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モンストル  作者: 髪槍夜昼
虚言と渇望の吸血鬼
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第十八夜


赤みを帯びた霧が周囲を包み込む。


霧と共に漂う冷気は木々を凍らせ、生命から熱を奪う。


「陽光を遮る霧よ。魂を拘束しろ」


冷たい空気の中、ルヴナンは囁くように唱えた。


その姿は周囲の霧と何も変わらず、生物としての実体を持たない。


吸血鬼の伝承の一つに『姿を霧に変える』と言う物があるが、正にそれを体現していた。


ルーセット達を包み込む霧、その全てがルヴナンそのものだ。


「『ブルイヤール』」


ルヴナンが能力イクリプスの名を呼ぶ。


同時に周囲の気温が急激に低下した。


体温など死人同然である筈の吸血鬼にさえ伝わる、極寒。


ルーセットの皮膚に薄い氷が張り、物理的に動きを阻害する。


「いきなりか…最初から飛ばしているじゃないか」


内心の焦りを隠せず、ルーセットは言う。


「当然じゃ。貴様には一度逃げられているからの」


顔のない霧が憮然とした声で言った。


「はっ、そんなことより良いのか? こっちには人質がいるぞ?」


ルーセットは余裕ぶった笑みを作り、近くにいたヴェガを示した。


ヴェガは未だ状況が呑み込めないのか、呆然としている。


「…純血の娘か。安心しろ、貴様を葬った後に連れ帰る」


「へえ、一度は逃げ出したのに殺さないとは、やっぱり純血は大切か?」


「当然、希少じゃ。故に今度は逃げないように檻にでも入れておくか」


まるで道具のようにルヴナンは冷徹に言った。


どこまでも傲慢で、


どこまでも吸血鬼らしい考えだった。


改めて思い知った自身の境遇にヴェガは言葉を失う。


「おいおい、檻に入れてペット扱いですか? あんな奴の所へ行くくらいなら俺の下にいた方が扱い良くないか?」


絶句するヴェガの頭に手を置いて、ルーセットは不敵な笑みを浮かべた。


その目はまっすぐヴェガの目を見つめている。


「何を、言っているんですか?」


「選択しろ。アイツの下へ戻って今まで通りに生きるか、俺の下で自由を探すか」


ヴェガの頭から手を放し、ルーセットはルヴナンへ向き直った。


今まで何もかも強引だったルーセットは初めて、ヴェガに選択肢を与えた。


自分に従うように命令するのではなく、ヴェガ自身に選ばせる。


生き方、人生を強制されることはルーセット自身が最も嫌うことであるが故に。


「………」


ルーセットは実力を良く知る敵を見る。


ルヴナン相手にヴェガを庇いながら逃げることは不可能だ。


今までのように反発されていては、共倒れだ。


故にヴェガ自身の選択に任せる。


ヴェガがルヴナンを選ぶと言うなら、ルーセット一人で逃げ出す。


そして、ヴェガがルーセットを選ぶと言うなら…


「俺を選ぶなら、俺を出来るだけ遠くに転送しろ。そうすれば、君も連れて逃げる」


振り返らずにルーセットは作戦を語った。


ヴェガの持つ『ヴォワ・ラクテ』の能力を期待しての言葉だった。


確かにヴェガの能力なら、ルーセットを逃がすことは出来るだろう。


例え周囲を霧に包囲されていようと、ヴェガの能力は空間を歪める。


一度転送してしまえば、ルヴナンでもすぐには追いつけない筈だ。


「戯言は終わりか?」


「ああ、待っててくれてありがとう。お爺ちゃん」


凍てつく霧が軽口を叩くルーセットへ襲い掛かる。


ルーセットは背中から蝙蝠の翼を生やし、空へ逃げることで躱した。


意志を持つ霧がすぐにその後を追う。


実体のないルヴナンに対する有効打をルーセットは持たない。


故に出来るのは精々時間稼ぎくらいだ。


「………」


その攻防を眺めながら、ヴェガは自分の手を見つめた。


ルーセットはヴェガの能力を期待して、時間稼ぎを行っているのだろう。


今の境遇に不満を持っているヴェガはいずれルーセットを選び、その能力でルーセットを助けると。


だが、ヴェガはルーセット以上に自分の能力を理解していた。


(…ヴォワ・ラクテは、自分を転送することが出来ない)


