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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第二章 神は何を学んでおられるのですか?

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7/22

第7話 神様、だべるとは何ですか

お待たせしました。

第二章の開始です。

全5話で執筆済みですので、お付き合いいただけると幸いです


 白百合神殿に、特に用事のない者が増え始めた。


 これは、かなり重大な変化である。


 神殿へ来る者には、通常、目的がある。


 祈りたい。


 病を癒やしてほしい。


 神官へ相談したい。


 聖典の言葉を聞きたい。


 少なくとも、何らかの理由があって門をくぐる。


 ところが最近は、祈祷を終えても帰らない者がいる。


 足の悪い老女は、壁際の椅子に座ったまま、入口の花を眺めていた。


 靴職人の娘エマは、母親の用事が終わったあとも、リナの仕事を見ていた。


 ノアは救護室に母親がいない日にも現れ、入口の鉢植えへ水をやっている。


 何をしているのかと問えば、それぞれ答えはある。


 休んでいる。


 待っている。


 花の世話をしている。


 だが、用事はもう済んでいる。


 それでも帰らない。


 私は記録係として、この現象をどう扱うべきか迷っていた。


 参拝者滞留時間の増加。


 神殿内における無目的滞在。


 あるいは、白百合神殿の待合所化。


 どれも、あまりよい響きではない。


 その日の午後も、足の悪い老女は祈祷を終えたあと、壁際の椅子に座っていた。


 神官長が祭壇の片づけを確認し、私は午前の神託を記録していた。


 ――今日も、あげ。


 内容については、現在も協議中である。


 ミカ様によれば、「今日もいい感じ」程度の意味らしい。


 神官長は正式な訳として認めていない。


 ただし、神託石は朝からかなり明るかった。


「あれ、おばあちゃん、まだいたんだ」


 ミカ様が白百合の間へ入ってきた。


 最近、ミカ様は足の悪い老女を「おばあちゃん」と呼んでいる。


 血縁関係はない。


 老女も最初は恐縮していたが、今では普通に返事をするようになった。


「ええ。少し、足を休めておりました」


「痛い?」


「いえ。今日はそれほど」


「じゃあ、何してんの?」


 老女は少し困った顔をした。


「何、と申されましても」


 ミカ様は隣の椅子へ座った。


「家、帰んないの?」


「もう少ししましたら」


「帰って何すんの?」


「夕餉の支度を」


「誰の?」


 老女は口を閉じた。


 ミカ様も黙った。


 私は羽根ペンを止めた。


 老女は一人暮らしである。


 夫は数年前に亡くなり、息子夫婦は別の街に住んでいる。私は奉納者名簿で知っていた。


 知っていたが、それだけだった。


「……自分の分を」


 老女が小さく答えた。


「そっか」


 ミカ様はそれ以上、何も聞かなかった。


 椅子の背にもたれ、神像を見上げる。


「じゃ、もうちょいいれば?」


「よろしいのですか」


「別によくない?」


 老女は神官長を見た。


「神殿は、祈りを捧げる場所です」


「もう祈ったっしょ」


「祈祷を終えた方を、お引き留めする理由はありません」


「追い出す理由もなくない?」


 神官長は、祭壇の白百合へ視線を移した。


 ミカ様は老女を見た。


「お茶飲む?」


「お茶ですか」


「うん。うちも暇だし」


 神殿において、聖女候補が暇を申告した。


 記録に残すべきか、私は少し迷った。


 残した。


「リナー。お茶あるー?」


 白百合の間に、ミカ様の声が響く。


 神官長の眉間に皺が寄った。


 以前なら静粛を求めていただろう。


 今は、声量が少し大きい程度では止めなくなった。


 しばらくして、リナが顔を出した。


「ございますが、何名分ですか?」


「四人。うちと、おばあちゃんと、記録係さんと、リナ」


「私は仕事中ですが」


「じゃ、仕事しながらで」


「そのような仕事ではありません」


 リナは困ったように笑った。


 結局、茶は四人分用意された。


 白百合の間で飲食をしてよいのかという問題が生じたため、神殿脇の小さな回廊へ移動した。


 回廊には、庭へ向かって開かれた窓がある。


 以前は何も置かれていなかった。


