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モンストル  作者: 髪槍夜昼
権力と陰謀の純血
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第三十四夜


そこには何もなかった。


真っ白なカーテン。


消毒液の臭い。


清潔すぎる白い部屋は、何年経とうと何も変わらない。


『………』


カチカチカチ…と時計の針が鳴る。


その音が、ルーセットは嫌いだった。


何も変わらない日々なのに、時が進んでいることを思い知らされるから。


生まれた時からルーセットを蝕む病。


病名すら覚えていないが、自分の身体は誰よりも分かっている。


もう、殆ど時間は残されていないのだろう。


初めは一人で外出することさえ出来たのに、今では歩くことさえ出来ない。


死は突然ではなかった。


ゆっくりと確実にルーセットの身を蝕んでいく。


『………』


死にたくない、と何度も願った。


何で自分が、と何度も呪った。


しかし、どれだけ祈っても何も変わらなかった。


神でも悪魔でもいい、誰か聞き届けてくれ。


毎日毎日、月を見上げて祈り続ける。


『………』


そう、


その夜も、綺麗な月が出ていた。


最初に聞いたのは、微かな足音。


本当に小さな音だったが、眠れずに起きていたルーセットはそれに気付いた。


ぺたぺた、と裸足で歩くような音が廊下から聞こえ、ルーセットの病室の前で止まった。


静かに扉が開く。


『あら…起きている子もいたのね』


それは、妖艶な笑みを浮かべた女だった。


年齢はルーセットよりも年下に見えるが、その赤い目に宿る知性は老熟した賢者のようだった。


クスクス、と口元だけで笑いながら女は興味深そうに寝たきりのルーセットを覗き込む。


『ふーん。顔色は悪いけど、女の子っぽくて可愛い顔立ちね。悪くないわ』


笑みを浮かべた口元から鋭い牙が見えた。


『今夜の夜食は、あなたにしようかしら』


『何を、言っているんだ?』


掠れるような声でルーセットは言った。


声を発したのは久しぶりだった為、自分の声に違和感を覚える。


しかし、問わずにはいられなかった。


『食事よ、食事。あなたの血を私が飲むの。私はヴァンピールなのよ』


『ヴァン、ピール…?』


伝説上の怪物の名を言われ、ルーセットは思考する。


でたらめだ、と否定する気はなかった。


目の前に佇む女の雰囲気が、纏う血の香りが、彼女が人ならざる者であることを直感させた。


故にルーセットが考えていたのは、目の前の人物が本物かどうかではない。


『夜の帝王。不死の怪物。血を啜る死者。人間のイメージなんてそんな所かしら』


不死の怪物、と言う所でルーセットの肩が動いた。


そう、ルーセットが考えていたのはそれだった。


目の前の吸血鬼は、伝承通り不死なのだろうか。


『ま、好きなように思いなさい。血を貰ったら、すぐに消えるわ』


そう言うとヴァンピールはルーセットの眠るベッドに近付いた。


一歩ずつ近づく度にルーセットの心臓の鼓動が早まった。


呼吸が乱れ、興奮している。


それは決して、恐怖からではなかった。


『そうねぇ。あなたの顔って結構可愛いし、血を貰う礼に少しイイ事をしてあげても…』


妖艶な笑みを浮かべてヴァンピールが言った時、ルーセットはベッドから起き上がった。


鈍い足を庇いながら、上半身だけでヴァンピールへ襲い掛かる。


『…あら?』


されるがままに押し倒され、ヴァンピールは不思議そうな声を上げた。


顔色一つ変えていなかった。


むしろ、無理に身体を動かしたルーセットの方が苦痛に顔を歪めていた。


『お前が…! 本当に…吸血鬼だって…言うなら…! 俺を…!』


『男が女に手を上げるのは、感心しないわね』


静かに、ヴァンピールは足を動かした。


痩せ気味の女性の細い足。


その足から弱々しい蹴りがルーセットの腹に放たれる。


