第二十五夜
血に染まった廃工場。
コンクリートの床からは無数の杭が立ち上り、オブジェのように死体を吊るしている。
串刺しにされた死体からは血が噴き出し、むせ返るような臭いを漂わせていた。
この世に作られた地獄。
そうとしか表現できないその場に、オネットは佇んでいた。
「………何コレ」
リコルヌに命じられて新人の様子見に来たオネットだったが、既に来たことを後悔していた。
確かに、殲滅任務と聞いてはいた。
吸血犬に付き合ったばかりだったので、多少は想像していた。
しかし、コレは予想以上だ。
ただ殺すだけに留まらず、嬲るように手足に杭を刺された死体。
胴体を一突きにされて死後も吊るされている死体。
人間的な悪意が見える分、獣のように食い散らすアミティエより恐ろしい。
「お? お前、お仲間か?」
凄惨な光景にそぐわない明るい声が響く。
工場の器具に座ったまま、モールが手を上げていた。
「ってメイドか? アイツ、人畜無害そうに見えてイイ趣味してるじゃねえの」
手に持った杭を杖代わりに、モールが立ちあがる。
皮と骨だけの四肢を返り血で濡らし、髑髏のような顔でオネットを見つめた。
(な、何この人!? って言うか本当に吸血鬼? ゾンビじゃん!?)
死神のような容姿のモールに思わず悲鳴を上げそうになるオネット。
工場の薄暗さも相まって、ホラー映画のワンシーンのようだ。
「何だ黙って。もしかして俺っちに見惚れてんのか? いやー、血の滴るイイ男はつらいねぇ!」
「そ、それを言うなら水も滴るだと思うけど」
「んあ? そうだっけ?」
恐ろしい容姿の割に、コミカルに首を傾げるモール。
それに少し安心したのか、オネットは何とか心を落ち着けた。
「えと、はじめまして、モール君。私はオネット、よろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしくー」
コンコン、と杭で床を叩きながら言う。
モールの視線は自分の影に向けられている。
目を合わずに喋るモールは礼儀が欠けていたが、オネットもモールの容姿が怖かったので、その方が話しやすかった。
「そういや、お前もアイツの眷属なのか?」
「そうだよ。ファミーユは皆、主様の眷属だからね」
そのことを誇るようにオネットは胸を張る。
自慢げなオネットをモールはどうでも良さそうに一瞥した。
「へえー………そう言えば、ファミーユって何人いるんだ?」
「えーと、私が入った時が……百二十人くらいだったかな?」
「百にじゅ…ッ!」
モールは握っていた杭を落とした。
口ぶりから多くの眷属を抱えているとは思っていたが、モールの予想以上だった。
本来数人が限界の眷属を、百二十人も使役する…
強そうには見えなかったが、腐っても純血。
ただの人間上がりとは桁違いの才能があると言うこと。
モールは獰猛な笑みを浮かべてオネットを見た。
猛獣のような目で見られたオネットが少し震えたことには気づかない。
「なあなあ、本人は謙遜していたんだが…リコルヌって実は強いんだろ?」
百二十も魂を分割できる吸血鬼が弱い筈がない。
それだけ強大な魂を持つならば、それ相応の能力を持っている筈だ。
「え、えと、主様は戦うことは苦手な筈だよ」
「謙遜は結構だぜ。本当のことを教えてくれよ、お仲間だろう?」
「いや、本当に。だって古株の方が言ってたけど、主様はイクリプスを持ってないって」
ぴたり、と笑みを浮かべていたモールの動きが止まる。
モールの笑みに怯えながらも、オネットは自分の知っている事実を告げた。
「何か、眷属作りに特化しているから自分で戦う能力はないとか、魂を分け与えすぎてイクリプスが使えないとか…」
「………」
言われてみれば、モールにも思い当たる節があった。
顔色が悪く、再生力も低そうなリコルヌ。
あの症状は、魔力切れを起こした吸血鬼に近い。
百二十もの眷属を維持することに魔力を使い過ぎて、自身に回す魔力が残っていないのだ。
結論から言うと、本人の言うようにファミーユ最弱はリコルヌだと言うこと。
「はあああああ…毎度毎度、がっかりさせてくれるぜ」
深いため息をついて、モールは杭を影に戻した。
弱い奴に用はない。
モールが望む敵は、イクリプスも持たない吸血鬼や人間ではない。
強い実力を持ち、何よりも生に執着する生き汚い吸血鬼。
そんな存在と戦ってこそ、モールの魂は満たされる。
「…んん?」
モールはふと、空を見上げた。
夜風に乗った血の臭いに、覚えがある。
そう遠くは離れていない、吸血鬼の臭い。
「迎えに来てくれて何だが、先に帰ってくれ先輩」
「え、ちょっと…」
戸惑うオネットを余所に、モールは全力で駈け出した。
向かう先は、血の臭いの先。
モールの魂が求める吸血鬼の臭い。
『ルーセット』の下へ。




