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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第二十一夜


真っ赤に染まった大地。


無残に引き裂かれた大量の死体。


風に乗って漂うのは死臭と流血の臭い。


「コレはまた、派手だな」


一足先に転移したルーセットはヴェガを転移させながら呟く。


凄惨な光景にルーセットは顔色一つ変えないが、少しだけ疑問に思う。


周囲には犠牲者の死体が残ったままだ。


獣に食い千切られたように辺りに転がっている。


吸血鬼ならば、死んだ瞬間に灰と成って消える筈だ。


つまり、コレは人間の死体。


「…酷い光景ですね」


遅れて転移してきたヴェガが顔を顰めて言う。


殺された人間に同情している訳ではなく、単純に血で穢れた風景が不快なのだろう。


ルーセットと初対面の時に、ヴェガも似たようなことをしていたから。


「コイツら、何かの集まりか?」


死体を見渡しながら、ルーセットは呟く。


性別も年齢もバラバラの死体だったが、何故かどの死体も似たような服装をしていた。


ズタズタに引き裂かれている白い布、何かの制服だろうか。


大方、魔術師とか邪教徒とか、人間の中でも胡散臭い連中だろう。


「こんな人里離れた場所で集会するから、こういう目に遭うんだ。全く」


元人間のルーセットにとって、未知に憧れる気持ちは分かる。


永遠の命を求めて、無限の富を求めて、悪魔や神に縋る気持ちも分かる。


だが、人外へ不用意に近付けば待っているのは暗い死だけだ。


「………?」


自分も辿っていたかもしれない道を思い、何となく感傷に浸るルーセットの耳に不審な音が聞こえた。


声ではない。


荒々しい息遣い、それも吸血鬼や人間の物ではない。


もっと原始的な呼吸………獰猛な獣のようだ。


「な、何アレ」


震えた声でヴェガは暗い闇を凝視した。


木々の影の中に、赤い瞳が輝いている。


そこにいたのは、人間上がりの吸血鬼ではなかった。


音一つ立てずに柔軟に動く強靭な四つの足。


サーベルタイガーのように異様に発達した牙を持ち、半開きの口からは荒い息が吐かれる。


それは黒い毛並みに覆われた巨大な犬だった。


「グルルル……」


「コレは珍しい………犬の吸血鬼なんて初めて見たぞ」


と言うか犬を眷属化出来るんだ、とルーセットは場違いに感心してしまった。


確かに異種族を吸血鬼に変える眷属化が人間にしか使えないとは限らない。


知性は低いが人間より優れた点も多い動物を眷属化することも考え様によっては悪くない。


吸血鬼化した犬など、絵に描いたような怪物だ。


「おまけに、主人には忠実か」


目の前の吸血犬は怪物染みた姿をしているが、首には不似合いな白い首輪を付けている。


どこかの主人がこの怪物を飼っているのだ。


これだけの怪物の手綱を握っている主人。


「良いな。俺も一匹こんな番犬が欲しい」


「そんなこと言っている場合ですか、あの犬あなたを食べたそうに見てますよ」


「よーし、眷属対決だ。行け、ヴェガ。アイツをぶっ倒せ!」


「無茶苦茶言わないで下さい!?」


二人のやりとりが終わると同時に吸血犬は大地を蹴った。


発達し過ぎた牙を剥き、駈け出す。


その獰猛な瞳にはルーセットが映っていた。


「グォォォ!」


「俺狙いかよ! 俺は食べても美味しくないですよっと!」


遠吠えを上げる吸血犬を見て、ルーセットは後退る。


身体能力に優れる犬相手に接近戦は不利と考え、距離を取ろうと走り出す。


しかし、二本足で走るルーセットと四本足で追いかける吸血犬では速度が違い過ぎる。


それを悟ると、ルーセットは腕を交差して背中に力を込めた。


「そらァ!」


叫び声と共にルーセットの背が弾ける。


服を突き破って現れたのは、薄い膜に覆われた蝙蝠の翼。


背中を部分的に変化させた羽根を動かし、ルーセットは空を飛ぶ。


吸血犬の突出した牙が触れる直前、ルーセットは空へ逃げることに成功した。


