第二十三夜
それは時代の経過を感じさせない中世風の屋敷だった。
床一面には真っ赤な絨毯が敷かれ、長い廊下には燭台が置かれている。
いかにも古い吸血鬼が好みそうなインテリアだが、飾られた家具の中には真新しい物もある。
その事実がこの屋敷の主が伝説ではなく、現在を生きる存在であることを伝える。
「こう言う小奇麗な所は、俺っち苦手なんだけど」
そんな吸血鬼の屋敷の中で、モールは居心地悪そうに頬を掻いた。
傍若無人な彼には珍しく、気まずそうに立ち尽くしている。
戦闘の傷も癒え、身を寄せる場所と戦場を探していたモール。
その彼が、何故こんな場所にいるのかと言うと…
「勝手に出歩いたら駄目じゃない。まだ病み上がりなんだから」
「ッ…」
気遣うような優しげな声を聞き、モールは苦い顔をした。
心配するような顔でモールを見つめているのは、純白のコートに身を包んだ青年。
温室育ち風の容姿を持つが、血色が悪く足も僅かにふらついている。
「ほらほら、まだ顔がゲッソリしてるじゃないの」
そして、何よりも特徴的なのは額に生える『角』だろう。
螺旋を描いた動物的な角。
作り物ではなく、青年の額から直に生えている。
「それは元からだ。傷の手当てをしてくれたのは感謝してるが、これ以上療養生活していると身体がなまっちまうよ!」
影から出した細長い杭を手に、モールは素振りをする。
「ふーむ。確かに、寝てるだけじゃ退屈よね。この屋敷には娯楽が少なくって僕も困っているのよ」
顎に手を当てながら客人の要望を考える一角の青年。
モールとしてはこのまま放り出してくれれば良かったのだが、青年はそう受け取らなかったようだ。
客人を楽しませる方法を難しい顔をして考えている。
「お? そう言えば、眷属の子達が持ってきてくれた遊び道具があった筈。持ってくるね」
「要らねえよ! それより、眷属って言ったか?」
「そう。今は留守にしているけど、皆良い子ばかりさ」
家族を自慢するように一角の青年は笑みを浮かべる。
そんな身内自慢は無視して、モールは青年の顔を見た。
眷属が離れているにも関わらず、初対面のモールと一人きりで会う。
おまけにモールに対して警戒心の欠片も見せない態度。
モールは期待を込めて、手に持った杭を青年へ向けた。
「おぉい、一角野郎! もしかして、アンタ強いのかァ?」
「いや、弱いよ。僕、眷属の誰にも勝てないくらい弱いのよ」
モールは杭を取り落した。
期待していた顔が再び苦い顔に戻る。
眷属より弱い主人。
そんな吸血鬼がいるのか。
期待外れと言いたげに、モールは杭を影に戻した。
「そのせいか皆も過保護でさ。よく言われるのよ、一人で知らない吸血鬼に会うなって」
男にしては華奢な腕を組み、青年は不満そうな顔をする。
しかし、不満なのはモールも同じだった。
戦場と死地こそがモールの領域だ。
こんな紅茶が似合いそうな優男と楽しい会話など、反吐が出る。
「あ、でも。君のことはもう知らない吸血鬼ではないかな、モール君」
「そうかい。それは嬉しいねェ、リコルヌ君」
適当に青年の名を呼びながら、モールは近くに飾ってある絵画を見た。
この高級品を端から壊していけば、この男も激怒するだろうか。
それとも笑顔で赦して、尚更モールの気分を害するだろうか。
「ふーむ。君も戦いが好きなタイプなの?」
「…ああ、好きだなァ。対等の殺し合い! 互いの身体が返り血と流血に塗れて、それがどちらの血か分からなくなるくらいグチャグチャに戦いたい!」
興奮した様子でモールは狂笑を浮かべた。
思い出すのはルーセットとの戦い。
互いの魂を削るような戦い、いつ死んでもおかしくない殺し合い。
その死闘の末に、モールは瀕死の重傷を負って敗北した。
だが、モールは何一つ後悔などしていない。
例えあの場で死んでいたとしても、それは変わらないだろう。
「戦場が俺っちを呼んでいる! 俺っちが立ち止まるのは、この身が灰になった時だけだ! この魂が消え失せる瞬間まで、俺っちは止まらねえんだよ!」
