第二十夜
青ざめた肌をした吸血鬼の男が立っていた。
貴族風のローブを纏っている姿は人間がイメージする吸血鬼像そのものだが、型にはまり過ぎた格好は同族には陳腐に見える。
「お前は私の道具だ。ヴェガよ」
初めて会う男は冷徹に言った。
困惑する幼いヴェガを余所に、言葉を続ける。
「この私が吸血鬼の頂点に立つ為、お前は駒となるのだ」
ヴェガの主張を認めない一方的な言葉だった。
「来るべき日までお前はこの村で身を隠していろ。他の純血に存在を知られてはならない」
まるで兵器を隠すが如く、ヴェガは辺境の村へ連れて来られた。
知る者など誰もいない村へ、ヴェガは一人置き去りにされた。
他でもない、自分の父親によって。
「………」
それでも、最初の頃は良かった。
辺境に住む吸血鬼達は気性も穏やかで、余所者のヴェガにも優しく接してくれた。
不安だった当初は彼らを親代わりに思っていた。
「高貴な純血を引くお前が、下等な吸血鬼と言葉を交わすな」
数年ぶりに現れた父親は、そう言ってヴェガの友達を焼き殺した。
親代わりになっていた年配の吸血鬼も、全て殺された。
「我々には吸血鬼の始祖の血が流れている。自分の純血を自覚しろ」
その日から、周囲の態度が変わった。
派閥争いと無関係な辺境とは言え、純血の意味を知らない吸血鬼はいない。
周囲が自分を見る目は恐怖に彩られ、僅かに憎悪すら存在した。
純血と知るとあっさりと態度を変えた彼ら。
弱いくせに自分に憎悪を抱く彼ら。
そんな者達を段々とヴェガは、同胞と見れなくなっていった。
姿形は同じ彼らが酷く脆くて弱い存在に見えてきた。
やがて、ヴェガは憎悪を向けてきた下等吸血鬼を虐殺し、それを見せしめにするようになった。
忌み嫌ってきた自分の父と同じように。
小さな辺境の村の王様。
そんな日々は、長くは続かなかった。
「純血の娘じゃな? ティミッドめ、こんな辺境に娘を隠しておったとは…探すのに苦労したわい」
突然現れた霧の吸血鬼は、有無を言わさずヴェガを連れて行った。
そうして、ヴェガは外の世界を知る。
「……ん」
埃っぽいコンクリートの上でヴェガは目を覚ます。
まさか自分が野宿を経験するなど、あの村にいた頃には想像もしていなかった。
それもこれも全てルヴナンと、目の前で熟睡しているルーセットのせいだ。
「Zzz」
幸せそうな顔をしてルーセットはいびきをかく。
布すら敷いていないコンクリートの上だと言うのに、どうして安眠出来るのだろうか。
節々が痛む身体に顔を顰め、ルーセットを睨んだ。
この男は、多くの吸血鬼に恨まれる裏切り者。
ヴェガを倒して無理やり眷属化した仇敵。
そして、
ヴェガの父『ティミッド』を殺した男。
「………」
ティミッドはお世辞にも良い父親ではなかった。
それどころか、ヴェガはティミッドを心底毛嫌いしていた。
虐待同然の教育を施し、道具扱いし続けたティミッドを憎んですらいた。
その為、ヴェガは父を殺したことについてはルーセットを恨んでいない。
あんな父親の復讐をする気はないし、そもそも父親だと言うことを告げる気もない。
「…ふわぁぁ……ん。おはよう、ヴェガ」
考え事をしているとあくびをしながら、ルーセットが目を覚ました。
寝足りなそうに眼を擦り、ぼんやりと空を見上げている。
元々外見年齢の割に幼い表情をすることが多いルーセットだが、寝起きは更に幼く見えた。
女性的な容姿も相まって、成人男性にはとても見えない。
「…前々から思っていましたが、あなたは性別の分かりにくい容姿をしていますね。これでは父親なのか母親なのか」
「んんー? ああ、俺の顔のことか? 可愛くて格好いいだろう? しかも自前だぜ」
寝ぼけたテンションでルーセットは決めポーズを取った。
確かに容姿は整っているが、半開きの目で言われても間抜けでしかない。
「自前………その顔は素顔なんですか?」
「当然よ。男か女か分からない顔だろうと、世界でただ一つの俺の顔だ」
手で寝癖を直しながら、ルーセットはニヤリと笑った。
呆れた顔をしているヴェガへ一歩近づく。
「だが、リクエストがあるなら、どんな顔にも変身してやるぞ。さあさあ、どんな顔が好み? 清純な騎士風イケメンか? それとも悪系のダンディか?」
「ちょ、ちょっと…」
「まさかの同性愛? 綺麗系美女? 可愛い系美少女? どんな要望にもお応えできるぞ俺は!」
「顔が、顔が近いですって!?」
興奮しながら近づくルーセットに悲鳴を上げるヴェガ。
寝起きの妙なテンションのルーセットは止まる気配がない。
しかもちょっと能力が暴走して顔が変化しつつあるので、ヴェガにとっては恐怖以外の何物でもない。
「………ん?」
「へ…?」
何やら覚悟を決めたヴェガが拳を握り締めた所で、ルーセットは動きを止めた。
訝しげな顔をして、廃墟の外を見る。
肉眼で見える先ではない。
それよりもずっと遠く。
目には見えないが、吸血鬼の嗅覚はその先の光景を伝えた。
「何か、向こうで起きてるな。血の臭いを感じないか?」
「え?………た、確かに。かなり離れた場所ですが、血の臭いを感じます」
「…派閥争いか? いや、それにしては」
近くに置いていた山高帽を取りながら、ルーセットは呟く。
既にその意識はヴェガではなく、彼方に向けられている。
「行ってみる気ですか?」
「そうだな。ちょっと興味があるし、能力で送ってくれ」
「…私をタクシー扱いしないで下さい」
呆れながらもヴェガは自分のイクリプスを起動させた。




