第二十九夜
「恋人を隔てる壁。恋人を繋ぐ架け橋………正道を歪める、星屑の川よ!」
ヴェガを中心に星屑が溢れる。
精密に操られた星屑は一つ一つが刃となり、夜空を駆け巡る。
まるで川の氾濫のような星屑の波に、刺客達は成す術もなく翻弄されていた。
「か、躱し切れない…!」
「切り裂きなさい『ヴォワ・ラクテ』」
動きの止まった吸血鬼から、星屑の波に飲まれていく。
波が去った後に残るのは、五体を引き裂かれた遺体のみだった。
不死身の吸血鬼と言えど、ここまで損傷すれば簡単には再生できない。
魔力の低い、人間上がりなら尚更だ。
「くっ…舐めるなよ! 小娘が!」
星屑の波から逃れた一人が、右腕を振り上げてヴェガに迫る。
右腕に炎が揺らめいている、恐らくそれが男の能力なのだろう。
炎を放つと言う工夫すら行わない『平凡な能力』
ヴェガはため息をついて、その手を男へ翳した。
そのまま空中を撫でるように、手を動かす。
「焼け死………ネッ…ぁ…!」
びくん、と大きく男の身体が震えて動きが止まる。
「舐めているのはそちらではなくて? 私は純血ですよ」
動かしていたヴェガの手から何かが零れ落ちた。
ヴェガの小さな手には入りきらなかった赤黒い物体。
それは、男の心臓だった。
がくがくと震える男の胸には空洞が空き、血が溢れている。
心臓は吸血鬼の急所だ。
五体を削り取らずとも、心臓を潰すだけで大抵の吸血鬼は魔力切れを引き起こす。
「心臓を失っても死なない吸血鬼がいることを最近知りましたが、あなたはそうではなかったようですね」
肉体が灰へと変わっていく男を見て、ヴェガは嘲笑した。
「朝日を待たず、灰と消えなさい。不快な下等吸血鬼」
侮蔑するようにヴェガが指を鳴らすと、灰の山となった男は風に乗って消えた。
「おーおー頼もしすぎて涙が出そうだ。つーか、親より強い眷属ってどうよ」
目の前で繰り広げられる一方的な戦いにルーセットは呟く。
ルーセットの戦いを見てきた経験から精神的に成長したヴェガの姿。
あまりの成長ぶりに少し自尊心が傷ついたルーセットだった。
「一人でも大丈夫そうだけど、俺は見ているだけってのも恰好悪いよなぁ………お?」
少し離れた所で様子を窺っていたルーセットは一つの影に気付いた。
荒れ狂う星屑から逃れようと身を屈め、隙を窺っている女がいた。
星屑を制御しているヴェガは気付いていないようだ。
「油断が多いのは変わらないね…っと」
ルーセットは薄く笑みを浮かべて、地面を蹴った。
背中に生やした翼で高度を調整し、女の前へ降り立つ。
「やっほ。こんばんは、お姉さん。少し俺と話でもしない?」
「ひっ…!」
突然目の前に現れたルーセットに女は露骨に怯えた。
なるべく朗らかな笑みを浮かべたつもりだったが、逆効果だった。
同胞が殺されたせいか、既に戦意も喪失しているようだ。
「わ、私を殺せば、るるる、ルヴナン卿が…!」
「あーそう言うのいいから。って言うか、それならどうして最初からルヴナン卿が来ないのさ」
「そ、それは…」
ルーセットの疑問は当然だった。
刺客が派遣されたと言うことは、ルーセットの居場所が発覚していると言うこと。
居場所が分かっているなら、神出鬼没なルヴナンが現れない理由もない。
ルーセットの実力を知っておきながら、下僕に任せる理由。
「そもそも、俺が人間社会にいる時、一度も奴は襲撃してこなかった」
襲撃したのは派遣されたモールのみ。
本人が直接出向いてきたのは、町を離れてから。
吸血鬼界の…ルヴナンの下へ近付いてからだ。
「アイツの能力でも行けない場所がある。無敵に見える奴の能力にも、何か弱点があるのだと俺は予想しているんだけど?」
「知らない! 私は何も知らないし、喋る気もないわよ!」
