第十三夜
「撃ち方、よーいッ!」
「くッ!」
ふざけた口調の号令を聞きながら、ルーセットは走り出す。
それは正しく、砲門だった。
壁より垂直に生えてきた杭、その数は二十。
その全てがルーセット一人を狙い、射出された。
「撃てー! 撃て! 打て! 討てー! ははははは!」
巨大な杭がルーセットの影を貫いても、砲撃は止まらない。
貫かれた影を別の杭が次々と貫く。
貫く杭が十を超えた時には既に、ルーセットの影は原型を留めていなかった。
最早、吊るす死体すら残さず、影は消え失せる。
「ははははははは!」
無残に消えたルーセットを見て、モールは豪快に笑う。
いつの間にか握っていた細長い杭をバトンのように、鼻歌交じりにクルクルと回す。
そして何を思ったのか、それを自分の足元に突き刺した。
「…見えてるぜ」
床に突き立てた杭の先端に、小さな影があった。
それは灰色の身体をした小動物。
この場に不似合いの『ネズミ』が杭に貫かれていた。
「レストランにネズミはいねえだろ、常識的に考えて」
「…まさか、君に常識を言われるとは思わなかった」
ネズミから元の姿に戻りながら、ルーセットは苦い顔で言う。
小動物に化けることで砲撃を躱した様子で身体に致命傷はない。
しかし、その右肩にはネズミの状態で受けた細長い杭が刺さっていた。
「これでお揃いだなぁ。くくく」
自分の左肩の傷とルーセットの右肩を見比べ、モールは笑みを浮かべた。
ルーセットはそれに答えず、肩に刺さった杭を引き抜いた。
それにより噴き出す血は気に留めず、杭を放り捨てた。
「たかが変身能力一つで、ここまでやるか。お前、気に入ったぜ!」
絶好の獲物を見つけた肉食獣のような表情でモールは言う。
「…そう言えば、名前を聞いてなかったな」
「ルーセットだ。モール君」
「ルーセット……よし、覚えたぜ。それじゃあルーセット、続きと行こうか!」
満面の笑みで言うモールに対し、ルーセットも笑みを浮かべる。
「そうだな。こちらの準備も整った」
「………準備?」
その時、モールは足に違和感を感じた。
視線を下げるとモールの足に、二匹の蛇が巻き付いていた。
まだら模様の毒蛇。
二匹の毒蛇は、ルーセットの足元から伸びている。
より正確には、地面に落ちたルーセットの『血液』から…
ルーセットの血液が蛇へ変身している。
「身体の一部だけを別の生物に変化させることも出来るのかよ!」
毒蛇を足で踏み潰しながら、モールは叫ぶ。
たかが蛇の毒でモールを殺せるとはルーセットも思ってはいない。
つまり、コレは単なる布石。
下に気を取られたモールに、次の攻撃が来る。
「『幻獣の角』」
「なっ…!」
それはイッカクに似た鋭い角を持つ獣だった。
クジラの一種であるイッカクとは異なり、陸上で生きる手足を持った合成生物。
地上に本来存在しない獣の角が、深々とモールを貫いた。
皮肉にも、串刺し狂のモールを動物的な槍が串刺しにする。
腹部を貫通する角は、吸血鬼でも致命的な一撃。
だが、
「インペイルメントォ!」
モールは止まらない。
血を吐きながら信頼する杭の名前を呼ぶ。
自身を貫く獣の頭を掴み、拘束したままイクリプスを起動する。
「コイツ…!」
その執念に寒気を感じたルーセットは瞬時に元の姿に戻る。
質量が変化したことでモールの拘束から解放され、すぐに距離を取る。
遅れて影より出現した杭は目標を見失う。
「はははは! 逃がさねぇぞ!」
その杭の影に隠れるように、モールはルーセットへ接近する。
腹には未だ大穴が空いていると言うのに、その動きは鈍ることすらない。
痛みなど感じない。
むしろ、追い詰められていることに喜びすら感じてモールは襲い掛かる。
(接近戦に持ち込んで、隙を見て影から一突きにするつもりか…)
だとすれば、気を付けなければならないのはモールではなく、その影。
血塗れで吠えるモールの動きに気を取られていてはならない。
「今度はこっちの番だァ!」
血と共にモールは叫び、右手を翳す。
ルーセットへ向けられたその手は、何故か黒く染まっていた。
「極刑の杭よ! インペイルメントォ!」
「何…!」
その右手から、新たな杭が出現した。
下方ではなく前方から、杭は凄まじい速度で射出される。
影より立ち上る杭がモールの身体より放たれたことに不意を突かれ、ルーセットは反応が遅れた。
先程の意趣返しのように、その杭はルーセットの腹部を貫いた。
「ぐ…うう…!」
(影だけではなく、身体からも杭を……?)
傷の痛みに耐えながら、後退することでそれを引き抜く。
傷口から内臓が零れ落ちるのを感じながら、ルーセットはモールを見た。
(いや、違う…アレは…)
杭が放たれたモールの右手は黒ずんでいた。
手だけではなく、モールの腕や足も黒く染まっている。
その正体は『影』だった。
壁を這い上がった時のように、モールの身体を上った影から杭を出現させているのだ。
「ははははは! ゴボッ…ッ…はは! 腹にトンネルが出来ちまった!」
口と傷口から零れる血で赤く染まりながら、モールは笑った。
傷も痛みも、死すらも恐れていない。
与えられた任務を果たすことさえ、どうでもいい。
今この瞬間を楽しめるなら、その後に果てても構わない。
「さあ、まだだ! まだ戦いは終わってねえだろう! もっと血を流そうぜ! もっと命を減らそうぜ! ルーセットォ!」
右手から杭を生やしたまま、モールは走り出す。
手首から骨のように突き出た杭を武器のように操り、未だ傷口が再生しきっていないルーセットを狙う。
傷口が再生していないのはモールも同じだが、戦いの狂気に支配されているモールがそれを気にする様子はない。
「くそっ…『巨人の腕』」
咄嗟にルーセットは右腕のみを変化させる。
ゴリラのような筋肉を持つ腕に変化させ、全力で振り下ろす。
人の頭蓋骨をリンゴのように叩き潰す怪力の腕。
「遅ェ! インペイルメント!」
だが、それはモールの頭部に振り下ろされる前に止まった。
モールの影より立ち上った杭に貫かれ、巨人の腕は空中に縫い止められる。
右腕を振り上げた不格好な状態のルーセットの懐にモールは入り込み、右手の杭を振り被った。
「ッ!」
腕を吊り上げられたルーセットにそれを躱す方法はない。
白木の杭がルーセットの身を刺し貫いた。




