第四十六夜
「フロドゥールって本当に口が上手いね。詐欺師みたい」
「それ褒めてるの? か弱い俺はこうすることでしか生きていけないんだよねぇ」
リコルヌの許可を貰い、割り当てられた部屋へ戻ったルーセットは自虐するように言った。
三人の為に用意された部屋は、少し古いがそれなりに良い一室だ。
太陽を遮る為の分厚いカーテンもあるし、二人でも持て余しそうなベッドが三人分も用意してある。
高級感のある家具の品々を見て、ルーセットは何となく以前住んでいたホテルを思い出した。
近くに備え付けてあった葡萄酒を取る。
「フェーも一杯どう?」
「私はいらなーい。あのお爺さんのシャボン玉受けてから頭がガンガンするの」
そう言えば、フェーとヴェガの二人はボアの攻撃を受けていた。
ボア曰く、酩酊状態になるだけなので気にしていなかったが、
頭痛を抑える様子から、それなりにダメージが残っているようだ。
「ヴェガの方は大丈夫?」
コルク抜きを探しながらヴェガに声をかける。
どうやらこれは血の入っていない普通の葡萄酒のようだ。
たまにはそれも悪くない。
「私は大丈夫です。父様」
「………………………………今なんて言った?」
ルーセットは葡萄酒を落としかけた。
いつもより熱っぽいヴェガの口から有り得ない言葉が出た。
驚愕に目を見開くルーセットを、ヴェガは頬を赤らめて見つめている。
「父様。私にもそのお酒を下さい。父様と家族の仲を深めたいのです」
「あ、ああ………いや、駄目だ駄目だ! これ以上酒を飲むな!」
「どうしてですか。どうしてそんな意地悪を言うのですか? 私が嫌いなのですかぁ…」
泣きそうな顔をしたヴェガを見て、ルーセットは戦慄する。
酔っている。
確実に、キャラがぶっ壊れるレベルで泥酔している。
酒を渡しては駄目だ。
これ以上ヴェガに酒を飲ませれば、どうなるか分からない。
「いえ、本当は私、分かっているんです。これがあなたの愛だと言うことを。あなたは愛する者ほど意地悪してしまう性の持ち主だと」
「……………ま、まあ、否定しないけど」
「それに私、最近あなたにイジメられると少し嬉しくなって。あなたが構ってくれると幸せで…」
何やらヴェガの告白大会が始まった。
普段あまり自分を語らない分、酔って饒舌になっている。
コレはマズイ。
このままではヴェガが正気に戻った後に自害してしまう。
「と言うか何で父様?」
フェーが空気を読まず能天気に尋ねる。
「私が父様の眷属だからです。それに父様は、初めて私に優しくしてくれた方だから」
「眷属って…ちょっとフロドゥール!? 聞いてないんだけど!?」
今更ながらフェーが驚愕する。
言われてみれば、フェーに詳しく二人の関係を話したことはなかった。
純血であり眷属でもあるなど、意味不明なので説明が面倒臭かったことも理由の一つだが。
「最近の父様はフェーにばかり構って………私のこともイジメて下さい」
「……………………」
(…育て方を間違えたかもしれない)
熱に浮かされたように縋り付くヴェガを見て、ルーセットは何とも言えない顔をした。
「…ルーセットは、無事に侵入出来ているだろうか」
同じ頃、コカドリーユはアジトの一室で呟いた。
コンクリートで出来た部屋は監獄のように閉塞感があるが、コカドリーユは我が家のように寛いでいる。
古びた椅子に荒々しく座り、窓から月を見上げた。
あの戦争が終わってから百年。
戦争の『遺物』を探し始めたルヴナンに遅れて、コカドリーユも長年探し続けてきた。
ルヴナンとコカドリーユ、二大派閥が長い時をかけて探しても手掛かり一つ見つからない。
恐らく、遺物は吸血鬼界には存在しない。
遺物は吸血鬼が生息する領域外に出てしまったのだ。
人間社会の中へと。
「………」
『ファミーユ』は主に人間社会を中心に活動している。
純血に与えられる役目として、リコルヌは『人間の監視』を任務としているからだ。
多くの眷属を人間社会に派遣しているファミーユには、どこよりも人間社会の情報が入ってくる。
十年間、人間社会に溶け込んでいたルーセットよりもだ。
難点は、眷属同士の結束が強すぎるあまり他の吸血鬼に排他的になっている所だが…
まあ、ルーセットなら上手くやってくれるだろう。
残る問題点と言えば…
「…プーペ」
誰もいない一室で、コカドリーユは呟いた。
近くにその人物の影はないが、声は魂に乗って繋がる。
『何ですか、コカドリーユ』
眷属と主人の魂の繋がりを通じて、プーペの声が届いた。
プーペが特殊な吸血鬼である為に出来る芸当だ。
「今、どこにいる?」
『命令通り、比較的人の多い町を捜索中ですよ』
やや疲れたような声でプーペは答えた。
「…ソルシエールはまだ見つからないのか?」
『どうやら上手く隠れているようで、手掛かり一つ見つかりません』
プーペの言葉にコカドリーユは渋い顔をする。
遺物は人間社会に存在する可能性がある。
その推測に至った時、最初に思ったことが『ソルシエール』だった。
四人目の純血、ソルシエールは人里離れた森の中や人間社会を気まぐれにうろつく魔女だ。
もしかしたら、遺物に関する情報を持っているかもしれない。
「………」
だが、それ以上にコカドリーユはソルシエールを警戒していた。
遺物を手に入れれば、コカドリーユはルヴナンに戦争を仕掛けるだろう。
その時、ソルシエールがどう動くのか。
それを非常に警戒していた。
「…あと数日探し、見つからなかったら戻ってくれ」
別にソルシエール自体が強大な魔力を持っている訳ではない。
むしろ、百年前の戦争ではルヴナンとコカドリーユの活躍に隠れていた。
しかし、コカドリーユの直感的な部分がソルシエールを警戒していた。
何せ、彼女は…
かつて仲間であった誰にも自身の能力を教えていないのだ。




