第二十四夜
月明かりから隠れるように、二人の男女が抱き合っていた。
お互いの顔も見えない中、情熱的に身を重ねる二人。
薄く笑みを浮かべた男の顔が女の首に触れる。
「…ッ…」
くすぐったさを感じたが、愛欲に酔った女には気にならなかった。
熱に浮かされたように、更に強く男を抱き締める。
その時、首筋に僅かな痛みが走ったことさえ、女は気付かなかった。
吸血鬼は吸血によって人間の血と魂を奪う。
奪った魂を糧に吸血鬼は『月』より魔力を汲み取る。
吸血鬼の再生能力やイクリプスは全て『月』より得た魔力によって維持される。
それ故に月のない日中は力が衰え、魔力を使い過ぎれば弱体化する。
吸血鬼の不死性と怪物性は人間の血によって維持される。
「いやー、久しぶりの血は格別だなぁ」
行きずりの女を帰らせた後、ルーセットは笑みを浮かべた。
血など残っていないが、口元を拭うジェスチャーをして血の味を思う。
多少の血液と魂を貰ったが、相手を殺してはいない。
生きている人間にとって魂は血液のような物であり、少し欠損したくらいでは死なない。
ルーセットは人間であっても、その命を『尊重』している。
「………」
「君も見ていただろう、ヴェガ。親として教育しよう、吸血とは搾取ではないのだ」
呆れたようなジト目で見つめるヴェガにルーセットは偉そうに言う。
ヴェガから零れたため息には気付いていない。
「吸血とはロマンス。そう、ロマンスだ。ロマンスとは一方通行であってはならないのだよ」
「…本当に下等な………いや、下世話なことを好む男ですね」
こんな男の趣味に付き合わされ、タクシー代わりにされたことにヴェガは苛立ちを感じた。
歪んでいたとはいえ、一応は英才教育を受けているヴェガ。
吸血貴族としての価値観と、ルーセットの俗物的な価値観は相容れなかった。
「餌に対して対等に語り掛けるなど品位を下げる。それが人間時代の浅ましい名残だと、何故分からないのですか?」
「名残か、そう言われればそうなのかもしれないが………どうなんだろ?」
「仮にも吸血鬼へ成り上がったなら、人間のような情など捨てなさい。我々は夜の絶対者。その自覚を持つべきです」
戒めるようにヴェガは声を低くする。
それは下等吸血鬼を非難すると言うよりは、仮にも自分を倒した主に忠告するような言葉だった。
本人の自覚はなくとも、ヴェガはそれなりにルーセットを認めつつあるのだ。
「まあ、俺も人間と吸血鬼を仲良くさせよーう………なんて、お花畑なことを言うつもりはないんだけどさ」
ルーセットは女が去っていった町の方を向いた。
「自分と似たような姿の奴らを殺すってのは、やっぱり気分の良い物じゃないじゃん?」
「ハッハー! 平伏せ、悪しき人間共! 正義の吸血鬼さんが皆殺しに来たぜー!」
町の一角にて、赤い雨が降り注いでいた。
取り壊された工場内に降る雨は、人間の血液。
冷たいコンクリートより立ち上る杭に貫かれた死体から勢いよく血が溢れ、スプリンクラーのように工場内を赤く穢す。
それを浴びながら、モールは酷薄な笑みを浮かべた。
「ヒッ…何なんだ、コイツは!」
「殺せ、殺せェ!?」
黒服に身を包んだ男達が拳銃で発砲するが、杭が邪魔になってモールには当たらない。
動き回るモールに翻弄された男が一人、足下から立ち上る杭に串刺しにされた。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
絶叫と共に血のシャワーが降り注ぎ、男達の目を潰す。
「叫ぶなんて元気有り余ってるじゃねえか! オラ、お前らも張り切って来いよ!」
錯乱している隙に接近したモールが、目を潰された男達の足に杭を突き刺す。
目を潰され、足まで潰された男達は無様に倒れた。
「まだ目が潰れただけじゃねえか! まだ足が潰れただけじゃねえか! オラ! 立てよ!」
相手が意識を失ったことも気付かず、モールは男達を蹴り付ける。
何度も何度も、遂には杭で串刺しにして止めを刺した。
失望したように唾を吐き、最後に取り残された小太りの男の下へ向かう。
「脆い、脆すぎるな」
「お、お前は、何なんだ…!」
「…死神」
短く答えるとモールは握った杭で男の心臓を貫いた。
脆い人間はそれだけで動きを停止し、絶命した。
事切れた死体を蹴り飛ばし、モールはため息をついた。
「………」
こんな手応えの欠片もない殺戮が…戦場?
否、コレは単なる虐殺だ。
これだけの命が失われたのに、モールは傷一つ負っていない。
命のやりとりではない。
危険のない勝負に何の意味がある。
こんな物ではモールの魂は震えない。
「チッ、あの野郎。俺っちを良いように使いやがって」
モールはこの虐殺の命令を出した青年を思い浮かべる。
マフィアの殲滅。
理由は、人間社会で行方不明になった吸血鬼の死因に関わっている為。
簡単に言えば、殺された吸血鬼の報復行為。
傲慢な吸血鬼が気まぐれに人間を殺すことは珍しくないが、その理由が報復なのは稀だ。
この命令を伝えたリコルヌの目には、憎悪に近い色があった。
温厚で博愛主義なリコルヌの、隠された憎悪。
そこに関心を抱いたからこそ、モールは素直に従った。
「…もう少し付き合ってやるか。何か、面白いトラブルになる予感がするし」
博愛と憎悪。
奇妙なバランスを保つ危ういリコルヌに、モールは予感していた。
何か、大きな出来事の火種になると。




