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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第二章 神は何を学んでおられるのですか?

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第8話 神様、プロフをどこで覚えたのですか


 だべり場に人が増えた。


 祈祷のあとに腰を下ろす者。救護室の家族を待つ者。仕事の合間に水を飲みに来る者。


 誰が出入りしているのか分からなくなり、私は新しい帳簿を用意した。


 氏名、年齢、住所、職業、家族構成、来訪目的。救護室の利用歴も必要だろう。


 項目を書き終え、神官長へ差し出す。


「入退場の時刻も加えてください」


「毎回記録しますか」


「緊急時に所在を確認できます」


 私は欄を二つ増やした。


 神官長が紙面を見直していると、その肩越しから金色の髪が垂れてきた。


「なにこれ」


「だべり場の利用者名簿です」


「休息所です」


 神官長が顔を上げずに訂正する。


 ミカ様は帳簿を上から下まで眺め、最後の欄で首をかしげた。


「全然プロフじゃないじゃん」


「名簿ですので」


「この人が何好きとか、なんも書いてなくない?」


「必要ありません」


 神官長は帳簿を閉じようとした。


 ミカ様が端を押さえ、すでに記入してあった老女の名を指さす。


「じゃあ、おばあちゃん何好き?」


「東地区在住。六十八歳。夫とは七年前に死別。息子夫婦は別の街に――」


「それ、好きなものじゃないし」


 私の口が止まった。


 老女について、帳簿に必要なことは知っている。


 蜂蜜パン以外に何を好むのかは、知らなかった。


「これは管理のための記録です」


 神官長が帳簿を引き寄せる。


「好き嫌いを書くものではありません」


「知らないと、話しづらくない?」


「名簿は会話のために作るものではありません」


「じゃあ、話すためのやつ作ればいいじゃん」


 ミカ様は机の端に積んであった紙を一枚抜いた。


「勝手に帳簿を増やさないでください」


「帳簿じゃないって。プロフ帳」


 表紙に大きく文字を書き、その周りへ花と星を足していく。


 羽根ペンでは描きづらいらしく、星の一つは少し潰れていた。


「何を書かせるのですか」


「名前とか、好きなものとか。最近アガったこととか」


 そこまで書いて、ミカ様の手が止まった。


「最近、アガったこと」


 神官長が読み上げる。


「今、ご自身で書かれたのでは」


「書いたけど。うちのプロフ帳に、こんな項目あったっけ」


「私に尋ねられても分かりません」


「なんか、勝手に手が動いたんだけど」


 ミカ様が羽根ペンを持ち上げた。


 紙に書かれた文字が淡く光っている。


 白百合の間から、鐘が鳴った。


 神託石の表面に、見慣れない枠が浮かんでいた。


 なまえ。


 なんて呼ばれたい?