戦い続けること、それこそがモールの人生。
であれば、こんな場所でのんびりとしている時間はない。
すぐにでも走り出そうとするモールをリコルヌは落ち着いた様子で眺めていた。
「…なるほど、君が欲しいのは戦場なのね」
「ウィ。その通りだ!」
「安心してよ。僕の『ファミーユ』には、君に似たタイプも沢山いる。君は決して孤独ではないのよ」
微妙に話が噛み合わないまま、リコルヌは笑顔を浮かべた。
「モール君。君に、戦場を与えよう」
純血の吸血鬼、リコルヌは穏やかにそう告げた。
樹齢千年を超える大樹の頂上に、一つの影があった。
フードで顔を隠したその男は、異様に長い足を器用に使って枝の先に立っている。
赤く光る目は苛立ちを隠さずに地上を睨みつけていた。
「少しは落ち着いて下さいよ」
その肩に止まりながら、プーペは宥めるように言った。
ガラス細工のフクロウのような姿はルヴナンに壊される前と何も変わらない。
「コカドリーユ。何を怒っているんですか? 僕がルヴナンに壊されたことですか?」
「それもある」
「なら問題ないじゃないですか。僕の身体は作り物だ、魂が無事なら何度でも作り直せるって知っているでしょう?」
ガラス細工の身体を見下ろしながら、プーペは言う。
案外忘れっぽい所があるコカドリーユだが、自分の作った物までは忘れていないだろう。
コカドリーユに『造られた吸血鬼』であるプーペは改めてその事実を伝えた。
「それもあるが、何よりも余をコケにしたことが許せん! 意見がぶつかれば実力で殺し合うのが吸血鬼の道理。それを敵前逃亡だと!」
「…ああ、何だ。いつも通りのやつですか」
「当たり前だ! あんな奴が吸血鬼の筆頭など、余は認めていない! プレーヌ=リュンヌが結成され百年。今までに何度も命を狙ってきたが、悉く失敗した!」
癇癪を起こすコカドリーユの殺気は純血の名に違わない恐ろしい物だが、プーペは平然としている。
コカドリーユがルヴナンに対して殺気立つことなどいつものこと。
それに一々恐怖していては、五十年も付き合いきれない。
「ヴェガを狙って刺客を派遣したのも全て失敗しましたよね…」
「…ヴェガ? 誰だそれは?」
怒り狂っていたコカドリーユはプーペの言葉に首を傾げた。
まるで初めて聞いた名前のように、きょとんとした顔をする。
その反応にプーペは嫌な予感がした。
「あのー…まさか、アレだけ刺客を送り込んでおいて、忘れてたなんてことは…」
「だから、誰のことだ? ルヴナン派の者か?」
「ルヴナン派って言うか、最近見つかった純血の子ですよ」
そこまで言っても、コカドリーユの反応は鈍かった。
コレは完全に忘れているな、とプーペは諦める。
実力は間違いなく最上位に位置するコカドリーユだが、少々細かい事を気にしない傾向にある。
自身の行動を省みない上に、関心が薄いことはすぐに忘れてしまう悪癖がある。
「…まあいいか。例の蝙蝠君のことは覚えていますよね?」
「……………あ、ああ、勿論。フロドゥール、だったか?」
「そうです。今はルーセットと名乗っているようですが」
忘れかけていたな、とプーペは思ったが口には出さなかった。
主人を立てるのも、眷属の役目の一つだ。
「協力を得ることは出来たのですが、ルヴナンの襲撃で完全に見失ってしまいました」
「チッ、本当に余の邪魔しかしない男だ………例の『遺産』の手掛かりを期待していたのだが」
コカドリーユは顎に手を当てながら呟いた。
様々な組織を渡り歩いたルーセットの持つ情報量は膨大だ。
変身能力を駆使して集めた情報。
能力ではなく、その情報を期待しての勧誘だったが邪魔が入ってしまった。
「ルヴナンの奴にも恐らく、こちらの狙いはバレている。だからこそ、過激にこちらの派閥を攻撃し始めたのだ」
「………それでは、どうしますか?」
「言うまでもない。血眼になって探す奴よりも先に『遺産』を見つける。そして、その力を以て奴の支配を打倒するのだ」
コカドリーユはフードの中で三日月のような笑みを浮かべた。
「余は、吸血鬼の王になる!」




