第二十二夜
「『クラシャン』…雨を降らすイクリプスか。天候を操るなんて珍しいね」
ルーセットは興味深そうな顔をして頷いた。
先程まで吸血犬『アミティエ』の方に興味津々だったルーセットだが、能力を聞くとオネットの方にも興味が湧いた。
「そんな………戦う上では何の役にも立たない能力だよ」
「卑屈になることはないよ。能力なんて使い方次第だ。むしろ、珍しい能力を引き当てたと言うことは君の魂がそれだけ特別だってことだ」
『戦闘に使えない珍しい能力』に思うところあるのか、ルーセットはオネットの能力をべた褒めした。
研究者気質な一面があり、珍しい物を好むルーセットなので言っていることは全て本心かもしれないが。
手放しで褒められ続けるオネットは慣れていないのか、顔を赤くして照れている。
その様子を見て、いつもイジメられているヴェガは少し不機嫌な顔をした。
「…何かムカつきますね」
「グルルル…」
「あなたもそう思いますか?」
ヴェガに同意するようにアミティエが唸った。
二人は飼い主を取られたペット同士のように共感していた。
ヴェガは必ず否定するだろうが。
「ところで、君達はこんな場所で何をしていたんだ?」
こんな場所、と言った部分でルーセットは周囲を見渡す。
雨で少し血が流れたが、依然変わらず周囲には死体が転がったままだ。
「その、危険な人間が集まっていたから、討伐に」
「君達だけで?」
「戦うのはアミティエの方で、私はこの子が暴走しないようにって、主様に言われて…」
確かに、戦闘はアミティエだけで事足りたようだ。
食い千切られた死体は広がっているが、アミティエの身体には傷一つない。
しかし、そんなことよりも気になる言葉が聞こえた。
「…主様?」
「はい。私達の主様だよ」
「………………」
ルーセットは無言でオネットの顔を見つめた。
モデルのような整った美しさはないが、町娘のような素朴な可愛らしさを持つ女性だ。
しかも従順そうで控えめなメイド。
「番犬だけでは飽き足らず、メイドまで………他人がここまで羨ましく感じたのは初めてかも」
醜い嫉妬心を抑えながら、ルーセットはため息をつく。
優秀な番犬か、従順なメイドか、どちらか欲しいくらいだ。
そこまで考え、ルーセットは不機嫌そうな顔をしていたヴェガへ振り返った。
「…嫌です」
「ヴェガ、今度メイド服を着てくれ」
「嫌だって言ってるでしょうが!」
「何だよー。俺だってメイドがいるって眷属自慢したいんだよ」
「あ、あなたと言う男は…!」
わなわなと怒りに震えるヴェガから視線を逸らし、ルーセットはオネットを見た。
二人のやりとりについて行けないのか、オネットはきょとんとした顔をしていた。
それにルーセットは満面の笑みを浮かべる。
「それにしても羨ましい。君のご主人は、一体どうやって君を得ることが出来たんだ?」
「えーと、それは……主様が私を助けてくれたからかな」
戸惑いながらもオネットは嬉しそうな笑みを浮かべる。
冷血な吸血鬼らしくない恋する少女のような優しい笑み。
オネットは、ルーセットとは違う意味で吸血鬼らしくない女性だった。
「あの雨の日。車に撥ねられて死んだ私に、主様は命をくれたんだ」
「…死者の眷属化か」
「そう、私なんて何の特技もなかったのに、主様は私を助ける為だけに自分の魂を分け与えてくれた」
臆病な態度は消え、熱っぽく語るオネット。
それだけ自分の主人を敬愛しているのだろう。
自身の魂を分け与える性質上、従えられる眷属の数には限界がある。
通常は一人。
力が強い者であっても、数人が限界だろう。
限られた眷属枠を偶然見つけた人間に使用したのなら、確かにオネットの主人は心優しい者なのだろう。
個人主義が基本の吸血鬼にあるまじき、博愛主義者。
ルーセットは段々とその主人にも興味が湧いた。
「ねえ、オネット。俺も君のご主人様に会いに行っては駄目かな?」
「え?」
「いや、まさか吸血鬼界に、そんな聖人がいるとは思わなかった。この俺も、ぜひその仲間に加えて欲しいんだよ」
感動したように目を潤ませながら、ルーセットは大袈裟に言う。
驚くオネットを余所にヴェガは胡散臭そうにルーセットの背中を見ていた。
どう考えても演技だが、中々堂に入った演技だ。
多くの吸血鬼を騙し、裏切った演技力は伊達ではないらしい。
オネットの主人を次の侵入先に選んだのか。
「そ、そうだよね! 主様は本当に優しい方なんだよ! 分かってくれるの?」
「ええ、だから俺もご主人様の下に………」
「ウチの者をそれ以上、誘惑すんな。蝙蝠野郎」
言いかけたルーセットの背後から鋭い声が響いた。
その声にオネットはすぐに視線を向ける。
そこには、軽薄そうな容姿の男が立っていた。
国旗が描かれたバンダナを頭に巻いた筋肉質な男。
服装は海パンだけしか身に着けておらず、鍛えられた上半身を晒している。
日の落ちた今の時間帯には酷く寒そうな格好だが、男に気にした様子はない。
この男がオネットの主人、とルーセットは注意深く見つめる。
「アンスタン君、どうしてここに?」
「妙な気配を感じたからな。アイツに言われて迎えに来たんだよ」
不思議そうなオネットに対し、アンスタンは答える。
会話から察するに、アンスタンも主人ではないようだ。
アンスタンも主人に遣わされた眷属。
だとすれば、オネットの主人は眷属を三人も…
「皆で、な」
そう言った瞬間、周囲から気配を感じた。
数が多い…十や二十では足りない程の吸血鬼が周囲に潜んでいる。
自身を見つめる多くの視線にルーセットは頬を掻いた。
「妙な気配って俺のこと? 海パン君」
「他に誰がいやがる。男とか女とか色々混ざった妙な気配をしやがって」
「そう言う君達はみーんな、同じ気配だね。君もオネットも、隠れている皆も全部」
血の臭いを放つ吸血鬼の気配が、ここまで似ることなど偶然では有り得ない。
有り得るとすれば、同じ血を分け合う主人と眷属か。
若しくは主人を共有する眷属同士。
「当然だ。俺達は親を同じくする『家族』だからな」
やはり、とルーセットは推測が当たっていたことを確信する。
ルーセットを取り囲む全ての吸血鬼が、同じ眷属。
つまり、一人の吸血鬼が二十を超える眷属を所有していると言うこと。
ここに集まっているのが全てとは限らないが、通常数人の眷属をそれだけ保有しているだけで異常だ。
一体、どれだけ巨大な魂を持っていれば二十人に分け与えることが出来るのだろうか。
一般的な吸血鬼では不可能だ、特別な何かを持っていなければ………例えば、純血とか。
「俺らの主人に会いたいようだが、お前みたいに嘘臭い奴は絶対に会わせないぞ」
「そう言わずに、これだけの眷属を従える『純血』の傘下に加えて欲しいんだよ」
「何だ、リコルヌのことを知っていたのか? なら、尚更会わせる訳にはいかねえ」
鎌をかけたルーセットの言葉に、アンスタンは見事に引っかかった。
『リコルヌ』…それが彼らの主。
ルーセットの知らない四人目の純血。
「オネットに危害を加えた訳じゃねえから、今回は見逃してやる。じゃあな」
そう言ってアンスタンが背を向けると、周囲に潜んでいた気配も消えた。
オネット共に立ち去っていくアンスタンの背中を眺めながら、ルーセットは得た情報にほくそ笑んでいた。




