第四十五夜
「…確かに遺物はここにあるけど、君に渡す訳にはいかない」
考え込むように沈黙した後、リコルヌは言った。
ルーセットの言った『封印』と言う言葉を気にしているのだろう。
「モールはコレは魂を取り込む物だと言っていた。オネットの魂も取り込んだと、だとすればそれを助けることが出来るかもしれない」
あくまで希望的観測だが、リコルヌの持つ『遺物』の中にはオネットの魂が残されている可能性がある。
ルーセットの言うように封印されてしまえばオネットの魂は消えてしまう。
僅かな希望すらも途絶えてしまう。
それはリコルヌにとって認められることではなかった。
「コレが危険な物であることは理解している。だけど、本当にオネットは助けられないのか…それを調べるまで待って貰えないかな」
懇願するリコルヌの目には、何の悪意もなかった。
ただ家族の死が受け入れられず、僅かな可能性に賭けたい。
そう願う純粋な目だった。
そんな視線を向けられ、ルーセットは困ったように笑った。
「分かりましたよ。オネットのことは、私も知らない訳ではないんだ。共に助ける方法を探しましょう」
「ありがとう。オネットは良い友人を持ったようだね」
嬉しそうに笑みを浮かべたリコルヌが右手を差し出す。
それにルーセットは笑顔で応え、その手を握ろうとする。
直前に、隣にいたアンスタンに阻まれた。
「…胡散臭え。何を企んでやがる」
敵意と警戒心が込められた目でアンスタンはルーセットを睨んだ。
貼り付けたような笑顔が胡散臭い。
いつの間にか自分も居座ろうとしている態度が胡散臭い。
こちらの肯定ばかりする言動が胡散臭い。
「俺はなぁ。人間だった頃から嘘には敏感なんだ。お前の言葉は嘘ばっかりに聞こえるぜ!」
「それは誤解ですよ。私は本当にオネットを救いたいと…」
ルーセットはアンスタンに目を向け、安心させるような笑みを浮かべた。
アンスタンは益々に不審そうに顔を顰める。
「……………………」
(…たまーにいるんだよな。こう言う嘘とか演技とか、こっちの努力をあっさり見破る本能馬鹿が)
仮面の笑みを貼り付けたままルーセットはため息をつきたくなった。
話の流れから素直に渡すのを渋りそうな雰囲気だったから、同情するフリをして盗み出す作戦に切り替えた所だったのに。
聞いていた通り素直な性格だったので、適当に騙すつもりだったが…厄介なことになった。
このままだと屋敷を追い出されかねない。
それは避けたい所だった。
「オネットは俺達だけで救い出す。テメエはとっとと帰りやがれ!」
アンスタンはチンピラのように吐き捨てた。
リコルヌはそれを咎めるような目をしているが、取り敢えずは口を出さずに様子を見守っている。
「………」
『オネットの心優しい友人』ではこの辺りが限界だ。
ファミーユには人材が揃っているので、人手は足りている。
本当にオネットの命だけを心配しているなら、素直に帰るべきだ。
これ以上強く出れば、何か企みがあると自白しているような物だろう。
「…はぁ、仕方ない。これでも正体不明の吸血鬼なんだけどなぁ…」
ルーセットは演技をやめて素の表情に戻った。
貼り付けていた笑みを崩し、堂々とため息をつく。
『路線変更』だ。
「それで? ファミーユには吸血鬼歴が十年を超えた者が何人いるんだ?」
「何?」
質問の意味が分からない、とアンスタンは首を傾げた。
それを見てルーセットは深い笑みを浮かべる。
「十年以上生きている吸血鬼は何人いるか、と聞いたんだ。百を超える眷属と豪語するが、その殆どは数年しか生きていない『成り立て』なんだろう?」
確信を持ったようにルーセットは言葉を続ける。
三人の様子を見守っていた他の眷属達も威圧されたように硬直した。
「な、何故それを…」
「簡単な話だ。リコルヌは俺がティミッドを殺してから見つかった純血なんだろう? これだけの眷属を従えていれば、それまでノーマークである筈がない」
千里を見通すルヴナンのことだ。
急速に吸血鬼が増える場所があれば、すぐに調査に向かうだろう。
十年前にティミッドが殺されるまでルヴナンの目を逃れていたと言うことは、その時にはまだファミーユは結成されていなかった。
「つまり、ファミーユはここ最近の十年で集められた者達だ。と言うことは、殆どは十年も生きていないガキ共ってことだろう」
「誰がガキだ! そう言うテメエだってそんなに変わらないように見えるぜ!」
激怒したアンスタンが叫ぶ。
思わず殴りかかろうとした時、ふとルーセットの言葉を思い出した。
「待てよ、お前…今、ティミッドを殺したって言ったか?」
「ああ、そうだ。俺は『蝙蝠』だ」
裏切り者の意味を持つ異名を誇るように、ルーセットは告げた。
アンスタンは瞬時にリコルヌを庇うように前に出る。
「やっぱりテメエは信用ならねえ! 今度はリコルヌを殺す気か!」
「そんな気はない。それより良いのか? この俺が、お前達に協力してやると言っているのだぞ?」
やや演技に熱が入りながらルーセットは酷薄な笑みを浮かべる。
「数多の吸血鬼を欺き、集めた知識はお前達の誰よりも優れている。その俺がそちらの願いを聞いてやろうと言っているのだ」
「ぐっ…信用出来ねえよ!」
「信用する必要ない。俺はただ、それに興味があるだけだ。そのついでに内部に魂が残っていれば助ける手助けをしてやる」
いつの間にか立場が逆転していることにアンスタンは気付いていなかった。
蝙蝠の悪名と、ファミーユの吸血鬼に対する理解力の低さ。
その二つを利用して、ルーセットは強大な魔力を持つ悪人を演じる。
実際はアンスタンに瞬殺される程度の小悪党なのだが…
「分かったよ。君をファミーユに迎えよう。蝙蝠君」
「リコルヌ!?」
「ああ、よろしく。それと俺のことはルーセットと呼んでくれ」
改めて握手を交わす二人。
何か言いたげなアンスタンを視線だけで黙らせて、リコルヌはルーセットを見た。
「僕はアンスタンみたいに嘘を見抜ける訳じゃないけど、人を見る目だけはある方だよ」
「ほう? それで?」
「君は凄く純粋な心を持っている。口では嘘をつくが、自分の本心は偽らない。心を曲げない」
リコルヌは全てを見透かすような笑みを浮かべる。
「そして、死を恐れるが故に命の尊さを知っている。君がオネットを助けると言ったのは本心だよ」
「…ついでに、な。それを忘れるな」
ルーセットは苦虫を噛み潰したような顔をした。
素直そうに見えて、案外リコルヌも曲者だ。
こちらの言葉を全面的に信じながらも、本心まで見透かしてくる。
やり辛い、とルーセットは小さく呟いた。