 祈祷へ向かうための通路であり、立ち止まる場所ではなかったからだ。


 ミカ様は壁際から椅子を二脚持ってきた。


 老女が一脚。


 リナが一脚。


 自分は窓際の低い段差へ座った。


 私は記録のため、その少し離れた場所に立った。


「記録係さんも座れば?」


「私は記録中ですので」


「立ってても書けんの?」


「書けます」


「疲れない?」


「多少は」


「じゃあ座れば?」


 私は椅子を一脚追加した。


 記録係として必要な判断だった。


 決して、休みたかったわけではない。


 茶を飲みながら、ミカ様は老女に尋ねた。


「おばあちゃん、甘いの好き?」


「ええ。少しだけ」


「神官長さん、蜂蜜パン好きらしいよ」


 離れた場所にいた神官長が振り返った。


「なぜ、それを」


「この前食べてたじゃん」


「一度だけです」


「好きじゃないの?」


「……嫌いではありません」


 老女が小さく笑った。


「神官長様が蜂蜜パンをお好きとは、存じませんでした」


「特に申し上げる必要はありませんので」


「そういうの知ると、ちょっと近く感じるじゃん」


 神官長は、老女の笑顔を見た。


 そこへノアが来た。


 入口の鉢植えへ水をやった帰りらしい。空になった小さな器を抱えている。


「何してるの?」


「お茶」


「祈るの?」


「祈らないよ」


 ノアは不思議そうな顔をした。


 ミカ様は空いている場所を叩いた。


「座る?」


 ノアは座った。


 リナが茶を薄めて渡す。


 さらにエマが母親と一緒に現れた。母親が神官のもとへ向かうと、エマはノアの隣を指さした。


「ここ、いい?」


「いいよ」


 エマも座った。


 椅子が足りなくなった。


 私は神官長を見た。


 神官長も私を見た。


 結局、倉庫から長椅子が一脚運び出された。


 本来は祭礼時の参列者用である。


 ミカ様、リナ、老女、ノア、エマが並んで座る。


 話題は、今日の黄色い花から、ノアが水をやりすぎた鉢植えへ移り、エマの苦い薬を経て、老女の家の近くにいる太った猫へ移った。


 リナが朝なくした髪紐の話になると、ミカ様は赤が似合うと言った。


 誰も結論を出さないまま、次の話へ移っていく。


 神官長が、とうとう尋ねた。


「ミカ様」


「ん?」


「先ほどから、何をなさっているのですか」


 ミカ様は茶を飲んだ。


「だべってる」


 新たな異界語が現れた。


「だべる」


「うん」


「それは、何を目的とした行為ですか」


「目的?」


「相談、情報交換、教育、あるいは親睦を深めるための儀礼でしょうか」


「いや。普通に話してるだけ」


「必要な話題もなく?」


「一緒にいるから、話してるだけじゃん」


 神官長の指が、聖典の角を揃えた。


「必要な話しかしたらダメなの?」


 老女も、リナも、子どもたちも静かになった。


 ミカ様は周りを見た。


「あれ。なんか変なこと言った?」


「いえ」


 老女が答えた。


「ただ、こうして誰かとお茶を飲むのは、久しぶりでしたので」


「そうなの?」


「はい」


「じゃあ、また飲めばよくない?」


 老女は目を伏せた。


「ご迷惑でなければ」


「迷惑じゃないっしょ」


 ミカ様は神官長を見た。


「だよね?」


 全員の視線が神官長へ集まった。


 神官長は長椅子を見た。


 茶器を見た。


 老女と子どもたちを見た。


 最後に、ミカ様を見た。


「神殿は、祈りを捧げる場所です」


「うん」


「病める者を助け、悩める者の声を聞く場所でもあります」


「うん」


「ただ茶を飲み、必要のない話をする場所ではありません」


「そっか」


 ミカ様は、あっさり頷いた。


 老女の茶器が空になっているのを見て、茶を注ぎ足す。


「でも、今はいるじゃん」


 神官長はしばらく立っていた。


 やがて、長椅子の端に残った一人分の隙間へ目を向けた。


「神官長さんも飲む?」


「私は」


「蜂蜜パンないけど」


「それは関係ありません」


 神官長は座った。


 リナが茶を渡す。


 老女は少し嬉しそうにしていた。


「神官長様。蜂蜜パンは、どちらの店のものがお好きなのですか」


「その話を続けるのですか」


「気になりまして」


「……東通りの、小さな店です」


「まあ。あそこの店でしたか」


「ご存じなのですか」


「亡くなった夫が、よく買ってきてくれました」


 神官長は手元の茶器を見た。


