方に勝利を捧げます」
普段の落ち着いた顔に確かな決意を込めてボアは呟いた。
戦い、勝利…
そう、既に戦いは始まってしまったのだ。
「………」
リコルヌは手の中にあるプラニスフェルを見つめた。
コレを巡って、大きな戦いが起ころうとしている。
この戦いに勝利することが出来るだろうか。
戦いが終わった時、命を落とす者はいないだろうか。
「ぐるる…」
励ますようにアミティエが低く唸った。
その大きな頭に手を置き、リコルヌは目を前に向けた。
今更後悔をしても意味はない。
今のリコルヌに出来ることは、全力を尽くして犠牲を減らすこと。
泣こうが喚こうが、戦いは始まってしまったのだから…




