第二十八夜
星屑の光が晴れて最初に見えたのは、夜空に浮かぶ月だった。
次に感じるのは浮遊感。
重力に引かれた時に初めて、モールは自分が虚空へ投げ出されたことを知った。
「うおおおおおおお!」
絶叫しながらモールは地上へ落下する。
構える暇すらなく地面に叩き付けられたが、衝撃は予想よりも少なかった。
それでも打ち付けた背中は悲鳴を上げ、モールは大の字に倒れる。
「かはっ………やられたー」
先程まで近くにあったルーセットの気配がどこにもない。
星屑に包まれた時、気配が探れないほど遠くまで転送されてしまったようだ。
「…能力ごと姿をコピーするなんてアリかよ」
ルーセットのイクリプスは変身能力。
しかし、モールを転送した能力は、ヴェガのイクリプスだ。
演技力にだけは並外れた才能を持つルーセットは、遂に吸血鬼の魂そのものであるイクリプスまで模倣して見せた。
それは最早、単なる変身ではない。
自身の魂の偽装。
そして、月すら欺く演技力。
「自分の魂(個性)を見失うリスクを抱えながらも、自身の魂に手を加える………生き残る為だけにそこまでするか、普通?」
口調とは裏腹にモールの顔は満面の笑みを浮かべていた。
「ハハハ、だが普通じゃねえ奴は嫌いじゃねえぜ。何を失うことになろうと生き延びる執念! 生き汚ねえ生への執着! それこそが俺っちの望み………俺っちが見たいものだ!」
大声で笑いながらモールは身体を起こした。
心が高揚して寝ていることなど出来ない。
モールの望む敵は、すぐそこにいるのだから。
「…っと」
立ち上がったモールは軽い眩暈を感じた。
心は強く戦いを求めているが、身体の方はそうではないらしい。
モールは興が削がれたように舌打ちをする。
『今はやめておけ。元々お前は魔力が低い、消耗が激しいインペイルメントを乱用するのは自殺行為だ』
影が忠告をするが、モールは答えなかった。
『魔力枯渇で骨と皮だけになっていることを忘れたか。今度は骨すら残らんぞ』
「ノン! 例え骨なしのグニャグニャになろうとも、俺っちは戦いをやめないぞ!」
『そうは言っていない。だがお前に死なれると、こちらも困る…』
「俺っちは死なないさ! 仮に死ぬとしても、戦いの中で果てるのだ!」
『…果てて貰っては困ると言っているのだが』
そんな風に一人賑やかに会話をしていると、モールの背後から近づく人影があった。
一人きりしかいないのに騒がしいモールに怯えながら近づくのは、オネットだった。
影の声が聞こえないオネットには、モールが狂人にしか見えなかった。
「あ、あの…モール君、大丈夫? 頭とか打った?」
「ウィ! 俺っちは五体満足無病息災だぜ! 先輩」
「…何で空から降ってきたのか全然分かんないけど、少し気分が悪そうだよ」
杭槍を杖代わりにつくモールを見て、オネットは言う。
よく見れば足も僅かにふらついている。
「もう帰ろう。『先輩』が道案内してあげるから」
響きが気に入っているのか先輩、を強調しながらオネットは笑う。
モールとしては今すぐにでもルーセットを探したかったが、影の忠告を思い出す。
そして、残念そうにため息をつき、渋々リコルヌの下へ帰るのだった。
「気持ち悪いぐらいそっくりですね」
開口一番にヴェガは辛辣に言った。
視線の先にはヴェガと瓜二つな姿をした少女が笑っている。
「嫌ですねぇ。自分だと言うのに、もっと私みたいに笑顔を向けてはくれませんか?」
「気持ち悪いから私を真似て喋らないで下さい」
楽しそうに笑う偽者を見てヴェガの顔が引き攣る。
鏡を見ているようにそっくりな自分を見続けるのは、不快でならない。
本気で嫌そうなヴェガの心を感じ取ったのか、ルーセットはすぐに元の姿に戻った。
「君の姿になるのは中々楽しいね。最近は同じ姿ばかりだったから」
「年下の少女に化けることがそんなに楽しいのですか、この変態」
「フフフ、そう言うなよ。別に趣味だけで変身している訳じゃないんだから」
趣味も含まれるのか、とヴェガの視線の温度が下がる。
しかし、ルーセットの言葉も嘘ではない。
ルーセットがヴェガの能力を使用するには、姿も変わる必要があるのだ。
「だけど、能力までコピーしたのは流石に君が初めてだからね。中々上手く能力が使えない」
「アレで、ですか?」
「いや、適当な所に飛ばしただけだ。君ならバラバラに切断することだって出来ただろう」
確かに今までルーセットが使った能力は、単なる転送だ。
手足を切断したり、瓦礫を降らせたりしたヴェガ程は使いこなせていない。
「そう簡単にはいかないんだよな。君の能力をコピーするのだって、君から吸った血を解析して自分の魂を弄ってやっと出来たんだし」
サラッととんでもないことを言うルーセット。
自分の魂を改造すること自体、禁忌と呼べるほどの行為なのだが、既に感覚が麻痺し始めたヴェガは特に突っ込まなかった。
そもそも禁忌と言うなら、同族から血を奪うこと自体が禁忌だ。
「やっぱりもっと解析が必要だな。出来ることなら別のサンプルも欲しい所…」
ぶつぶつと言いながら思考に耽るルーセット。
研究者としての顔が出たルーセットは、ヴェガのことも見えていないようだ。
「…ッ。ちょっと、周りを見て下さい!」
「ええ?」
慌てたようなヴェガに背中を叩かれ、ルーセットは我に返った。
周囲を見回すと気配を感じた。
アンスタンの時とは違って血の臭いはバラバラだが、統率されている。
様子を窺うように距離を取っている集団の中から、一人の青年が前に出た。
「『蝙蝠』と『純血』だな。ルヴナン卿の所まで来てもらう」
「この堅っ苦しい雰囲気………君ら、ルヴナンの派閥か」
ルーセットの言葉に神経質そうな青年の顔が憤怒に染まった。
「貴様! 下等吸血鬼の分際で、ルヴナン卿を気安く呼ぶな!」
「別に気安いつもりはないんだが、あのジジイ嫌いだし」
火に油を注ぐ言葉に青年は怒りのあまりブルブルと震え始めた。
周りを見ると他の吸血鬼達も似たような感じだった。
「やはり許せん。吸血鬼の総意の下、粛清する!」
「少し前の君みたいなこと言っているよ?」
「…………」
ルーセットの言葉をヴェガは否定できなかった。
傲慢な態度、他者を見下した言動、どれも以前のヴェガと同じだったからだ。
「さて、実力はともかく数が多い。今回は君も協力してくれない?」
ルーセットはおどけてヴェガにウィンクした。
「君の優秀な能力使いをご教授下さいよ」
「…仕方ありませんね」
見え透いた世辞だったが、ヴェガは頷いた。
過去の自分を思わせる輩を見続けるのは、不愉快だ。
ルヴナンに対する明確な決別の意思でもある。
それに、たまには本能に任せて暴れるのも悪くない。
「全く頼りない主人を持つと苦労しますよ。ねえ、ルーセット」




