第十二夜
(強い…)
ふわふわと空に避難したヴェガはモールを見て思う。
影から杭を出す、言ってしまえばそれだけの能力。
だが、その展開速度は弾丸並みで、影と言う死角から出現する為に躱すことも難しい。
加えて一刺しで敵を殺す殺傷力。
イクリプスだけで言えば、生粋の純血であるヴェガよりも格上だ。
(…これは、殺されるかもしれませんね)
他人事のようにヴェガは仮初の主を思う。
奇襲向きのルーセットとは相性が悪すぎる能力だ。
まともに戦えば、ルーセットはあっさりと殺されるだろう。
そうすれば、ヴェガを悩ましている縛りも消え、自由になれるだろう。
「…ルヴナンの使いと言う所が気に入りませんが、ここはモールの方を応援させてもらいましょうか」
「走れ走れ! 足を止めた瞬間に、その足縫い止めちまうぜ!」
駆けるルーセットを影が追いかける。
影より立ち上る杭は限りなく次々と出現し、ルーセットを狙う。
「…チッ」
杭が立ち並ぶ自身の軌跡を見て、ルーセットは舌打ちをした。
苛立つような顔をしながらも足は止めない。
(杭が消えていない………出せる杭の数に上限はないのか)
だとすれば、弾切れを狙って逃げ回っていたルーセットの作戦は無意味になる。
一突きで胴体を貫通する杭を、モールは無限に出すことが出来るのだ。
「ああ! どいつもこいつも良い能力持ってやがるな! こっちは変身だけだってのに!」
世の不条理を嘆くように、ルーセットは頭を抱えるが嘆いても始まらない。
諦めたように深いため息をつくと、足を止める。
小さくしゃがみ込み、自身の影に触れた。
「月を隠す影よ。隠し偽れ」
ルーセットが呟くように呪詛を唱えた時、モールの影が追いついた。
ぼんやりとしゃがみ込むルーセットを処刑すべく、その影から杭が立ち上る。
「『シメール』」
杭がルーセットを貫く瞬間、その姿が影に消えた。
影より杭を形成するモールよりも早い速度で、ルーセットの影は本体を包み込む。
標的を見失った杭は意味もなく虚空を貫いた。
「今度はどこに…!」
血走った目で獲物を探すモールの視界の端に、黒い影が映った。
天井に吊るされたシャンデリアの近く。
モールを見下ろすように小さな蝙蝠が飛んでいる。
「見つけたぜ!」
壮絶な笑みを浮かべ、モールは地面を踏み付ける。
地上から次々と現れる杭を躱す為に空へ逃げたのだろうが、それは無駄だ。
影より現れたのは、槍のように細長い杭。
投擲槍に似た、速さと軽さを重視した杭だ。
「撃ち………墜とせェ!」
怒号と共に影が爆ぜる。
根元が爆発し、ミサイルのように放たれた杭は正確に一匹の蝙蝠を狙う。
蝙蝠は自身に迫る危機に気付くが、既に手遅れ。
その小さな体を天井に縫い付けるように、杭は蝙蝠を貫いた。
瞬間、蝙蝠の姿が水風船のように破裂した。
「…どういうことだ?」
「こう言うことだよ」
返答は背後からあった。
たった今、殺した筈のルーセットが背後に現れた。
まるで杭のように『モールの影』から現れたのだ。
「君に殺された哀れな人々の恨み、夕食を邪魔された俺の恨み、その他諸々味わいな!」
ルーセットはその右手に握ったナイフを振るう。
単なるナイフでは、吸血鬼の身体に重傷を負わせることは出来ない。
仮に重傷を負わせても、魔力ですぐに再生してしまう。
そのナイフが『銀製』でない限りは。
「ッ!」
それに気付いたモールは咄嗟に、右手を翳した。
ナイフを手に接近しようとしていたルーセットとモールの間に、無数の杭が出現する。
今までの計算された杭の配列ではなく、無差別に地面より針山が這い上がる。
「クッ…」
生み出された杭の壁に阻まれ、ルーセットは足を止めた。
同時に、握る手を蝕んでいた銀のナイフを捨てる。
焼け爛れた右手を見て、舌打ちをした。
「痛み分けって所か?」
壁の隙間から、ルーセットは相手を見る。
その先にいるモールは左肩から血を流していた。
強引に出現させたことで杭の動きを見誤ってしまったのだろう。
「く、くくく…」
自分の杭で、浅くない傷を負ったと言うのにモールは笑みを浮かべていた。
肩から零れる自身の血に触れ、更に笑みを深める。
「…ヒヤっとしたぜ。俺っちが、お前に恐怖を感じた…」
「屈辱か?」
「違う、この感情は歓喜だ。そうさ、これこそが戦いってやつだ! 恐怖と痛みが伴わなければ戦いとは言えない! はは、ははははははは!」
笑うモールの影が増大する。
地面を駆けていた影が広がり、壁を這い上がる。
「俺っちの『インペイルメント』は影から杭を出す能力だ。それは何も、常に地面から現れるとは限らないんだぜ?」
広いレストランの壁を上った影から、白木の杭が這い出る。
まるで破城槌や砲門のような杭が全てルーセットへ向けられる。
「俺っちの本気を見せてやるよ!」