 好きなもの。


 苦手なもの。


 最近アガったこと。


 ひとこと。


 文字の隙間には、白百合と星。それから、小さなハートがいくつも散っている。


 ミカ様が祭壇の前まで歩いていった。


「プロフじゃん」


「ミカ様が、以前お見せになったのではないのですか」


「持ってきてないし。ケイタイしかなかったじゃん」


「召喚時に、主が記憶をご覧になった可能性は」


「じゃあ、なんでうちが忘れてる項目まで知ってんの?」


 神官長は神託石へ向き直った。


「主よ。どこで、これをお知りになったのですか」


 石の表面に一文が増えた。


 ――知ること、まじ、大事。


「答えになっておりません」


 神官長が低く言う。


 ハートが一つ増えた。


 ミカ様は、それを見て笑った。


「神ちゃん、うちより盛ってんじゃん」


 その日の午後、だべり場の机に一冊の帳面が置かれた。


 神官長は「生活状況を把握するための試験的な聞き取り票」と説明したが、表紙にはすでに『みんなのプロフ』と書かれていた。


 最初に筆を取ったのはリナだった。


 名前はリナ。呼ばれたい名もリナ。


 好きなものの欄には、赤い髪紐と焼き林檎。苦手なものには、熱い茶器とある。


 最近アガったこと、と書かれた欄で、リナは救護室の方を見た。


「自分用の手袋をいただきました」


「誰から?」


「救護係の方です。火傷をした者に同じ仕事をさせるなら、道具くらい用意すべきだと」


 薬草を仕分けていた救護係は、顔を上げなかった。


 ただ、乾燥した葉を一枚落とした。


「いいじゃん」


「はい」


 リナは書き終えた帳面を老女へ渡した。


 老女は窓辺の席に腰を下ろし、ゆっくりと欄を埋めていく。


 蜂蜜パン。黄色い花。窓辺で飲む茶。


 雨の日の階段。


 最後の欄で筆が止まった。


 神官長が茶器を置く音だけがした。


 老女は、紙へ顔を近づけるようにして書いた。


 誰かと蜂蜜パンを食べたこと。


 帳面を受け取った神官長は、その行を一度読み、次の頁を開いた。


「神官長さんも書いて」


 ミカ様が帳面を押し戻す。


「私は利用者ではありません」


「ここで蜂蜜パン食べたじゃん」


「職務の途中です」


「じゃあ、職務の途中で書けば?」


 神官長はしばらく帳面を見ていたが、やがて筆を取った。


 名前。白百合神殿神官長。


 呼ばれたい名前。神官長。


 好きなもの。主より賜りし、すべての恵み。


 苦手なもの。特になし。


 最近アガったこと。信徒の安寧。


 ひとこと。日々、正しき祈りを。


 ミカ様は最後まで読み、帳面を神官長の前へ戻した。


「これ、誰でも書けんじゃん」


「私の回答です」


「蜂蜜パンは?」


「食物の一つです」


 老女が神官長の手元を覗いた。


「東通りの店のものがお好きなのでしょう」


「好んではおりますが」


「好きなものを書くとこじゃん」


 神官長は好きなものの欄を線で消した。


 その下へ、東通りの蜂蜜パンと書き直す。


 ミカ様の指が次の欄へ移った。


「最近アガったこと」


「信徒の安寧です」


「誰の?」


 筆先が止まった。


 老女は何も言わず、膝の上で指を重ねている。


 神官長は先ほどの文字を消した。


 蜂蜜パンを持って、また来てくださったこと。


「神官長様」


「事実です」


 老女は俯いたまま、口元を緩めた。


「うん。そっちの方が分かる」


 ミカ様は帳面を閉じ、それ以上は触れなかった。


 次に開かれた頁が、私の前へ置かれる。


「記録係さん」


「私は記録する側です」


「プロフに、する側とかないし」


「書く必要を感じません」


「好きな食べ物は?」


「焼きたての固いパンです」


「好きな色」


「濃い青」


「好きな道具」


「乾いた羽根ペンです」


 ミカ様は三つの回答を指で数えた。


「あるじゃん」


 私は仕方なく筆を取った。


 名前の欄へ、記録係と書く。


 すぐに指が伸びてきた。


「それ、名前じゃないじゃん」


「次の項目へ進みます」


「逃げた」


 私は聞かなかったことにした。


 最近アガったこと。


 欄の上で、筆が止まる。


 誰が何をしたか。いつ、どこで何が起きたか。


 それなら、いくらでも書ける。


 自分のこととなると、紙が急に広く見えた。


「この前、笑ってたじゃん」


「笑っておりません」


「神官長さんが、だべり場って呼ばれて振り返った時」


「筆が揺れただけです」


「じゃあ、それでよくない?」


 私は、神官長へ目を向けた。


