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モンストル  作者: 髪槍夜昼
混沌と野望の人狼
102/136

第百二夜


「………」


再生する指の傷をソルシエールは無言で見つめる。


普段浮かべている心を掻き乱す笑顔が消え、その顔に表情はない。


饒舌な時よりも重苦しい雰囲気を放ちながら、行動を起こさない。


「……ッ」


武器を失って無防備になったソルシエールを、ルーセットは警戒した顔で睨んでいた。


ヴェガを解放し、ソルシエールの能力も判明した。


それでも、油断することは出来ない。


慎重で用意周到なソルシエールが、自ら能力を明かした。


コカドリーユの派閥で、これだけ派手に行動したのだ。


何か他にも手を残している筈だ。


「…………愛」


完全に再生した指を曲げながらソルシエールは呟いた。


「ルーセットの口から、そんな言葉が出るなんて思わなかった」


「…何の話だ?」


「愛。愛。愛!………私は世界で一番、その言葉が嫌いなのよ! だってそうじゃない。血に濡れた口で、一体どんな愛を語ると言うの?」


髪を振り乱し、怒り狂ったようにソルシエールは叫ぶ。


追い詰めたのはルーセットの方である筈なのに、その剣幕に威圧される。


あらゆる物を『悪くない』と受け止め、嘲笑しながらも受け入れていたソルシエールが、初めて明確な拒絶の言葉を口にした。


恋愛、親愛、友愛。


その全てを、ソルシエールは嫌悪する。


「最悪の気分よ。つまらない存在になり下がったわね、ルーセット。もう、あなたは…」


「そっちはまだ終わっていないようだな」


侮蔑の言葉を吐いていたソルシエールに被せるように、男の声がした。


「…コカドリーユ」


吐き捨てるようにソルシエールは目の前の男の名を呼んだ。


足止めの為に多くの吸血鬼を放っていた筈だが、その身体には傷一つなかった。


「よう、ルーセット。お前の所の娘を返すぞ」


コカドリーユは睨むソルシエールを無視して、引き摺って連れてきたフェーをルーセットへ放り投げた。


マイペースな調子に呆れながらルーセットはそれを受け取る。


「…何で、コイツこんなにボロボロなんだ?」


「余を襲撃したからな。操られていたとはいえ、単身で余を狙うとは中々豪胆な奴よ」


「何で裏切られて嬉しそうなんだ、アンタ」


「さて…」


コカドリーユはそこでようやく気付いたように、ソルシエールを見た。


自然体だが、その威圧感と魔力はソルシエールを軽く上回っている。


無意識の内に、ソルシエールは一歩後退った。


「クリュエルを操って、ルヴナンを殺させたのはお前だな?」


質問と言うよりは、確認するようにコカドリーユは言った。


そう、コカドリーユが怒っているのは派閥を混乱させたからではない。


弟子のような存在だったクリュエルと、ライバルだったルヴナン。


その二人の命を奪ったことに、激怒しているのだ。


「…クスクス。何を言うかと思えば」


「………」


「あなたも意外と情に厚いのね………馬鹿みたい」


冷めた目でコカドリーユを見ながら、ソルシエールは懐に手を入れた。


その仕草に警戒しつつコカドリーユは一歩、前に出る。


「今更何をしようと、お前は勝てん」


「ふん、勝つか負けるか。それだけしか戦いを判断できない所が馬鹿だって言うのよ」


ソルシエールは懐に入れた手を勢いよく前に突き出した。


手に握られているのは、球体。


ガラス玉のように透き通った赤い球体だった。


「コレ、なーんだ?」


「…『アエロリット』」


馬鹿にするように告げたソルシエールの問いかけを無視して、コカドリーユは容赦なく攻撃を発動した。


厚い天井を突き破って、小規模の隕石がソルシエール目掛けて飛来する。


隕石は見せびらかせていた球体に直撃し、ソルシエールの腕ごと消し飛んだ。


肘から先がなくなった腕を、ソルシエールはきょとんとした顔で眺めていた。


「………本当に、あなたって嫌いだわ。せっかちな男はモテないわよ」


「狡猾なお前のことだ。それは、援軍を呼ぶ通信機か何かだったのだろう」


「珍しく鋭い。半分は正解ってところかしら」


ボタボタ、と千切れた肘から血を流しながらソルシエールは笑みを浮かべた。


ソルシエールの態度に訝しげな顔をするコカドリーユの耳に、バチバチと異音が響く。


「コカドリーユ、あそこだ」