「では、今度お持ちしましょう」


 老女が目を丸くする。


「よろしいのですか」


「神殿へ納める分を、少し増やすだけです」


「神官長さん、優しいじゃん」


「通常の配慮です」


「照れてる?」


「照れておりません」


 ノアとエマが笑った。


 リナも笑った。


 老女も笑った。


 神官長は茶を飲んだ。


 その時、白百合の間から鐘が鳴った。


 全員が動きを止めた。


「神ちゃん?」


 ミカ様が立ち上がる。


 我々は白百合の間へ向かった。


 神託石が淡く光っている。


 神官長が祭壇の前に立った。


 文字が浮かぶ。


 最初に現れたのは、古い神聖語だった。


 ――隣に座る者を、我は遠ざけぬ。


 老女は胸元で手を組んだ。


 神官長も、深く頭を下げる。


 このまま終われば、美しい神託だった。


 だが、神託石はもう一度光った。


 ――だべること、まじ、よい。


 神官長が顔を上げた。


「主よ」


 声は静かだった。


 以前より、かなり耐性がついている。


「だべるとは何ですか」


 ミカ様が横から答えた。


「今やってたやつ」


「主にお尋ねしております」


 神託石が強く光った。


 おそらく、回答である。


 その日の夕方、神官長は倉庫から長椅子をもう一脚運ばせた。


 回廊に二脚。


 間に小さな机。


 机の上には水差しと、人数分の木杯。


「神官長さん、何これ」


 ミカ様が尋ねた。


「参拝者用休息所です」


「だべり場じゃん」


「休息所です」


「お茶も置く?」


「必要であれば」


「蜂蜜パンは?」


「毎日は置きません」


 翌日、老女は小さな包みを持って神殿へ来た。


「蜂蜜パンを買ってまいりました」


 神官長は少し困った顔をした。


「お気遣いなく」


「一人では食べきれませんので」


 小さなパンだった。


 神官長はそれを半分に割った。


 老女と一つずつ食べる。


 ミカ様はそれを見て、満足そうに頷いた。


「いいじゃん。美味しいもんは、みんなで食べた方がいいよね」


 神官長は、残った半分をもう一度割った。


 一つをミカ様へ渡す。


「食べるのでしょう」


「食べる」


 それから、回廊には少しずつ人が集まり始めた。


 祈りのあとに休む者。


 救護室の家族を待つ者。


 子どもが遊ぶのを眺める者。


 仕事の合間に水を飲む者。


 話す者もいれば、何も話さず座る者もいた。


 回廊を通る神官たちは、最初こそ足を止めた。


 数日もすると、誰も止めなくなった。


 参拝者用休息所という正式名称を使う者も、ほとんどいなかった。


 だべり場。


 その呼び名だけが、先に定着した。


### 記録七 だべることについて


 だべるとは何か。


 特定の議題や結論を持たず、複数人で会話を続ける行為である。


 相談でも教育でもなく、情報交換と呼ぶには内容が乏しい。


 ゆえに、互いの存在を確認するための無目的会話儀礼と推測される。


 ただし、ミカ様は儀礼ではないと否定された。


 この日、足の悪い老女は、祈祷を終えたあとも神殿に残っていた。


 帰宅後、一人で夕餉を取ることが分かると、ミカ様は茶を勧め、隣に座った。


 その後、子ども、下働きの娘、神官長が加わり、特に必要のない話をした。


 主はこれを、


 ――だべること、まじ、よい。


 と肯定された。


 必要のない会話に、意味があるのか。


 結論のない時間を、神殿が用意する必要があるのか。


 いまだ判断は難しい。


 しかし、人は助けを求められるほど苦しくなる前にも、一人である。


 病ではない。


 飢えでもない。


 ただ、帰った先に話す相手がいない。


 それを神殿が拾うべきかどうか、聖典には明確な記述がない。


 ただ、主は隣に座る者を遠ざけぬと仰せになった。


 そして、だべることを、まじ、よいとされた。


 なお、神官長は回廊に設置された場所を「参拝者用休息所」と呼んでいる。


 ミカ様は一貫して「だべり場」と呼んでいる。


 参拝者もまた、だべり場と呼び始めた。


 正式名称が定着する前に、俗称が勝利したものと思われる。


 記録係としては、遺憾である。


 なお、本日の記録は、だべり場で執筆している。


 老女から蜂蜜パンを一切れ頂いた。


 まじ、うまい。


 いや、違う。


 美味であった。


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