「あ、そう。それじゃ仕方ない。実に気が進まないが、かなり卑猥な拷問でも…」
わざとらしく言いかけた時、ルーセットの眼前を星屑が駆ける。
球状に収束した星屑は軌跡を描きながら、女の胸を弾丸のように打ち抜いた。
ジュッ、と言う焦げる音と共に女は地面に倒れる。
「何をやっているんですか」
「…単なる情報収集さ。やだなぁ、ヤキモチ焼いちゃった?」
ブスブス、と煙を上げる前髪を撫でながらルーセットは平然と答えた。
前髪を掠めた時に肝が冷えたことは顔に出さない。
そんな内心を見透かしたように、ヴェガはジト目を向けた。
「あなたが遊んでいる間に殆ど片付きましたよ、ルーセット」
築かれた灰の山々を見渡しながらヴェガは言った。
どこか満足げに見えるのは、ルーセットの気のせいではないだろう。
元々ヴェガはプライドが高く、自己顕示欲が強い性格なのだ。
ルーセットに負けて以来だった為、フラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
「………ルヴナ、ン、卿……」
「ん?」
掠れるような声にルーセットが視線を下げると、足下に倒れた女が何事か呟いていた。
致命傷を受けて身体を半分灰に変えながらも、朦朧とした意識でルーセットを見る。
死の瞬間になっても欠けぬ忠誠心。
眷属でもないのに、絶対に逆らわない服従はルヴナンの影響力を実感させる。
他者に傅くことに何も魅力を感じられないルーセットの視線に憐憫が含まれる。
「ルヴナン、卿………あとは、頼みます」
遺言のような言葉が耳に届いた時、ルーセットは魔力を感じた。
チリッと火花のような物がルーセットの目を掠める。
続いて、ぐにゃりと視界が歪んだ。
酩酊のような奇妙な感覚後、周囲の風景が変わっていた。
「これは…」
呆然とヴェガの口から声が零れる。
そこは、枯れ果てた丘。
葉が一つもない朽ちた木々が並び、小鳥の声すら聞こえない。
住む者のいなくなった廃墟からは生命が感じられず、不気味な威圧感を放っている。
「幻覚…いや、転移されたのか?」
残った魔力を分析し、ルーセットは呟く。
死に際の悪足掻きに見知らぬ場所へ飛ばされたようだ。
この場所がどこなのかは分からないが、ろくな場所でないことは確かだろう。
「ルーセット、アレ何ですかね…」
ヴェガが少し離れた場所を指さす。
痩せこけた土地に、銀色の花が咲いていた。
手入れなどされておらず、無造作に生い茂る銀の花。
その自然の花壇に囲まれるように、巨大な建物が存在した。
それは『銀』だった。
壁も門も、何もかもが銀で作られた『監獄』
城と見間違う程の精巧な作りだが、窓のない構造は閉塞感を与える。
月光を浴びて白銀に輝く姿は綺麗だが、吸血鬼の目には毒々しく映った。
「監獄? まさか、アルジャン=ラルジャンが投獄された例の…」
ルーセットの脳裏に銀の吸血鬼が過ぎる。
彼との戦いの中で血から読み取った情報。
粛清された筈だった彼が一時期投獄されていた場所。
純血しか知らない秘密の場所。
思わず、ルーセットは監獄へ足を踏み出す。
その足が深部まで凍り付いた。
「ッ! チッ…!」
瞬時に異変を察知してルーセットは素早く足を切断した。
足を再生させながら、片足で器用に後退する。
転移させられた時点で察するべきだった。
コレはルヴナン派の罠。
部下を使って消耗させた所で、本命の下へ転移させる罠だ。
「しつこいぞ、クソジジイ」
ルーセットは再生させた足で地面を踏み締め、銀の監獄を見つめた。
銀の監獄とルーセットを遮るように、赤みを帯びた霧が漂っていた。
霧の中に浮かぶ星型から声が発せられた。
「今度は逃げられんぞ、塵芥」
ルヴナンは冷酷に告げた。