 神官長は聞こえていない顔で聖典を読んでいる。


 最近アガったこと。


 記録を読んだ者が、笑ったこと。


 書き終えると、ミカ様は何も言わずに頷いた。


 翌朝、神託石の空欄は埋まっていた。


 なまえ。主。


 なんて呼ばれたい? 神ちゃんでも、よい。


 好きなもの。みなが隣に座ること。


 苦手なもの。見て見ぬふり。


 最近アガったこと。蜂蜜パンが半分になったこと。


 ひとこと。これからも、よろ。


 神官長は最後まで読み、聖典を胸へ抱え直した。


「主よ。なぜ、呼ばれたい名の欄だけ、そのように軽いのですか」


 返事はない。


 ミカ様は、最近アガったことの欄を見ていた。


「神ちゃん、食べてないじゃん」


 文字が一行増えた。


 ――見ていた。


 老女が頭を下げた。


 神官長も続く。


 ミカ様だけは、石の下端を覗き込んでいた。


「神ちゃん、このシャープってなんなん?」


 縦線と横線を二本ずつ重ねた印が、二つ並んでいる。


 #白百合神殿


 #ズッ友


 印の下へ、文字が浮かんだ。


 ――ハッシュタグ。


「はっしゅたぐぅ?」


 ミカ様の眉が寄る。


「何それ」


 ――同好の士を集うために使うものである。


 神官長が印を目でなぞった。


「同じ志を持つ者へ示す、目印ということでしょうか」


 ――だいたい、そう。


 主の言葉が少し軽い。


 ミカ様は二つの印を見比べ、頷いた。


「ふーん。いいじゃん、便利だし」


「どのように使うのですか」


「ズッ友になりたいやつが、これ見て集まるんでしょ?」


「どこで見るのですか」


「知らんけど」


 ミカ様は神託石を見上げた。


「神ちゃんは知ってんじゃない?」


 石が明るく光る。


「では主よ。この印を、どこへ掲げればよいのでしょうか」


 光が止まった。


 しばらく待っても、文字は増えない。


 ミカ様が神託石の表面を軽く叩いた。


「そこまで考えてなかった?」


 やがて、小さな文字が浮かんだ。


 ――とりあえず、入口。


「雑じゃん」


 ミカ様が笑った。


 翌朝、白百合神殿の入口には、小さな板が掛けられていた。


 #白百合神殿


 #ズッ友


 街の者は、立ち止まって首をかしげた。


 ノアも板を見上げていたが、やがて隣にいた少年の腕を引いた。


「中、入っていいんだよ」


 二人分の泥の跡が、白い床へ続いた。


 神官長は板を見上げ、それから入口の布を取りに行く神官を止めた。


「あとでよい」


 少年たちの背中が、だべり場の方へ消えていった。


### 記録八 プロフ、および主の参照先について


 プロフとは何か。


 プロフィールと呼ばれる異界語の略称であり、その者が何を好み、何を嫌い、何を喜ぶかを、自ら記す形式であるらしい。


 我々の名簿には、年齢、身分、住所、家族、支援歴を記す。


 どれも必要な情報である。


 しかし、そこには黄色い花も、窓辺の茶も、誰かと食べた蜂蜜パンも残らない。


 足の悪い老女、六十八歳。夫とは七年前に死別。


 それだけでは、今は足りないように思える。


 なお、主はミカ様が教えていない形式を、神託石へ示された。


 プロフについては、ミカ様にも知識があった。


 しかし、ハッシュタグと呼ばれる印については、ミカ様もご存じなかった。


 主は、その用途を、


 ――同好の士を集うために使うものである。


 と説明された。


 神は時を超えて存在される。


 異なる時代の知識を得ること自体は、神学上あり得ないことではない。


 では、なぜ無数にある異界の知識から、プロフとハッシュタグを選ばれたのか。


 主の参照先は不明。


 選択の基準も不明。


 ただし、現在までに得られた知識は、ギャル文化とその周辺へ著しく偏っている。


 ミカ様は、神託石を見上げてこう尋ねられた。


「神ちゃん、うちよりギャルになる気?」


 主は回答されなかった。


 #ズッ友の横に、星が一つ増えた。


 否定する気はないものと思われる。


 なお、主のプロフには、


 なんて呼ばれたい? 神ちゃんでも、よい。


 と明記されている。


 神ちゃん呼びを正式な神託と見なすべきか、現在も協議中である。


 ミカ様はすでに、プロフ帳の表紙へ、


 神ちゃん公認。


 と書き加えた。


 神官長が消そうとしたところ、文字の周囲に星が増えた。


 主の仕業と思われる。


 まじ、ノリがよい。


 いや、違う。


 御心が、広い。


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