「ふぅー…危ない危ない」


「グォォォ! グルルル…」


頭上に浮かぶルーセットを睨み、吸血犬が吠える。


吸血鬼化で身体能力が強化されているようだが、イクリプスまでは備えていないようだ。


それを見下ろしてルーセットは安堵の息をつく。


「これぞ正しく、負け犬の遠吠えってやつ?」


先に空へ逃げていたヴェガの隣に並び、ルーセットは言った。


隣に浮かぶヴェガは呆れたようにため息をついた。


「それにしても、本当に興味深いな。吸血鬼化した犬。その魂はどうなっているんだ?」


科学者のような顔をして、ルーセットは地上で吠える犬を眺める。


安全を確保したことで、ルーセットの不死への探求心が出てしまったのだ。


「元の犬の魂か? それとも喰らった人間の魂の影響で人型に近くなっているのか? 精神はどうだ、生前の記憶は残っているのか?」


「さっきから何をぶつぶつ言っているんですか?」


「吸血鬼化した犬、出来ることなら解剖して色々と調べてみたい」


瞳に危険な色を映しながら、息を荒げるルーセットを見てヴェガはドン引きしていた。


夢に対して純粋なのは良いことだが、熱心も過ぎれば狂気になると言うことだ。


いよいよ自分が抑えられなくなったルーセットが吸血犬に近寄ろうとした時、ルーセットの頭に冷たい感覚が走った。


音もなくルーセットの顔や腕に水滴がつく。


それは、暴走したルーセットの頭を冷やすような静かな『雨』だった。


「…雨?」


空を見上げてヴェガは首を傾げる。


不思議な光景だった。


音のない静かな小雨が降り注ぐ。


夜空には、雲一つないにも関わらずだ。


「きゅ、きゅーん…」


雨に濡れた吸血犬が悲しげな声を上げた。


犬が水を嫌うのは、吸血鬼になっても変わらないようだ。


「頭が冷えて落ち着いた? も、もう暴れないでよ?」


途端に大人しくなった吸血犬の隣に、いつの間にか小柄な女性が立っていた。


凄惨な光景が広がる場に場違いな、メイド服を着た素朴な女。


少し湿った綺麗な長髪を持ち、素朴な顔立ちをしている。


吸血犬に怯えているのか、おどおどした表情を浮かべている。


雨のせいで臭いは分からないが、恐らく吸血鬼だろう。


「やあやあ、お嬢さん。君がその犬の飼い主?」


メイドの姿を目に捕えた途端、ルーセットは素早く地上へ降り立った。


雨に怯えている吸血犬に脅威を感じなくなったからだ。


「飼い主…とはちょっと違うけど、まあそんな所よ」


近くに降り立ったルーセットにメイドは答える。


笑みを浮かべているルーセットの顔を見た後、背中に生えている翼を見る。


「あなたは、吸血鬼化した蝙蝠なの?」


「いや違う。こう見えても元人間さ。それはそうとお嬢さん、その犬のことで色々と聞きたいことが…」


「グォ!」


へらへらと笑いながら近づこうとするルーセットに警告するように吸血犬が吠えた。


警戒心を失っていたルーセットはその牙を見て、一歩下がる。


「ぐぬぬ、下心を読まれたか。鋭い犬だ。ますます番犬に欲しい」


「…欲しい? 駄目だよ。アミティエには飼い主がいるんだから」


「ならば飼い主ごと貰っちゃおうかな。メイドの眷属ってのも少し憧れるし」


「ええ!?」


ニヤニヤとしながらルーセットはメイドをからかう。


このメイド、ヴェガとは違う意味で弄りがいがある。


機会があるなら本当に眷属に欲しいくらいだ。


「雨に濡れ過ぎて風邪でも引きましたか?」


呆れたような蔑むような声で言いながら、ルーセットの後ろにヴェガが降り立った。


その際、アミティエと呼ばれた吸血犬を一瞥したが、攻撃してくる様子はなかった。


「…雨? ああ、そうだった!」


何かを思い出したように、メイドは腕を振った。


それを合図に振り続けていた雨が止む。


突然振り出した不可解な雨は、このメイドの能力だったのか。


「え、と。自己紹介が遅れたね。私はオネット、あなた達と同じ吸血鬼だよ」


メイド、オネットは笑みを浮かべて言った。

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