それがヴェガの能力の欠点。


故にルーセットを転送できても、ヴェガ自身は転送することが出来ない。


ルヴナンから逃げられるのは、ルーセットだけ。


そう、この作戦はルーセットが一人で逃げる為の作戦だったのだ。


精神的に脆いヴェガを騙し、利用する作戦。


「…残念でしたね」


ヴェガは小さく呟き、裏切り者の異名を持つ男へ手を向ける。


ヴォワ・ラクテは単に転送するだけではなく、攻撃手段にも使用できる。


ルーセットと初めて会った時と同じように、身体の一部だけを転送すれば致命傷を負わせることも可能。


ルヴナンの霧から辛うじて逃げ出している今、不意打ちを受ければどうなるか。


ヴェガの思惑には気付いていないのか、ルーセットはヴェガを一瞥して目で合図を送る。


それに頷いたヴェガの周囲に星屑が舞う。


「『ヴォワ・ラクテ』」


翼を生やしたルーセットがルヴナンから距離を取った瞬間に合わせ、ヴェガは星屑を放った。


勢いよく放たれた流れ星はルーセットに迫る。


笑みを浮かべたルーセットはそれを躱すこともせず、背中に受けた。


「…ッ」


ルーセットの身体が空間ごと引き裂かれる……………ことはなかった。


星屑はルーセットを綺麗に包み込み、ゆりかごのように別の空間へ送った。


今頃は安全な場所まで移動している所だろう。


「…感謝して下さいね、私があなたと違って誠実だったことに」


もう会うこともない主にヴェガは皮肉を言った。


騙されていると分かっていながら、ルーセットを助けたのは騙し討ちを行うことにプライドが耐えられなかったことと、


思惑はどうあれ、初めて選択肢を与えられたことが嬉しかったからかもしれない。


今までは命令されるばかりで、そんなことを言ってきた者などいなかったから。


(…さて)


自分に迫る霧を見ながら、ヴェガは妙に落ち着いた頭で考える。


獲物に逃げられたルヴナンは激怒するだろう。


純血故に殺されることはないかもしれないが、本当に檻に入れられてしまうかもしれない。


自嘲気味に笑うヴェガの周囲で星屑が光った。


「何…?」


何も操作していない星屑がヴェガを中心に回転する。


回転する流れ星が強い光を放つ。


冷気を纏った霧がヴェガに辿り着いた頃には、既にその場にヴェガの姿はなかった。








「おかえり。いやー、作戦大成功だったな!」


「………………………」


見知らぬ廃墟に転送されたヴェガは口を開いたまま固まっていた。


目の前で機嫌よく鼻歌を歌っているのは先程転送したルーセットだ。


「……………何、で…」


「何で? ああ、どうやって助けたのかって? 簡単簡単、ちょちょいと君に化けてから能力使って転送したのさ」


何でもないようにルーセットはあっさりと言った。


ヴォワ・ラクテで転送出来ないのは自分自身のみ。


もし仮にヴォワ・ラクテを使える者が二人いれば、互いに能力を使うことで転送することは可能だろう。


「…そ、そうじゃなくて、自分だけでも逃げられたのに、どうして私まで…」


ヴェガの言葉にルーセットはきょとんとした顔をした。


しかしすぐに幼い子供を見るような顔になり、笑みを浮かべた。


「知らなかった? 俺って意外と誠実なんだぜ?」


まるでヴェガの皮肉を返すようにルーセットは言った。


その言葉にヴェガは再び固まり、脱力したようにうなだれた。


「…世界一有名な裏切り者が、何言っているんですか」


思わず浮かべてしまったヴェガの笑みは、いつもよりも優しい物だった。

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