様子を見守っていたルーセットが音のする方を指さした。


そこは、先程の隕石で空いた大きなクレーター。


地面に大穴を開けるほどの衝撃を受けながらも壊れていない赤い球体から、音は聞こえていた。


血のように赤い球体がカタカタと震え、黒く変色していく。


その姿に、ルーセットは既視感を覚えた。


「それは通信機でもあり、魔力を伝える伝達機でもあるのよ………ルーガルーの魔力をね」


「何ッ!」


「私の純血を啜り、起動しなさい『プラニスフェル』」


天井に空いた穴から見える空が真っ赤に染まる。


それに合わせて、今まで暴れていた吸血鬼達が突然意識を失った。


ソルシエールのイクリプスが無効化された為だろう。


そして、イクリプスを消されたのはソルシエールだけではない。


「くっ、貴様…!」


「流石にこの中では、あなたもイクリプスを使えないでしょう? 今回の戦いは私の負けでいいわ」


ふわふわと浮かび上がり、ソルシエールは天井に空いた穴から外へ出ていく。


「また会う時は、しっかりみんな殺してあげるから。それじゃ」








「チッ、逃げられたか。全く、余の獲物はいつも良いところで逃げられてしまう!」


地面に落ちたプラニスフェルを踏み砕きながらコカドリーユは吐き捨てる。


イクリプスに対しては絶対の力を誇る球体だが、物理的な衝撃には弱かったのか簡単に砕けた。


「何にせよ、被害なく撃退出来て良かった。あの女まで敵に回るとはな」


ルーセットは苦い顔をしながら呟く。


個人的に苦手意識を抱いているソルシエールが敵に回ったことが嫌なのだろう。


それに加えて判明したソルシエールの能力。


狡猾な魔女はアレを使って、どんな凶悪な計略を繰り出してくるのか。


「こんな小細工、二度目は効かん。次に会えば、今度こそ殺してやる」


「頼もしいな。良い戦いの場をセッティングしてやるよ」


純血には純血同士相手をしてもらった方がいい。


他人事のように言いながらルーセットはヴェガを見た。


「………」


あの女は、ヴェガを洗脳してルーセットと戦わせようとしていた。


ルーセットを懐柔する為の作戦だろうが、そのことに憤りを感じていない訳ではない。


次があれば、コカドリーユだろうと誰だろうと利用して始末する。


ルーセットは身内に優しい人間ではなく、自分の為なら冷酷になれる吸血鬼なのだから。


「ルー、セット…」


「…ヴェガ? どうした」


その時、ヴェガの身体がぐらりと揺れた。


時がゆっくりと流れるように、静かにヴェガの身体が倒れていく。


「ヴェガ! くっそ、やっぱり魂を改竄したのは無理があったのか!」


力なく床に倒れたヴェガを抱き起し、ルーセットは血相を変える。


ヴェガの身体に異常は見えないが、完全に意識を失っていた。


ルーセットによって修復されたとはいえ、ソルシエールによって心を書き換えられたのは強い負担になっていたに違いない。


「プーペ。ヴェガの魂の状態を確認してくれ…」


コカドリーユは、この場にいないプーペへ通信を送る。


魂だけの存在であるプーペなら、ヴェガの魂がどれだけ傷ついているのか判断することが出来るからだ。


「…プーペ?」


しかし、コカドリーユの意に反して、プーペからの返答はなかった。








「…戻ったか。コカドリーユとルーセット。どちらか始末は出来たのか?」


「………」


「おい、無視するな。このルーガルーの手を借りておいて失敗したのでは…」


「ああ、もう! 最悪だわ! 飼い犬に手を噛まれて、浮気された気分だわ!」


ルーガルーのことなど見えていないように、ソルシエールは髪を振り乱して叫ぶ。


コカドリーユの前では余裕を保っているように見せていたが、色々と限界だった。


珍しくヒステリーを起こして怒りを露わにするソルシエール。


「…どうやら、失敗したようだな」


妙に落ち着いた雰囲気でルーガルーは頷く。


情緒不安定な相棒には慣れているような冷静さだった。


「だが、転んでもただは起きないのがお前だろう」


「当然よ! こっちにはまだ駒が残っているし、切り札も手に入れてきたわ」


ソルシエールは懐から赤い毛糸玉を取り出した。


魂を操る赤い糸に包まれたそれは、ガラス細工のフクロウだった。


プーペと呼ばれるガラスの吸血鬼が、そこにいた。

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