第五十三夜
百年前の大戦時、戦いから逃れた者達がいた。
争いを嫌った者、死の恐れた者、同族を殺すことを躊躇った者、
それぞれの理由で戦いから逃げた吸血鬼達は、人間社会へ潜んだ。
人間に成り済まし、羊の中の狼を気取って狩りを繰り返す吸血鬼。
彼らは支配者としての生活に味を占め、やがて同族の世界に興味を失った。
「………」
『フォリー』と言う名の純血の吸血鬼がいた。
彼もまた、戦いから逃れた者の一人だった。
リスクの高い同族との戦いを恐れ、天敵のいない世界を支配することに悦びを見出した吸血鬼だった。
太陽から隠れて夜を支配した彼は、多くの人間で遊んだ。
戦争が終わって五十年。
当時、彼が耽溺していた遊びは、
人間の女に自身の子を産ませることだった。
「………」
それは正しく気まぐれだったのだろう。
自身の自尊心を満たすこと以外、何の意味もない行為だったのだろう。
吸血鬼と人間のハーフを作ることにも僅かな好奇心があったのかもしれない。
その結果、
リコルヌは世界に生まれ落ちた。
リコルヌは誰からも望まれずに生まれてきた。
母親はリコルヌを産んですぐに狂死し、父親は行方も分からぬ吸血鬼。
その身に宿る吸血鬼の血が人間から遠ざけ、太陽から嫌われる。
その身に宿る人間の血が吸血鬼から遠ざけ、月からも見捨てられた。
陽光を苦手としながら、月の魔力を使うことも出来ない。
太陽からも月からも愛されず、リコルヌは生きてきた。
その額に生える角と赤い瞳が混血児である事実を周囲に告げ、リコルヌは敵意と殺意を向けられ続けた。
「いたぞ! 吸血鬼のガキだ!」
「我らが太陽の信仰の下に、処刑しろ!」
「ッ!」
人間は脆く弱い家畜だが、愚かな訳じゃない。
自分達の血を狙う者の存在を薄々感じ取っている者達もいる。
その者達は幾度もリコルヌを追い回し、悪魔の子だと罵った。
「ぐっ…うう…ッ」
銀のナイフで傷つけられた傷から痛みが広がる。
友達とか家族とか、どこに行けば手に入るのだろうか。
自分を理解してくれる人間は、いつになれば現れるのか。
「……あ」
寝床にしていた公園に戻り、リコルヌは小さく声を上げた。
遊具の傍に見知らぬ犬の死骸があった。
大型犬のようだから、もしかしたら飼い犬だったのかもしれない。
近くによって眺めると特に目立った傷跡はなかった。
「病気、かな。君も運が悪いね」
血の跡もない体に触れると、冷たい温度が伝わった。
死の感覚。
リコルヌも彼らに捕まえれば、こうなってしまう。
「………死にたくないなぁ」
その時、リコルヌの傷口から血が一滴零れた。
リコルヌに宿る純血が、倒れる犬に付着する。
ドクン、と犬の身体が大きく震えた。
「ッ! まさか生きて…!」
メキメキと犬の身体が大きく膨らみ、力なく閉じていた口が開く。
大きく開いた口からサーベルタイガーのような牙が生えていた。
「うわ、うわああ! な、何? 何が起こってんの?」
大型犬の死骸から変化した犬に似た怪物は、真っ赤な目でリコルヌを見た。
荒々しい息を吐いた後、ゆっくりと頭を下げる。
それはまるで、飼い主が撫でることをせがむ様な仕草だった。
「き、君は…もしかして、僕がやったの? 僕の血が…」
巨大な犬は肯定するように吠えた。
「そうなんだ。それじゃ君と僕は血を分けた兄弟なんだね………そっか」
リコルヌは大人しくなった犬の頭を撫でながら、笑みを浮かべた。
友達とは家族とは、待っていても手に入らない物なのか。
こうして自分で作る物だったのか。
「…そうだ。名前を付けてあげないとね」
ポンポンと頭を優しく叩いてリコルヌはファミーユの最初の一人に言った。
「友情と言う名前はどうかな?」
「………」
リコルヌは自室の椅子に座り、今までのことを思い返していた。
狂った吸血鬼と人間の間に生まれ、周囲に疎まれながら生きてきた人生。
今でも人間のことは憎いが、自分の人生全てを否定するつもりはない。
「ぐるる…」
心配そうに唸ったアミティエの頭を優しく撫でる。
アミティエと出会い、アンスタンと出会い、ファミーユの皆と出会ったことは何よりの幸福だ。
友達も家族も、何もなかった自分を愛してくれたファミーユには、心から感謝している。
だからこそ、誰一人として失わせない。
例え誰を敵に回そうとも、オネットは絶対に取り戻す。




