第二十七夜
「くくく…」
立ち上る杭の中心でモールは笑みを浮かべた。
林のように並ぶ杭の一つにもたれ掛かり、ルーセットを見る。
「…そう言えば、もう一人いたな」
その隣に立つヴェガを一瞥し、モールは呟く。
以前は同じ派閥の『仲間』だったが、ルヴナンを裏切った今では関係ない。
ルヴナンには絶対に手を出すなと警告されていたが、今のモールが守る理由もない。
「私のことも、殺したいのですか?」
「…そうだな、それも悪くねぇ。ルーセットを殺したら、次はお前の番だァ!」
狂ったような殺気を向けられ、ヴェガは薄っすらと冷や汗を流す。
純血と言う吸血鬼の上位種を知っているヴェガからしても、この男は異常だった。
吸血鬼の『格』と言う物で言えば、モールは下位に属するだろう。
所詮は人間上がりで、長い時を生きた年季も感じられない。
しかし、その身体からは強い血の臭いを漂わせている。
モール本人ではなく、今までに殺してきた者の返り血を纏っている。
「気の多いことだ。俺を殺す前から次の話をするなんて」
少しだけ苛立つようにルーセットはモールを睨んだ。
「悪ィな。俺っちと殺し合える実力者ってのは結構貴重でよォ。それが二人も見つかったから、少し舞い上がっただけだ」
モールはそう言うと照れるように頬を掻いた。
小さくため息をついて、自分の影を見下ろす。
「俺っちはルヴナンの旦那に拾われる前から何人も吸血鬼を殺してきたが、どいつもこいつも雑魚ばっかりでよ………楽しみなんて何もない単なる虐殺だった」
躁病のように喚くモールには珍しく、それは少しだけ悲しげな声だった。
「…強大な力を持つが故に対等な戦いを楽しめないって感じか?」
「そう! その通りだよ! 分かってくれるか、ルーセット! やっぱりお前は俺っちの…」
「俺には全く分からない感情だな」
バッサリと切り捨てるようにルーセットは言い切った。
笑みを浮かべていたモールが固まるが、ルーセットは何も間違ったことは言ってなかった。
生存することを第一に考えるルーセットは、戦いなど嫌いだ。
仮に戦う事態になったとしても、それが自分の手に負えない相手なら迷わず逃走を選択する。
そんなルーセットに、戦闘狂のモールが理解できる筈もなかった。
「ふ…ふふふ………まあいい。元々理解は求めちゃいねえ。俺っちがお前を気に入っているのは別の理由だ」
「…本当に言葉が通じない奴」
「応ともさ! 言葉なんざで理解できる物なんてねえ! 戦い尽くし! 殺し尽し! その胸を張り裂いた末にこそ、そいつを理解できるってもんさぁ!」
「そうかい。それなら俺のことは、理解しなくていい!」
そう言うとルーセットは自分の親指を噛み千切った。
突然の自傷行為に首を傾げるモールを余所に、その手を大きく振るう。
千切れた傷口から血が零れ、周囲に飛び散った。
「隠し偽れ『シメール』」
ルーセットの命令によって血の一滴一滴が蝙蝠に変化する。
その身体から零れ落ちたルーセットの一部が全て蝙蝠となって牙を剥く。
「行け」
短い号令と共に蝙蝠は嵐となってモールへ向かっていった。
まるで黒い帳のようにモールの視界全てを埋め尽くした。
「おいおい、俺っちを舐めてんのか?」
モールは気分を害したように息を吐いた。
だが、それは数が多いとはいえ一匹一匹は少し凶暴な蝙蝠に過ぎない。
そんな物がどれだけ集まった所で、モールを殺せる程の殺傷力はない。
全力を出すまでもない。
モールはその手に握った杭槍を振るって、蝙蝠を薙ぎ払う。
「こんな物、時間稼ぎにしかならねえよ! もっと大技で来い!」
数だけは無駄に多い蝙蝠の群れを殺しながら、モールが叫ぶ。
しかし、挑発するような言葉に返答はなかった。
そのことに苛立ち、蝙蝠の向こう側を睨むが、ルーセットの姿は見えない。
モールの視界は蝙蝠の大群に覆い尽くされ、ルーセットの居場所すら分からなかった。
「…まさか、それが狙いか?」
そこでモールはルーセットの狙いに思い至った。
モールのインペイルメントは強力だが、杭を出せるのは視界内だけだ。
死角にいる敵を攻撃することは出来ない。
ルーセットを見失ってしまえば、攻撃することが出来なくなる。
「チッ!」
それに気付いたモールは杭槍を大きく振るい、蝙蝠の群れに突っ込んだ。
手足に噛み付かれながら、強引に嵐を突破する。
「そこかァ! ルーセット!」
視界の端に人影を見つけ、モールは杭槍を投擲した。
手から離れた杭槍は綺麗な軌跡を描きながら、モールの狙った目標に突き刺さった。
驚いた顔をした『ヴェガ』の胸を深々と貫いた。
「な、に…?」
投擲した体勢のまま、モールは思わず固まる。
気配は確かにルーセットだった。
狙いは外れた無かった筈だ。
にも拘わらず、目の前にいるのはヴェガ。
混乱するモールにヴェガは吐血しながら笑みを浮かべた。
「恋人を隔てる壁。恋人を繋ぐ架け橋」
瞬間、モールの足下から眩い光が迸った。
驚いて地面を見るモールを嘲笑うように、ヴェガはニヤニヤと笑った。
「正道を歪める、星屑の川よ…だったかな?」
その笑みが、歪む。
ヴェガの姿が歪み、嘲笑するルーセットの顔へ変わっていく。
「月まで飛んで行け…『ヴォワ・ラクテ』」
呪詛のように呟かれた言葉と共に、光の爆発がモールを包み込んだ。
光が収まり、元の夜闇に戻った時、そこにモールの姿はどこにもなかった。