それだけで、ルーセットの身体は宙を舞った。


『ガハッ!………ゴホゴホッ!』


血の混じった咳をしながらルーセットは床を転がる。


しかし、すぐに血走った眼をヴァンピールへ向けて駈け出した。


ヴァンピールの両手を掴み、顔を近づける。


一人きりの病室に武器になりそうなものなどない。


『なっ…!」


ヴァンピールの口から驚きの声が漏れる。


ルーセットは………ヴァンピールへ噛み付いたのだ。


柔らかい急所である首に噛み付き、皮膚と肉を噛み切る。


どちらが吸血鬼か分からない状況だった。


人間離れした怪力を持つ吸血鬼の首筋から血が噴き出す。


噴き出した血がルーセットの顔に付着する。


その時だった。


『…カッ……あ…』


胸に強い痛みを感じ、ルーセットの身体から力が抜ける。


ヴァンピールが何かをした訳じゃない。


無理な運動にルーセットの弱り切った心臓が耐え切れなくなったのだ。


糸が切れたようにルーセットの身体は冷たい床に倒れる。


『人間に逆に吸血されるのも、新鮮で悪くなかったけど。もう限界みたいね』


『嫌、だ………死んで、たまるか……』


呻きながらルーセットはヴァンピールを睨む。


『…これで……終わったら、俺は…何の為に、生まれて……』


殆ど意識もない状態でルーセットはヴァンピールの足を掴んだ。


弱々しい腕だった。


救いを求めるルーセットの腕は、情けない程に脆かった。


『ご愁傷さま…………って、んん?』


命乞いを無視して行こうとしたヴァンピールは首を傾げた。


ヴァンピールを恨めしそうに睨むルーセットの目。


先程まで澄んだ青色をしていた目が、赤く変色している。


ヴァンピールと同じ吸血鬼の目へ変わっている。


『…まさか、噛み付いた時に血を飲んだ? たったアレだけで吸血鬼化しつつあるの?』


一人静かに言うとヴァンピールは動かなくなったルーセットを見た。


『面白いわね。あなた』








「遅いですよ、何をボーっとしているんですか」


ぼんやりとしていたルーセットの意識は少女の声で覚醒した。


目の前には、少し不機嫌そうな顔をするヴェガが宙に浮いていた。


ルーセットも背中に生えた蝙蝠の翼を動かし、それに並走した。


「もっと急げ、ルーレット。夜明けがきてしまうぞ」


「ルーセットだ。いい加減覚えろ」


名前の間違いを訂正しながら、ルーセットは更に先を行くコカドリーユを見た。


銀の檻を見学した後、神出鬼没なルヴナンの手が届かない場所としてコカドリーユは自身の派閥の本拠地を進めた。


以前勧誘したように、ルーセット達を派閥に加えて庇護下に入れるつもりなのだ。


そして、現在三人はコカドリーユの案内で本拠地へ向かっている所なのだが…


「って言うか、空を飛べるお前達と違って俺の翼は自前なんだから仕方ないだろ」


「純血は月の住人の血を引く為、この星の重力に逆らうことが出来るんですよ」


ふわふわと浮かびながらヴェガは言う。


かれこれ数時間は飛びっぱなしだが、疲れた様子はなかった。


コカドリーユも同様………汗を滝のように流しているのはルーセットだけだった。


「翼で羽ばたくのも体力使うんだよ………昔から体力には自信がなくてな」


「転送出来たら良かったんですが、知らない場所へ移動することは難しいですし」


遅いルーセットに合わせて並走するヴェガが頬を掻く。


ルーセットはそれを見ながら、前を飛ぶコカドリーユを一瞥した。


「って言うか今更だけど、あいつに道案内させて良かったのか?」


「………さ、流石に自分の家の場所くらいは覚えているんじゃないですか?」


少し自信なさげにヴェガは言う。


この数時間の交流でコカドリーユがどれだけ鳥頭なのか思い知らされたからだ。


「見えてきたぞ! あの建物だ!」


そんな失礼な会話には気付かず、コカドリーユは大声を上げた。


二人は慌ててコカドリーユの指さす方を見たのだった。

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