第十七夜
月光に照らされた森の中、ルーセットは鼻歌交じりに歩く。
その前方には案内役のプーペ、後方には眷属のヴェガが歩いていた。
文明の明かりから離れた森。
徐々に人の気配は消え、吸血鬼達の領域へ踏み込んでいく。
風に乗る血の臭いが懐かしかった。
「思えば、この十年は色々なことがありました…『プレーヌ=リュンヌ』に欠番が出てしまった時は、混乱の極みでしたよ」
「プレーヌ……何ですか?」
知らない単語にヴェガは首を傾げた。
プーペは空を飛びながら器用に顔だけ後ろへ向ける。
「『プレーヌ=リュンヌ』とは、純血の同盟のことですよ。たった四人しかいない純血を減らさない為の不可侵条約と言ってもいい」
純血が同族との殺し合いで滅ぶことがあってはならない。
何よりも血統を重視するルヴナンによって結成された四つだけの席。
ヴェガの処遇を決議していたのもこの組織であり、純血のみで結成される組織の決定は絶対だ。
「事実上、吸血鬼界を支配している奴らって認識で良いぞ。俺のような末席とは比べ物にならない地位にいる奴らだと」
「…その一角を暗殺した者の発言とは思えませんね」
呆れたような声色でプーペは言った。
自分を過小評価する一面があるルーセットに困惑しているのだ。
「暗殺した後に自分がプレーヌ=リュンヌに成り上がろうとは考えなかったのですか?」
プーペの疑問にヴェガは目の前を歩く背中を見つめた。
平和主義に見えて、意外と野心家であるルーセット。
彼の真意が気になったのだ。
「俺が? 冗談だろ、ルヴナンが認める訳がない」
「血統に縛られず、実力のみで格上を打倒したこと、我が主は高く評価していますよ」
「それは嬉しいが、地位には興味がない」
ルーセットは足を止め、月を見上げた。
夜空に浮かぶ光を掴むように、手を伸ばす。
「俺が欲しいのは不老不死ただ一つ。吸血鬼の支配者の地位なんて、要らない」
その姿は以前ヴェガに夢を語った時と何も変わらなかった。
「…君ならそう言うと思いました。と言うことは、例の純血を殺したのも君の夢の為?」
「そんな所だ。諸事情で純血の血が必要だったからな、あの純血『ティミッド』には死んでもらった」
「あっさり言いますね。まあ、彼は高いプライドの割には実力が低い純血でしたが」
ティミッドと言う名の純血を思い出しながら、プーペは頷いた。
ルーセットに殺された彼は特別弱かった訳ではないが、プライドが高く自信過剰な所があった。
奇襲を得意とするルーセットとは相性が悪かったのだろう。
「………」
そんな二人の会話をヴェガは無言で聞いていた。
仮にも同胞が殺された話をしていると言うのにプーペに気にした様子はない。
あくまで忠誠を誓っているのはコカドリーユだけで、他の純血には関心が薄い。
そして何より、プレーヌ=リュンヌは決して結束の強い組織ではないと言うことだ。
純血同士の殺し合いを禁じているが、その派閥同士は幾度も衝突している。
表面上は不可侵条約を結んでいながらも、隙あらば命を狙う。
そんな純血同士の権力闘争が起きているのだ。
「さて、そろそろ着きますね。コカドリーユはこの先にいます」
プーペがルーセットの肩に止まり、静かに言った。
「久しぶりの再会だな…俺の顔を忘れてるんじゃないか?」
「と言うより、十年前と違う顔をしているじゃないですか。前はもっと老けた男でしたよ」
現在の若々しい女顔を眺めながら、プーペは非難するように言った。
プーペは血の臭いで判断できているが、外見の面影は少しも残っていない。
「お蔭で探すのに苦労して…………」
そこまで言って、プーペは言葉を止めた。
騒がしく動いていたフクロウの動きが完全に止まる。
ガラス製の身体に霜が張る。
「…あ、れ……これ、は…」
ぎこちなく口を動かすプーペの身体に亀裂が走る。
冷凍庫で凍らされたガラスのように、衝撃もなく壊れていく。
パキッ、軽い音と共にプーペは砕けた。
「え?」
地面に落ちた白く曇ったガラス片を見て、ヴェガは唖然となる。
状況が理解できないヴェガと異なり、ルーセットは瞬時に事態を理解した。
周囲を包む『霧』を睨み、最悪の事態を知る。
「…おい、マジかよ。補足するにしても早すぎるだろ!」
額から垂れた冷や汗が、霧の冷気で止まる。
気温を下げながら、霧は一つの形を成す。
「霧は我が目。貴様が我が領域へ戻ったと言うのなら、儂がそれに気づかぬ道理もない」
薄く赤みを帯びた霧が人型を作る。
輪郭の中心にある赤い星型の物体が、目玉のように蠢く。
「断罪の時だ。罪人」
純血『ルヴナン』は静かに宣告した。




